第277回:本場フィアット販売店の「東京トヨペット化」進行中?
2012.12.28 マッキナ あらモーダ!第277回:本場フィアット販売店の「トヨペット化」進行中?
アルファ・ロメオの店が消えていた!
毎年この時期、イタリアの自動車ディーラーは、12月25日と、同じく国民の祝日である翌26日こそ休むが、大半は31日まで営業する。新年も1月2日から営業する店がほとんどだ。自動車販売店に限らず、イタリアの年始はあっけない。したがって年末よりもクリスマス前のほうが、一年の締めくくり感が強い。
そんなある日ボクは、地元アルファ・ロメオ販売店の近くを通ったので、年末のあいさつに寄ってみようと思い立った。するとどうだ、敷地は閉鎖されていて、ショールームは事実上もぬけの殻になっているではないか。併設されていたジープの販売店もなくなっていた。
ボクの脳裏には「アルファ・ロメオ166」から始まり、「159」「Mito」「ジュリエッタ」など、地元のアルフィスタたちと共に楽しんだディーラー発表会の残像がよぎった。長いこと楽しませてもらったな……と、しみじみしてから、落ち着いて門を見ると、貼り紙があって、移転先が記されていた。
その移転先の住所を頼りにクルマを走らせてみると、何のことはない、数ブロック離れたフィアットブランドのショールームだった。閉鎖されていたアルファ・ロメオと同じディーラーが経営しているものだ。中に入ると、以前アルファ・ロメオショールームの責任者だったリヴィオさんがいるではないか。
普通、イタリアのセールスマンはどんな駆け出しでも、パーティションやガラスで仕切られた商談用の小部屋が与えられている。だが、リヴィオさんはショールームの端に置かれた、いかにも仮設っぽい机に座っている。
な、なんですか、これは?
ランチアもジープも「ひとつ屋根の下」
するとリヴィオさんはボクに、説明を始めた。
「アルファ・ロメオもフィアットブランドのショールームに統合することにしたんだよ」
今までフィアットブランドが置かれていたスペースの一角が片付けられている。新年早々、そこにアルファ・ロメオを置くための内装工事が始まるという。リヴィオさんの新たな接客スペースも設営されることだろう。
よく見るとジープは、ひと足先にフィアットの横に並んでいる。実はこのディーラー、数年前にランチアの販売店をフィアットの店に統合していた。
リヴィオさんの部下が解説してくれたところによると、「フィアット」「ランチア」「アルファ・ロメオ」そして「ジープ」を同一ショールームで取り扱うようにと、トリノ本社から運営指導があったのだという。つまり、フィアット系各ブランドを、ひとつ屋根の下に収めるというわけだ。
イタリアの自動車販売不振は深刻だ。2012年は毎月のように新車販売が前年同月比20%代のマイナスを記録し続けた。例えば、2012年7月の新車乗用車登録台数は、前年同月比21.4%減の10万8826台で、34年前の1978年以来最低の数字となった。続く8月の登録台数はわずか5万6447台で、データを発表したイタリア自動車輸入組合によると、1960年代初頭のレベルに戻ってしまったという。
イタリアで8月にクルマの販売が大きく落ち込むのは例年のこととはいえ、日本で同月に売れた「トヨタ・プリウス」や同「アクア」そして「ホンダ・フィット」を足したのとほぼ同じ台数(5万5153台。日本自動車販売協会連合会データから)しか売れなかったと言えば、いかに深刻かがわかるだろう。
そうした劇的ともいえる市場変化のなかで、効率的なディーラー経営が可能な体制に変身してゆくのは、一刻の猶予も許されない課題なのである。
実現するか「東京トヨペット効果」
旧来のアルフィスタ、ランチスタたちに言わせれば、大衆車であるフィアットブランドと同じショールームで自分のお気に入りブランドが扱われるのには複雑な思いがあるだろう。筆者としても彼らの気持ちは、ある程度理解できる。
しかし、もはやそうした人たちは、イタリアでも少数派であるのも事実だ。アルファ・ロメオが産業復興公社からフィアットに渡ったのは26年前の1986年である。ランチアに至っては、フィアット傘下に完全に収まったのは1969年だから43年も経過している。アルファ・ロメオ166がヒストリックカー予備軍の「ヤングタイマー」として扱われ、ランチアといえば女性に人気の「イプシロン」を真っ先に思い浮かべる人が大半の今日のイタリアで、古いイメージにこだわる必要はあまり見いだせない。
さらに国内市場の7割近くを輸入車が占めるイタリア市場で生き抜くためには、ベーシックカーからハイエンドなクルマまでを取りそろえた総合ディーラーに生まれ変わらなければならないのは必然ともいえる。
ボクがイメージするこれからのフィアット系国内販売店は、わかりやすく言うと、1980年代の「東京トヨペット」のようなものになるだろう。もともと東京トヨペットは「トヨタ店」と他県の「トヨペット店」を合わせたような店だったことから、取り扱い車種は幅広かった。たとえ「コルサ」のようなハッチバックFF車を扱っていても、上級モデルの「クラウン」や果ては「センチュリー」も並んでいたから、他のトヨタ系販売店とは違う高級感がどこか漂っていたものだ。
東京トヨペットでクラウンを買ったお父さんが、ついでに娘にコルサを買った例は、かなりあったと思う。要は新世代のフィアット系販売店も、アルファ・ロメオ、ランチア、ジープというプレミアムブランドのイメージ効果が、大衆ブランドであるフィアットにも波及することが期待できる。イタリアは人口1000人あたり保有台数が610台と欧州主要国のなかで最も高く、複数台を所有する家が一般的だ。家族全員が同じショールームで、それぞれの用途や趣向に合ったクルマを選べるメリットは、決して少なくない。
年末なので、より明るいニュースも記しておこう。
直近のデータである2012年11月のイタリア国内新車乗用車登録台数は10万6491台(前年同月比20.1%減)で、フィアット系各ブランドも販売が伸び悩んだものの、シェアでみると10月の28.4%から29.7%へと増加した。
これはイタリア人が小さなクルマにシフトしている表れである。事実、再びリヴィオさんの部下によれば、彼らのディーラーにおける最近のお客さんの多くは、外国製の大・中型SUVを下取りに出して、コンパクトカーを求めているという。売れ筋は、「ランチア・イプシロン」と「フィアット・パンダ」のメタンガス仕様と教えてくれた。
子どもにも期待
ディーラー訪問の帰り、ボクは女房に頼まれた買い物をしに、通りがかりのスーパーマーケットに寄った。入口のチラシでお買い得品を確認すると、時節柄子ども向けプレゼントが多くを占めていた。
そのなかに、「アバルト695」の電動乗用おもちゃも掲載されていた。子どもが自ら乗って運転できるほか、保護者がリモコンで操作してあげることも可能と記されている。価格は99.99ユーロ(約1万1000円)である。心配なのは予約制であることだ。ここは流通体制がかなり心細いイタリア。本稿を執筆しているのはクリスマス前だが、商品が間に合って、親が無事子どもの枕元に置けるのかどうか少々疑問である。
それはともかく、イタリアではここ数年こうしたフィアットのオフィシャルライセンス商品がかなり増えた。言うまでもなく、近年最大級のヒット車種である「500」がモチーフの大半を占める。
歴史をひも解けば1920-30年代のフランスでシトロエンは、実車を縮小したミニカーやペダルカーをたびたび製作し、「Les jouets Citroen」の名で販売した。これは、創業者で宣伝の天才でもあったアンドレ・シトロエンの「幼いうちからわが社に親しんでもらえば、将来必ず顧客になってくれる」という考えに基づいたものだ。
願わくば、アバルト695の電動乗用おもちゃに乗った子どもたちがフィアット系に親しみをもち、十数年後にリヴィオさんたちの店ののれん(ないけれど)をくぐってほしいものである。
そんなことを考えた年の暮れであった。
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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