フォルクスワーゲンup!(FF/5MT)【海外試乗記】
日本車、最大の危機! 2012.04.03 試乗記 フォルクスワーゲンup!(FF/5MT)フォルクスワーゲンの最新スモールカー「up!」に長距離試乗。1リッターカーにオトコ2人が乗り込み、雪山を越える約1200kmの旅がスタートした。
オヤジギャグにもならない
「パサート オールトラック」の試乗会が行われたスイスのエルマウから、モーターショーの会場となるジュネーブまで、おおむね1200kmくらいのクルマでの移動に「up!」を選んだのは、単にまだ乗ったことがないという興味からだった。
しかし相手は、除雪されているだろうとはいえ冬の雪山。そして山を下りれば流れの速いヨーロッパの高速道路。出発が近づくにつれて、じわじわながらも後悔の念にさいなまれる。
いわく「言うても、軽自動車に毛が生えたようなクルマやで。荷物満載で山登りなんてヒイコラやん。同じ借りるんやったら『トゥアレグ』の方が良かったわぁ」と。
旅のパートナーは『カーグラフィック』編集部の巨漢Yくん。2人の荷物を合わせると、間違いなく200kg以上のロードは掛かっている状態で、ハイジの故郷をえっちらと登ることになる。
「up!がアップップだよ」と、オヤジギャグの行き場もないほど車内はパツパツだ。
ましてや、もう1台のup!に陣取るのは桂伸一氏と佐藤久実嬢とベテランのレーシングドライバーコンビ。物理的にも腕前的にもコーナリング性能に差がありすぎる。走る前からオチみたいなもんだなこりゃ……と思いながら、なんの気なしにキーをねじりエンジンを掛けてみて、んんっとうなった。
日本の3気筒とは別モノ
揺れないのである。ブルンブルンどころかプルプルもしない。小さい体格ゆえことさら自分の近く、膝向こうくらいにあるはずのエンジンは音こそ特徴的な3気筒なれど、かすかな鼓動を伝えながら気持ちよさそうに回っている。1リッター3気筒という構成は日本でもなじみがあるわけで、それなりに耐性もあるつもりだが、にわかにこれがバランサーレスとは信じがたい振動の封じ込め。いや、封じ込めという言葉も適切ではないのだろう。大通りとの合流で元気よくアクセルを踏んでみると、その印象がさらに鮮烈になる。
回転の上昇と共に、若干は感じられていた振動は一気に消散。それと共にブィーンというエンジン音までも荒れずきれいにそろうものだから、車内の環境はアイドリング時よりむしろ静かになったのではないかと思うほどだ。回せば回すほどツルッと滑らかになっていく加速感は、まさに芯を食ったという感じ。あまたある日本の3気筒エンジンとはまるで感触を異にしている。
「ムービングパーツの精度と重量管理を厳密化すれば、付加物がなくても振動は許容範囲に抑えられる」フォルクスワーゲンR&Dのボス、Dr.ウルリッヒ・ハッケンベルグのコメントを聞いた時、うそぉ〜と思った話がこうやって現実になっている。オッサン、もしかしてえらいもん作りおったんかいな……。
程なく、撮影のために渡されていたトランシーバーに桂さんからの声が入る。「ちょっとこれ、どうなっちゃってんのよ」と。もちろん動かし方がわからなくてパニクってるわけではない。同じ印象で同じ感嘆をあげているのだ。そして応答する僕が思わず吐いた本音は「こんなん作られたら、日本車大惨事じゃないですか」だった。
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Cセグメント並みの安心感
日本車大惨事とは穏やかではない話。が、その印象は距離を重ねれば重ねるほどに、残念ながらますます確信へと変わっていく。シンプルな操作系にクリーンな視界は車内の窮屈感を軽減しているし、ステアリングやペダルの角度も適切で保持に気を使うこともない。
モノシェイプのシートは体をふんわりと受け止めつつ、剛性も十分でまる1日の走行にも体に疲労はたまらなかった。そう、いいシートにルーミーなキャビンに……と、up!が備えているものの本質は、名車といわれたいにしえのコンパクトカーとまったく一緒である。そしてツーリングの始終、仰天させられたのはシャシーの出来だ。
低速域からの乗り心地は、履いているタイヤがロングツアーに備えてのスタッドレスタイヤだったことを差し引いても鷹揚(おうよう)で、路面の凹凸をいちいちご丁寧に伝えてくるドイツ車のイメージとは一線を画している。かといって、接地感がドライバーに伝わらないというわけではない。緊張感を喪失しない程度のインフォメーションと共に、車体のピッチやロールをトロッと収めこむしなやかな乗り味は、同門の「ポロ」よりも洗練されているといってもいいのかもしれない。
その丸く軽やかな乗り味は高速域に至ってもキープされ……というよりも、最高速域に至ってもそのまんまだ。エンジンをうんと引っ張れば、さほど苦もなく150km/h付近に到達し、そこからジリジリと速度を上げて最終的には170km/hオーバーで、その速度域に至っても車体は不用な跳ねや揺すりもなく、ジトッと地面を捉えている。そのスタビリティーとフラット感は車格を思えば破格も破格。軽自動車に毛が生えた程度のAセグメントにして、だらしないCセグメントよりもよほどしっかりしてるのではないかという安心感を乗員に伝えてくる。
そんな領域ではさすがにエンジンのうなり音も大きくなるが、その音質自体は先に記した通り、芯のそろったきれいなものだ。加えて、スクエアな見た目の割には風切り音もよく処理されており、ロードノイズも適切に遮断されている。つまりびっくりするほど静かなわけではないが、侵入音は音質が均一化されているおかげで耳疲れが少ないという、ここでまた思い出すのはいにしえのコンパクトカーの、イロハのイである。
日本車はなぜこうならない?
そう、up!は飛び道具や特殊技法を用いて作られたクルマではない。なにより、そんなものを使った日には1万ユーロからの価格は実現できないだろう。後方排気の配置はフォルクスワーゲンの次世代プラットフォーム「MQB(Modularen Querbaukasten:英語でモジュラー・トランスバース・マトリックスの意)」の概念を先取りしつつ、アルミブロックを用いたエンジンも、ふたを開ければ普通の1リッター3気筒。意識されたであろう軽量化とて、この車格で900kg前半と聞けば驚くほどではなく、補器の合理化やサーマルマネジメントに関しても、聞いたことのないような仕組みは見当たらない。すなわちソリューション自体は日本のメーカーのあらかたが持ち得ているものだ。
だからこそ、怖いのである。できたものに乗れば、日本車はなぜこういかないのだろうと考えさせられるしかない。
……と問えば、日本のメーカーの首脳は、破格の高速性能を指して「これほどのものはユーザーに求められていない」と言うだろう。それよりも燃費やスペースユーティリティー、低速域の乗り心地や静粛性、そして何より価格が勝負だと。
しかしup!はそれらの全てを日本車に比肩する、いや、それ以上の水準にもってきている。居住性は大人4人が座るに十分以上のもので、乗り心地に関してもピッチングの収め方などは、かなうものが思い当たらない。アルプスの山道を元気よく登るにはエンジンを回す必要もあったが、ワインディングロードでの安定感は比較にならず。1200kmを走り切っても疲れが一切残らなかったのは、出来のいいシートや始終フラットな乗り心地、なによりスタビリティーの高さからくる安心感が大きい。
ちなみに高速では現地の流れに身を任せつつ、たまに全開も織り込みながらの山越え総合燃費はほぼ20km/リッターだった。恐らく同様の使い方をして、この燃費を記録できる日本車は一部しかない。
そしてup!の現地価格は1万ユーロから。これを途上国や新興国で現地生産化すれば、7000ユーロ近くまで圧縮できるだろうという皮算用をDr.ハッケンベルグは持っている。それらの事実や展望は、ことごとく日本のコンパクトカーに待ったなしの勝負を突きつけているようなものだ。
気になるところもあるけれど
そんなup!に僕は、トヨタが初代「セルシオ」の開発の際に技術者が共有した思想である「源流主義」を重ねてしまう。いちから全てを構築できる状況にあった彼らが行ったのは、既存の対症療法ではなくアーキテクチャーの根元から想定されるネガを愚直につぶしていくという作業。その象徴がバランサーレスの1リッター3気筒ということになる。
個人的に、up!に最も近い可能性を秘めたプラットフォームは「iQ」のそれだと思うが、源流主義を世界に認められたトヨタから、それを真剣に展開する気配が伺えないのは残念としかいいようがない。
運転席側に助手席側のパワーウィンドウスイッチがないとか、リアウィンドウがポップアップ式とか、日本車では考えられない割り切りもそこにはある。2ペダルのロボタイズATの出来も気になるところだ。
インポーターは頑張るという価格設定も、日本市場の激しい価格競争の中では、いずれ埋没してしまうだろう。が、本筋においてup!に比肩する日本車は見当たらない。この現状をどう認識するかは、日本のメーカーの将来の根幹に関わる問題である。しかもその猶予はないに等しい。いやはやキッツイことになってきた……と、僕にとってアルプスの青空は妙に恨めしく映ることになった。
(文=渡辺敏史/写真=フォルクスワーゲン・グループ・ジャパン)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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