第251回:「ジブラルタル越え」で思い出す、なつかしの「碓氷峠越え」の話
2012.06.29 マッキナ あらモーダ!第251回:「ジブラルタル越え」で思い出す、なつかしの「碓氷峠越え」の話
ぐるぐる巻きブルーシートが積まれたクルマたち
フランスのオートルートにおける夏休みの一風景といえば、マグレブと呼ばれる北西アフリカ諸国に里帰りする人たちである。
モンペリエ、ペルピニャンなどを通って地中海沿いをなぞり、スペイン国境に抜けるA9号線で頻繁に見かける。また、パリから西のルマンなどに向かうA11号線などでもたびたび遭遇する。
それらのクルマの多くは、家族全員フル乗車である。数年前はサービスエリアで、隅にある芝生に敷物を広げて何人かで祈りをささげているのを目撃したこともあった。ちょうどボクはその横に止めたクルマの中でバゲットをかじり始めていたのだが、不謹慎だといけないので急きょ食べるのを中止した。同時に、お祈り用の敷物も忘れず積んでくるのだな、と感心したものだ。
しかし何よりも、そうした帰省家族のクルマの“アイコン”といえば、うずたかくルーフの上に積まれた荷物である。大抵ブルーシートなどで包まれ、ロープやガムテープでぐるぐる巻きにしてある。
お土産の他に販売品も
その荷物の中に何が入っているのか気になっていたが、ある日それを質問するチャンスが訪れた。その相手はわが街の切り売りピザ屋さんである。
昨今イタリアにおけるピザ店は外国人の進出が目覚ましい。一番のかき入れどきである夏に窯の前で仕事をしなければならず、仕込みの時間も長い。そのため、若年層の失業率が32%台におよぶイタリアでもなり手が不足していて、努力家の外国人経営ピッツェリアが増えている。例えばミラノの商工会議所の調べでは、すでに1/4以上のピッツェリアがエジプト人経営である。
わが街にあるピッツェリアのひとつ「トゥットピッツァ」も、もともと別の経営者がいたものの、今日仕切っているのはアシュラフさんというヨルダン人である。いっぽうアルバイトのモハメドさんはモロッコ出身で、故郷の大学で学んだあとイタリアにやって来て、昼間は大学で講義に出る傍ら、夜はアシュラフさんのピザ店で働く身である。
彼ならあのルーフの上に載った荷物の中身を知っているに違いない。そう思ってボクが聞くと、モハメドさんは笑いながら、
「大半は家族や親戚へのお土産。ほかに、故郷で売って稼ぐためのものも積んでいることが多いよ」と教えてくれた。
「売って稼ぐものって?」
「よくあるのは電化製品さ」
モロッコでは電圧(220ボルトのほか一部で110ボルト)もプラグ形状も、欧州の多くの国と同じである。したがってコンバートする必要もなく使えるのだという。
パリからジブラルタル海峡までの旅程を調べてみると、距離は約1850km、所要時間はおよそ19時間である。しかし通行料金+燃料代は片道260ユーロにすぎない。もちろんフェリーやアフリカ大陸に渡ってからのコストを加味しなければならないものの、みんなで乗って行けば1人あたりは安い。
なお、モハメドさん個人はイタリア在住でジブラルタル海峡まではかなり遠いので、里帰りは日本に先駆けて欧州でも台頭著しいLCC(格安航空会社)を利用しているという。
そんな話を聞かせてもらったボクは、お礼にイラストを描いていくことにした。この店の主要客は各国からやってきた観光客や学生で、壁面は彼らの感想や寄せ書きがはられているのだが、まだ日本人によるものがなかったからである。
記憶に残る「苦行」
先日、彼らのピザ店の近くを通ることがあったので、立ち寄ってみることにした。惜しいことにボクのイラストはすでにはがされていた。
「おっ、イタリアの隠れ大矢アキオファンが勝手に持ち去ったのか?」と思ったら、スペースがなくなって取リ払ったのだという。
それでも店主アシュラフさんは気配りの利く人らしく、「撤去する前に撮影した」という写真を携帯カメラで見せてくれた。
それはともかく彼によると、アルバイトのモハメドさんは数カ月前に店を辞め、大学に入るべくパリに旅立ったという。今夏はパリに残留するのだろうか、それとも仲間たちとクルマで故郷に帰るのだろうか。
そこでふと思い出したのは、ボクが少年時代を過ごした1970年代だ。毎年夏になると、家族で父の郷里である信州にクルマに乗って帰った。長野道などなかったのはもちろん、関越道もまだ全通していなかったので、国道18号をたどった。
お盆休みのため、道路はいつも大渋滞。わが家の「フォルクスワーゲン・ビートル」はエアコンなしだった。東京出身の母にとっては、まったくもって苦行であっただろうと思う。
群馬と長野の県境の横川にある釜めし店「おぎのや」で食べた「峠の釜めし」の味や、碓氷(うすい)バイパスの最高標高地点を通過するときの達成感、そして毎年立ち寄る給油所のおじさんの笑顔は、30年以上たった今でもしっかりと脳裏に焼きついている。そして当時のボクは「いつか大人になったら同じ道を運転してたどろう」と思ったものだ。
今、親に連れられて陸路で母国への道をたどっているマグレブの子供たちは、たとえ将来モハメドさんのように飛行機に乗るようになっても、親と乗っていたクルマやその道中は貴重な思い出となるに違いない。
年とともに道路も乗り物本体も快適になる。しかしある程度の“苦行”を伴ったクルマ旅行の記憶のほうが、時間とともに輝いてくる気がしてならないからである。
(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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