フォルクスワーゲンmove up!/スズキ・ワゴンRスティングレー T【試乗記(後編)】
スモールカー頂上決戦!(後編) 2012.10.25 試乗記 フォルクスワーゲンmove up!(FF/5AT)/ワゴンRスティングレー T(FF/CVT)……149万円/158万250円
キャラクターの違う2台のスモールカー「フォルクスワーゲンup!(アップ!)」と「スズキ・ワゴンR」を乗り比べると、それぞれの特徴と得意分野が見えてきた。
収納はワゴンRの圧勝
(前編からのつづき)
室内の広さの差は、やはり歴然としている。荷室の容量は、4人乗車ではどちらも十分とはいえない。1泊の旅行に行くのならば、現実的には3人が限度だろう。ただ、ワゴンRは後席をめいっぱい前にスライドさせても乗員はそれほど息苦しさを覚えずにすむので、かなりスペースを稼ぐことができる。up!の荷室は間口(まぐち)こそ狭いものの、バリアブルカーゴフロアを低い位置にセットすれば思いがけない深さになる。後席を倒したフルフラット状態では、ワゴンRのアドバンテージは大きい。
その他の小さな収納でも、ワゴンRは強みを見せる。インパネトレーを挟んで上下にグローブボックスが備えられているし、助手席の下には伝統のバケツが潜んでいる。インパネから飛び出すドリンクホルダーが左右に一つずつあり、センターにもスペースがある。リアのドアポケットを含めると、4人乗りなのに5つの飲み物を置くことができるのだ。up!の前席にあるドリンクホルダーは、センターの1カ所のみ。助手席の人は、後方に手を伸ばす必要がある。とりあえず定員4人分のドリンクホルダーは確保されている。
ただ、後席に収まった時にどちらが快適かというと、結構微妙だ。もちろんワゴンRなら前にも上にも広大な空間がある。高級セダンをしのぐ広さはありがたいが、シートの具合がかんばしくない。柔らかいのは結構ながら、座面長の短さとフラットな形状のせいで落ち着かないのだ。その点、up!のシートは収まりがいい。窓はハメ殺しだけれど、どうせ窓を開ける機会はあまりない。前席に比べて着座位置が高いこともあって、密室感は和らげられる。
山道はup!のステージ
せっかく山に来たので、燃費のことは気にせず楽しんで走ってみた。背の高いワゴンRだが、山道でもそれなりに気分よく走れる。クルマが軽いのは誠にありがたいもので、64psでも決定的に遅いということはない。さすがに力強いとまではいかず、この場面でもスムーズさが勝っている。
コーナーが迫るとステアリングのパドルを使ってシフトダウンを行うが、十分にスピードを殺さないとギアが落ちてくれない。安楽な「D」モードで走っていても、パドル操作でシフトダウンできるのは便利なのだが、マニュアル操作によって楽しさが増すとも思えなかった。ひと昔前からするとトールワゴンの操縦安定性の進歩には素晴らしいものがあるが、それはあくまで安全性に寄与するためのものなのだ。
up!にとっては、山道は得意のステージだ。車重は900kgとワゴンRよりちょうど100kg重いが、エンジンパワーも75psと少しだけ上回っている。気分が高揚するのは、エンジン音のおかげもある。1リッターという排気量に似合わぬ野太いサウンドが盛り上がってきて、ワイルドささえ醸し出す。心配だったのはトランスミッションなわけだが、Dモードでも案外楽しく走れた。アクセルを踏み込んでいれば、低いギアを保ったまま急な上りもこなしていく。
Mモードにすれば、気持ちよさは倍増だ。シフトダウンの際の中ぶかしも堂に入っていて、コーナーが楽しみになる。ステアリングの感触も上々だ。揺るぎない剛性感が、すべての操作にしっかりした手応えを保証する。ブレーキは踏み始めからガツンと足裏に響き、確実な減速を予感させるのだ。正直なところ、ワゴンRはそのあたりが少々物足りない。ステアリングもブレーキも、やや心もとない印象を受けてしまうのだ。もちろん十分な性能は担保されているのだが、運転の楽しさのためにはこの部分は過剰なくらいでもいい。
明確に違う得意分野
試乗を終えてみて、乗る前に抱いていた印象はまったく変わらなかった。up!は初代「ゴルフ」からの伝統を受け継いで、理詰めで機能を極めたクルマだった。そっけなさの中にオシャレ感も見せているところが、フォルクスワーゲンとしての新しさである。ワゴンRは、日本のファミリーに向けて至れり尽くせりのサービスを満載したクルマだ。法規の枠がある中で、多方面からの要求に満遍なく応えた努力には頭が下がる。
誰かにどちらを買うべきかと相談されたら、その人のライフスタイルによって答えを変えるだろう。それぞれのクルマが追求するものは、明確に違っている。150万円弱の価格では、すべての要素で最善を得ることはできない。得意分野を決めて、そこに注力する必要がある。それがup!の場合は走りであり、ワゴンRの場合はスペースと快適さだったのだ。
ワゴンRにあってup!にはないのが、アイドリングストップシステムである。もともと日本車の得意とする分野だが、新技術の導入でさらにブラッシュアップされている。逆に、ワゴンRにはない機能でup!に標準装備されているのが「シティエマージェンシーブレーキ」だ。30km/h以下のスピードで走行中に障害物を感知すると、運転者が回避動作をしない場合に自動的に制動をかけるシステムである。似たような機構はさまざまなメーカーが開発しているが、この価格帯で標準装備するというのは世界初で、間違いなく称賛に値する決断だ。
小さいことを言い訳にしない
高速道路を300km、山道を160kmほど走った。燃費について触れなくてはならないだろう。up!はリッターあたり18.0km、ワゴンRは17.0kmだった。わずかではあるが、up!の勝ちである。JC08モードの数値ではそれぞれ23.1km/リッターと26.8km/リッターだから、逆転してしまったことになる。しかし、冒頭で書いたように、今回のコースはフェアではなかった。圧倒的にup!に有利だったのだ。高速道路では、ワゴンRは燃費性能を十分に発揮することはできない。
試乗会の記事でも触れたが、ワゴンRの一番の強みは停(と)まっている時に発揮される。アイドリングストップの機構が、尋常ではない進化を遂げているのだ。最大で2分間停車したままエンジンがかからないという性能を、今回はほとんど披露する場面がなかった。残念なことにと言うのも変だが、行きも帰りも一度も渋滞に遭わなかったのだ。混みあった市街地であれば、ワゴンRは持てる力を存分に見せてくれただろう。そして、そもそもリッター17.0km/リッターだって立派な数字である。
特殊な日本の軽自動車のジャンルを、“ガラ軽”と揶揄(やゆ)する声もあるようだ。一方、up!は世界的なダウンサイジングの波に乗ったグローバルモデルとして登場した。対照的な成り立ちで、考え方も異なる。それでも、志の高さはどちらもリスペクトに値する。小さいことを言い訳にしないどころか、逆手に取って魅力に仕立て上げている。もし両社の技術が融合していたら、などと死んだ子の年を数えるようなことを言っても意味がない。これからは、本気でライバルとして切磋琢磨(せっさたくま)してほしい。お互いに得るものは大きいはずだ。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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