第290:元祖「トゥイジー」? ここにあり! イタリア式 HOTする高齢者向けモビリティー
2013.04.05 マッキナ あらモーダ!第290:元祖「トゥイジー」? ここにあり!イタリア式 HOTする高齢者向けモビリティー
農業に、商店に、そして放課後の若者に!?
前回は街乗りEV「ルノー・トゥイジー」が、一部のイタリア都市でジワジワと受け始めている話を記した。しかし、町のモビリティーといえば、イタリアにはこんな“元祖”も存在する、というのが今回のお話である。
「ベスパ」スクーターと同じピアッジョ社が造る三輪トラック「アペ50」である。本欄では走行動画を含めて何度か紹介してきたので簡単に繰り返すと、空冷2サイクル50ccガソリンエンジンを搭載した、トラック/バンである。イタリアでは、前回記したルノー・トゥイジーのアーバン45仕様同様に原付き自転車扱いだ。
最新のカタログをみると、最高速度は38km/h、一回の給油での航続距離は300kmである。標準型トラックタイプの最大積載量は205kgとなっている。
ちなみにこのアペ、ボクがイタリアにやってきた17年前は、路上を走る大半がまだキャタライザー付きでなかった。そのためボクは、排出ガスの臭さで、たびたび頭が痛くなったものだ。その後は、排ガス対策済み車両が徐々に普及したことで、状況はかなり改善された。まあ、ボクがイタリア旧市街のよどんだ空気に慣れたというのもあるが。
古くなったアペの第二の人生というのもイタリアにはある。遊び用だ。14歳から筆記試験だけの免許で乗れるため、一刻も早く路上デビューを果たしたくてウズウズしていた農村地域の若者たちが、原付き免許取得と同時にバイクショップ(アペは二輪と一緒に売られている)で中古を購入し、チューンやステッカーチューンを施しては放課後に近所を走り回るのである。
トメアの愛車
もうひとつ、アペの使用法で忘れてはならないのは、お年寄りのモビテリティーである。ボクの知人であるミーノは84歳の年金生活者だ。町の人たちからは「ミーノ」ではなく「トメア」と呼ばれている。Tomeaとは、いにしえのイタリア人著名美術家の名前だ。現役時代に町の土木課員として毎日石畳を刻んでいるうち、いつの間にかつけられたニックネームらしい。
トメアの住まいは、遠く1958年をもって廃線になった鉄道の切り替え小屋だ。今も所有者であるイタリア国鉄から借りて暮らしている。2人の娘はそれぞれ結婚して巣立ってしまったので、夫人のマリア(81歳)と2人暮らしである。マリアのほうが背高なのが、見ていてユーモラスである。
トメアがアペ50購入に至るまでの経緯を記そう。
ボクが知り合った16年前、彼の“自家用車”は、まだモスグリーンのスクーター「ベスパPX」で、マス釣りの足にと活用していた。ところがある日突然、トメアはベスパPXの代わりに、最新のスクーターを買ってきたのだ。
ボクは「よッ、おじいさん、イカすの買ったね!」と祝福したのだが、マリアには大不評だった。高齢者では持て余す性能が心配であったこと以上に、購入前、ろくに相談がなかったことが、アタマにきたらしい。
身内の抗議によほど懲りたのだろう、トメアは新型スクーターを買ってあまり経過しないうちにそれを手放した。そして代わりに購入したのが、アペ50の排ガス対策済み仕様「キャタライズド」だった。スクーターとほぼ同じ安い税金・保険料で維持できるうえ、屋根付きなのでスクーターよりも快適だ。何よりマリアも一緒に乗せられる。
かくして、トメアはアペ50オーナーとなった。ボクは彼が購入直後、その小さな回転半径を見せつけるべく、「ほら見ろ!」といって、家の前で何回もぐるぐると回ってみせてくれたのを覚えている。
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背伸びしないカーライフ
それから早くも11年近くが経過した。先日ボクがトメアを訪ねてみると、アペは相変わらず自宅の脇にたたずんでいた。しかしよく見たら、「ヨーロッパ」というバージョンだ。彼は2台目に買い替えていたのだ。
料理上手のトメアはボクのために、くりの粉のケーキ、カスタニャッチョを焼いて待っていてくれた。そして彼は少し前に、立て続けに2件のトラブルが発生したことを教えてくれた。
ひとつは「ある日突然エンジンが掛からなくなってしまった」もので、燃料系統のトラブルだった。もうひとつは下り坂を走行中、急にブレーキの効きが弱くなってしまったのだそうだ。
「脇道にあった平地にハンドルを切って、なんとか自然に止めたよ」とトメアは言う。
メカニックは、直してくれたあと「Niente!(大したことない!)」とひとことだけ言って帰っていったという。場合によってはかなりシリアスなトラブルになりかねなかったのにだ。ボクだったらメカニックに原因を徹底追及するところだが、穏やかな性格のトメアはそこまでしなかったようで、そのあたりが小さなコミュニティーで生きてゆく術でもあるのだろう。
同時に、苦労を共にすることで、さらにアペへの愛着は深まったに違いない。
今もトメアの生活に、アペは欠かせない。自作の料理を友達に持って行ったり、地主から「世話をしてもらう代わりに、適当に自分のぶんを収穫していいよ」と言われている畑に行ったりしている。夏は、収穫してきた野菜や果物をマリアと一緒に庭先で食べる。彼らの背伸びをしないライフスタイルは、ボクの目からなんともうらやましく見える。
最後にマリアによると、近ごろのトメアは、バールで仲間とのカードゲームに凝っているらしい。彼女は、バールは歩いても約5分の距離のうえ、足腰も達者なのに、ついアペに乗って行ってしまう夫にあきれている。
ただし、堪(たま)りかねたマリアがバールの近所まで見に行っても、夫がそこにいるかどうかは、すぐに判断できない。なぜなら、同様にアペでバールにやってくるおじいさんが、トメアひとりではないからである。往年のアニメ『新・巨人の星』の、投げたボールが何重にも見える蜃気楼(しんきろう)魔球で、実際のボールを見抜くような難しさがあるに違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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