BMW 523dブルーパフォーマンス ツーリング Mスポーツ(FR/8AT)【試乗記】
シフトパドルは必需品 2013.01.07 試乗記 BMW 523dブルーパフォーマンス ツーリング Mスポーツ(FR/8AT)……808万2000円
日本の「ポスト新長期規制」をクリアした2リッター直4ディーゼルエンジンが「5シリーズ」にも搭載された。このエンジン、「3シリーズ」では迫力に満ちた走りを見せたが、5シリーズではどうなのだろうか。
NSCで「ポスト新長期」をクリア
4気筒ディーゼルエンジンを搭載する“第2のBMW”として、「320d」に続いて登場したのが「523d」である。
「ひょっとして『5シリーズ』のほうが排気量が大きいの?」と思った方は、残念。排気量はどちらも2リッターで変わりない。
「じゃあ、523dのほうが過給圧が高くてパワフルなんだ?」 残念ながら、こちらも不正解。最高出力184ps/4000rpm、最大トルク38.7kgm/1750-2750rpmのスペックは320dと523dで共通だ。
「じゃあ、どうして523dなの?」 申し訳ない、公式見解は聞いてないけれど、おそらく「5シリーズに“20d”はないんじゃないの?」というフィーリング的な判断が働いたのではないかと筆者は推察している(ガソリンモデルも同様で「320i」もしくは「523i」となる)。
ともあれ、引き続き4気筒ディーゼルを日本市場に投入している輸入車メーカーはBMWだけである。まあ、6気筒を含めても、これにメルセデスが加わるのみだけれども、これまでは4気筒ディーゼルを日本に輸入するのはややハードルが高いと思われてきた。なぜかといえば、ディーゼルエミッション対策の決定打というべき尿素SCR(選択触媒還元)システムが高価なため、これを比較的安価な4気筒ディーゼルモデルと組み合わせると価格的に釣り合わなくなるからだ。
いっぽう、コスト面で有利なNOx吸蔵触媒(NSC)は細かなチューニングを必要とするため、日本のポスト新長期規制だけのためにチューニングをし直すというのもあまり現実的ではなかったらしい。
これに対してBMWは、NSCでポスト新長期規制をクリア。おかげで、4気筒ガソリンエンジン搭載のモデルと価格差のほとんどない4気筒ディーゼルモデルを日本市場に持ち込むことができた(日産やマツダもSCRシステムなしでポスト新長期規制をクリアしている)。ちなみに、523iと523dの価格差はたった23万円。「NSCバンザイ!」である。
山道が楽しくなるディーゼル
320dもそうだったが、この523dでもエンジンの活発なフィーリングがとても印象的だった。
ディーゼルエンジンと聞けば、回転の上昇・下降は遅いだろうと想像するのが普通。ところが、バイエルン発動機製造会社の作るディーゼルはひと味もふた味も違う。ムービングパーツの重さやフリクションを感じさせないまま、タコメーターの針はそれこそガソリンエンジン並みに「シュワーッ」と上昇していくのである。
しかも、トルクバンドが広い。1500rpmから4000rpmを超す領域まで、フラットで力強いトルクを生み出してくれるのだ。この範囲であれば、可変ジオメトリーターボを備えたN47D20C型エンジンの生み出すトルクは30.6kgmを軽く超え、前述した1750-2750rpmに限れば38.7kgmを発生する。
つまり、最高出力245psを誇る「528i」のN20B20A型2リッター直4ガソリンターボエンジンを大きく凌(しの)ぎ、最高出力306psを発する「535i」のN55B30A型3リッター直6ガソリンターボエンジンにさえ迫る力強さなのだ。
例えば、コーナーのアペックス付近でクルマが大きくロールしているとき、スロットルに込める力をわずかに増すと内側のリアタイヤが瞬間的に空転して「キュルルッ」というスキッド音を発する。もちろん、直後にトラクションコントロールが働き、523dは何事もなかったかのようにコーナーを走り抜けていくが、こんなことが体験できるディーゼルモデルと出会ったのは初めてだった。
しかも、車重は523dのほうが6気筒エンジンを積む535iより60kgも軽い。これでエンジンレスポンスも良好なのだから、山道を走って楽しいのはある意味で当然だろう。
特に、箱根の長尾峠のようにタイトなコーナーが連続するワインディングロードでは、エンジンが“速い”だけにすべての運転操作に軽快なリズムが求められるようになる。こんなとき、オプションのMスポーツで用意されるパドルシフトは実に好都合。いや、そもそもディーゼルでシフトパドルが欲しくなるなんて、これまで考えたことさえなかった。
全身にみなぎる「上質なリニア感」
ハンドリングはいかにもBMWらしい仕上がりだった。
BMWといえばスポーツセダン。スポーツセダンと聞けば、クイックなステアリングを誰もがイメージすることだろう。しかし、BMWが作るサルーンのステアリングレスポンスは決してクイックではない。この言い方に語弊があるのなら、「過敏すぎない」と言い換えても構わない。
なぜなら、ほんのわずかにステアリングを切ったときにノーズが内側に向きを変えるそのスピードを、極端に速くは設定していないからだ。この領域のゲインを高くして「アジリティーを高めた」なんて主張するメーカーがあるけれど、少し子供っぽいと言わざるを得ない。
それよりも、切れば切っただけ、つまり高いリニアリティーを保ちつつ、しかも時間的な遅れなしにヨーが発生するクルマのほうがはるかにコントロールしやすく、スポーティーだ。
これは523dに限らずBMWの一般論になってしまうが、そうした「質の高いリニア感」が、ステアリングだけでなく、スロットルにもブレーキにも息づいているのがBMWの真骨頂といえる。
しかも、重量バランスを50:50としたおかげで前後サスペンションの設定にも不自然なところがなく、前後左右の荷重移動が極めて正確に起きる。言い換えれば、ピッチングやローリングの動きは、ドライバーがどれだけ大きなGを与えたかを示す高感度なバロメーターとなりうるのだ。
だから、クルマのわずかな動きにも注意しながら運転していれば、ドライバーの技量は確実に向上する。つまり、BMWはドライビングを上達させてくれるクルマなのだ。
523dは、それをディーゼルエンジンで実現してしまったところがすごい。ちなみに、峠道を軽く流している範囲であれば、オンボードコンピューターの平均燃費が10km/リッターを割り込むことがなかった。これも燃費の優秀性を示す一例として特筆しておきたい。
(文=大谷達也/写真=高橋信宏)
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大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。