ポルシェ911カレラ(RR/7MT)【試乗記】
ぼくがMTを選ぶ理由 2012.09.26 試乗記 ポルシェ911カレラ(RR/7MT)……1511万4000円
乗用車への標準装備としては世界初となる7段マニュアルトランスミッションを搭載した、最もシンプルな「911」。その魅力を探った。
よくぞ残してくれた
コードネーム991の新型「911」シリーズで、最もベーシックなモデルが「カレラ」のマニュアルだ。1115万円のプライスタグはカレラPDK(ポルシェ・ドッペルクップルング)より75万円安い。
ただし、鮮やかな赤の試乗車は、「セラミックコンポジットブレーキ」(約150万円)、プラチナグレーの革内装(約57万円)、「PASMスポーツシャシー」(約44万円)、電動スポーツシート(約40万円)、「スポーツクロノパッケージ」(約36万円)、20インチホイール(約32万円)など高額オプション満載で、約1510万円に達していたから、最廉価版に乗った、とはとても言えない。オプションだけで400万円いく、というのもアナザーワールドの話だが、いっぺん本当に“素の911”にも乗ってみたいものだと思う。ヨーロッパにはたとえお金持ちでも、財布のヒモは堅いという人が多いから、なんにも付いていない911だって、わるかろうはずはないと思うが。
それはともかく、ポルシェが7年ぶりの新世代911にもMTを存続させ、なおかつインポーターが日本にも入れたのは快挙だと思う。今回のトランスミッションの主役は、コースティング機能をはじめ、「いまスポーツATにできること」を突き詰めたPDKにきまっている。PDKと同じ7段化というバージョンアップの話題はあるにしても、ティプトロニックのころから、日本での911のMT比率はとるに足らないものだった。そこへもってきてまたPDKが進化したのに、よくぞ日本仕様にMTを残してくれたものである。
シンプルだが抜きんでた魅力
PDKモデルに比べると、マニュアル911の印象はシンプルだ。走行中、アクセルをゆるめると、クラッチがきれてエンジンをアイドリング回転に落とす画期的なコースティング機能はない。アイドリングストップ機構は付いているが、PDKほどマメには止まらない。911のようにエンジンの存在感が大きいクルマが信号待ちでアイドリングストップすると、ぼくみたいな古い人間はいちいち「あ、エンスト!」と思う。そのため、燃費にはよくても、心臓に悪い。
クラッチペダルは軽くない。「GT3」ほどではないが、足応えはある。先代(997)より重くなったと思う。リターン側のバネも強く、ポンと戻る感じは、911のクラッチペダルの特徴だ。
剛性感のあるシフトレバーをローに入れ、走り出す。7段型は乗用車のMTとしては世界初だが、どれどれと思って7速に入れようとしても、町なかではまず無理である。5速、6速からしかエンゲージできないようになっている。買ってすぐ、「壊れてる!」と言ってディーラーに駆け込まないように。
カレラのフラットシックスは350psの3.4リッター。7800rpmのレブリミットまで回すと、ローで75km/h、セカンドでは130km/hまで伸び、0-100km/hを4.8秒でこなす。なんていう限界性能はともかく、このエンジン、ふつうに町を流していても本当に気持ちいい。右足の動きに即応するトルク感は、頼もしく、そして高級だ。角の取れた水冷フラット6サウンドも、ほかじゃ聞けないイイ音である。911がここまで長生きしてこられたのは、その高性能もさることながら、日常性能の点で同時代のクルマから常に抜きんでた魅力があったからだと思う。
MTのさわやかさが浮き彫りに
今回は燃費がとれなかったが、少し前に乗ったマニュアルの911カレラは、高速道路を使った約300kmのワンデイツーリングでリッター10kmちょうどを記録した。昔の空冷911のオーナーが聞いたら驚く好燃費である。
だが、そのとき一緒に走ったカレラPDKはMTよりさらに少し燃費がよかった。100km/h時のエンジン回転数は、MTの7速トップで1900rpm。これだっておそろしく低いが、PDKの7速はさらに200rpm下げてくれる。しかも走行中、軽負荷だと600rpmのアイドリングまで落としてしまうのだから、より好燃費なのも道理だ。ちなみに0-100km/hは、4.8秒のMTに対して4.6秒。加速性能もわずかにPDKがリードする。
じゃあ、マニュアル911ドライバーの左足は、骨折り損のくたびれもうけなのか? そんなことはない。個人的な意見を言わせてもらうと、たとえどっちだって買えるだけの貯金があっても、ぼくはMTを選ぶ。
具体的なシチュエーションをあげれば、例えば、高めのギアで加速してゆくとき、むずがっていた6気筒のビートがだんだんとそろってゆく。おお、よしよし、いとしのフラットシックスよ、なんて思う局面は、さっさと最適のギアにシフトダウンしてしまうPDKでは味わえない。ものすごくオタクなことを言っていると思うが、いまどきMTを擁護するのはオタクの所業以外のなにものでもないだろう。自動変速機がすばらしくなればなるほど、MTの持つシンプルなさわやかさが浮き彫りになる。屁(へ)理屈言うな! というかたはどうぞどうぞPDKへ。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=郡大二郎)
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下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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