フォルクスワーゲンup!【開発者インタビュー】
シンプルかつ機能的であれ 2012.09.27 試乗記 <開発者インタビュー>ワルター・マリア・デ・シルヴァさん
フォルクスワーゲンAG
グループデザイン責任者
2012年9月18日、新しいフォルクスワーゲンのボトムレンジモデル「up!(アップ!)」が、日本で華々しくデビューした。タイミングを合わせて、フォルクスワーゲングループのデザインを統括するワルダー・デ・シルヴァ氏が来日。最新のカーデザイン事情をうかがった。
小型車は使いやすさが大事
「フォルクスワーゲンup!」のデザインコンセプトは、「シンプル&クリーン」。デザイン面から見た、クルマとプロダクトの関係を探ってみると……。
――up!のデザインの狙いは、どのようなものですか?
言うまでもありませんが、up!はスモールカーであり、現代のクルマです。日常の生活にかかわるプロダクトという意味では、例えば手元にあるiPhoneなどと並ぶものといえます。今は、電話、テクノロジー素材に限らず、家具、ランプ……、あらゆるものをひっくるめて、“シンプルかつ機能的”であることを求める人が増えている。「そうした人たちに働きかけていこう!」というのが、われわれの狙いです。up!に限らず、「ゴルフ7」にも、その考えは反映されています。
――フォルクスワーゲンとアップルのデザインが比較されることを意識しますか?
アップルよりフォルクスワーゲンのほうがずっと古いんですけどね! 比較されることはイヤではありません。アップルのジョナサン・アイブ氏と私のデザインで共通するのは、すぐに「あ、あそこのデザインだ!」と気が付くことです。カーデザイナーのなかには、1年後にまったく違ったデザインを出してくる人もいます。それではお客さまが混乱してしまう。私はそうではない。自分の哲学に従ってデザインをした方が、結局は広く受け入れられるのではないかと思います。
――発表会のプレゼンテーションで、インターネットのハナシが出ましたが……?
インターネットを楽しむ人が増えたのは、大きな社会的な変化です。ただ、実際のモビリティーがインターネットに取って代わられるわけではありません。どうしてインターネットを使う人がこんなにも増えたのか? それは、「簡単」「使いやすい」からです。クルマも、特に小型車は、使いやすいことが大事。短い距離、街なかで、使いこなせる必要があります。シンプルで簡単なもの。それがひとつの発想として出てきました。
――リアビューは、スマートフォンからインスピレーションを得たと聞きます。ただ、「笑顔」をモチーフにしたフロントと比べると、ややわかりにくいのでは?
up!のリアビューは、コンビネーションランプを中心にデザインし、全体としてガラスのハッチバックになりました。どうしてああいうカタチにしたのか? デザイン面、技術的な問題、そしてコストのことを避けて通ることはできません。クルマのデザインは、見た目の美しさ、機能性を考えないといけませんが、なにしろ数が造られるものですからね。コストにも敏感でないとならないのです。
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「シンプル」はわれわれのDNA
5歳、6歳の時分からクルマの絵を描いていたというデ・シルヴァさん。実際には、どのようにデザインしているのだろうか?
――デ・シルヴァさんが手がけるデザインは、自身の内側から湧いてくるものですか? フォルクスワーゲン・ブランドにふさわしいものとして出てくるのですか? それとも、時代のトレンドを捉えようとしているのですか?
三つとも該当します。私の作品は、まさにデ・シルヴァでもあります。私は、グッドプロポーションというものを求めてきましたし、あまり複雑でないラインを好んできました。フォルクスワーゲン以前の、アルファ・ロメオやセアトでのデザインを見てもらえればわかると思います。クルマを通して、自分の感覚を伝えたいというのがまずあります。
次に、シンプルな、ということ。シンプリシティーは、フォルクスワーゲンのDNAに入っています。本来持つ「機能性」「実用性」といったものをデザインに翻訳すると、「シンプリシティー」というキーワードが出てくるのです。
三つめに、やはり「時代の要請」があります。お客さまが何を求めているかに注意を払うことも、デザイン責任者としての役目だと思います。ただ、マーケティングとデザインとのバランスは微妙なものです。お客さまの意見だけを聞きすぎると、実際にクルマが出たときには古いものになってしまう。むしろお客さまの要求を先取りすることが、デザイナーとして重要だと考えています。
――デザインをするとき、色を想定して描きますか? それともラインだけですか?
カーデザイナーのなかには、最初からコンピューターを使ってデザインする人もいます。私は昔ながらの、正面から、横から、後ろから、と描くタイプです。今では(フォルクスワーゲングループ内で)ジウジアーロと私が、そういう形でデザインする最後の二人なんじゃないかと思います。色については、それを決める専門家がいるので、その人たちに任せます。私にとって色といったら……、ブルーしかないんです!
自らスケッチすることを忘れない
フォルクスワーゲングループは、世界で1、2位を争う巨大な自動車メーカーである。デザインに関しては、12あるブランドごとにデザインセンターがあり、ブランド間の調整は四つの本部で行われる。カロッツェリアの「イタルデザイン・ジウジアーロ」も傘下に収まった。また、「ドゥカティ」もグループに加わったので、オートバイのデザインセンターもある。
――今は総勢2000人を超す大所帯をまとめる立場にあるわけですが、時に「オレに描かせろ!」と思うことはありませんか?
実はまだ、毎日スケッチしているんです! スケッチが私の言語です。というのも、デザイン部門には20カ国から来た、20の異なる言語を話す人たちがいて、そうすると私たちの共通言語は「描くこと」になるわけですね。うれしいことです。
もちろん、今の役目はデザインすることだけではありません。さまざまなデザインセンターの責任者たちをサポートし、手助けし、助言し、最終的には会社の中枢部と「どのデザインを選ぶか?」という決定もしなければいけない。市場での成功がかかっているので、非常に難しい。デリケートかつ責任ある役割です。
ただ、私はスケッチすることを忘れません。デザインのプロフェッショナルであり続けるために。毎日、デザインを良くすることを考え、デザインについて深く知るようにすれば、デザインを選択する場面において、間違いを犯す確率が減るのではないかと思います。
――カーデザインにおいて、1950年、60年代はカロッツェリア、80年代はエアロデザイン、2000年代はブランディングの時代、とまとめられるかもしれません。今は何の時代でしょう?
その分析は正しいですね。今は何の時代か? 複雑な時代だと思います。自動車メーカーにとっては厳しい時代で、生き残りをかけた競争をしています。自動車はこれからも長い年月造られ続けるわけで、私たちデザイナーも大きな責任を負っています。
市場の要求に応える。お客さまの嗜好(しこう)に合わせる。一方で、例えば生産コストを下げる努力も必要になる。クオリティーを下げることなしに。人件費を削ってはいけないし、工場の閉鎖などあってはならない。自動車業界は、なかなか難しい状況にあります。だからカーデザイナーも、かつてのように“ちょっと気まぐれ”、「カプリッチョ」のようなことは、もうできなくなっているのです。
(まとめ=青木禎之/写真=DA)
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青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。