プジョーRCZ(FF/6MT)
快楽の装置 2013.07.16 試乗記 デビューから3年を経て、マイナーチェンジが施された「プジョーRCZ」。新たな顔を得た“個性派クーペ”の実力を、あらためてチェックした。わかってる男のクルマ
これは楽器だ。
その音色は宗教音楽のように天上界に達する。タコメーターの針が4000に近づくにつれ、その調べは大きくなり、5000を超えるとバスからテノールへと転じ、6000にいたるやスピードがもう大変なんである。
しかし、われは踏む。右足に力を込める。シフトアップのたびに音色は澄み、歌声はのびやかになる。トランペットのようでもあり、高性能バイクのようでもあり、レースカーのようでさえある。あえていえば、フェラーリもかくや。ほぼ同じエンジンの、BMW MINIの高性能モデルよりも音質がエンターテイニングであることは間違いない。
右足の動きに合わせて快音を発するトランペット。アクセルを踏み込むと、エンジンの吸気系に設けられた振動盤(ダイヤフラム)がターボの過給圧に応じて共鳴し、リゾネーター(共鳴器)によって増幅されて室内に流れ込む。つまり、1.6リッター直4ターボエンジンを文字通り、楽器として使っているのだ。
コイツをかき鳴らし、忘我の境地にいたるには、広いステージが必要である。なにしろスピードが出てしまうからして、プレイヤーは人気(ひとけ)のない、どこか遠くに行かねばならない。どこかったって、どこへ? どこだっていいじゃありませんか。と小津映画の原節子なら言うかもしれない。そうやってドライバーを誘うこれは、快楽の装置なのである。天界に達する音楽を奏でながら疾走するマシン。フェラーリとも共通するろくでなし、働くことを厭(いと)うキリギリス的スポーツカーなのだ。
もちろんこれは賛辞でありまして、たいへん粋なクルマなのである。実際、絶対数は少ないものの、日本国における販売は好調で、目標以上の台数をコンスタントに中高年が購入しているのだそうだ。自動車はいまや、おじさんの愛玩物である、という本邦の事情はあるにせよ、もののわかった大人の男のクルマなのである。
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毎日乗るもよし
「プジョーRCZ」は、「308」ベースの2ドアクーペとして、2009年のフランクフルトショーで鮮烈なデビューを飾り、翌年に日本でも発売となった。
それが昨2012年にフェイスリフトを受け、「508」から始まった“プジョーの新しい顔”に変更されたのである。ガオーッと大口を開けていたグリルはグッと控えめになり、その下にアゴヒゲのように見えないこともない細長いグリルが加えられた。ヘッドライトは、グラスカバー内部が黒塗りとなり、エリア51の宇宙人のような、思索的な容貌になった。外観のそのほかでは、19インチアロイホイールのデザインも新しい。
しかるに、RCZの見せ場はやはり、なまめかしい女体を思わせるダブルバブルのルーフとリアのグラスウィンドウであろう。「アウディTT」がバウハウスだとすれば、こちらはアールヌーボー、フランボワイヤンの系譜に連なる、といってもよいのではないか。それでいて、キャビンフォワードのプロポーションはミドシップ風で、極めて現代的だ。コクピットは基本的にこれまで通りである。308ベースとはいえ、着座位置はやや低く、ダッシュボードは合成皮革で覆われている。ただし、ドアトリムにステッチを施したレザートリムが追加され、よりシックになった。神は細部に宿る。
機構上のニュースは、左ハンドル車に関する限り、公式にはなにもない。右ハンドル車には、冒頭に記したサウンドシステムが新たに採用された。日本仕様のRCZは従来通り、基本的に1.6リッター直4ターボエンジンのみで、右ハンドルと左ハンドルの設定がある。右は最高出力156psで、6AT、左は最高出力200psで6MTとなる。価格は前者が402万円、後者が426万円で、それぞれ3万円だけ高くなった。
日常生活に刺激をお求めのむきは、一考に値する。じつのところ、オシャレな実用車として毎日乗るのであれば、“はずし”のチョイスとして好適ではあるまいか。サウンドの高揚感はフェラーリ、ポルシェに匹敵する。もし問題があるとすれば、乗り心地がそうとう硬いことである。タイヤが19インチということもあって、荒れた路面ではドタバタする。おまけに都内の道は意外と荒れている。とはいえ、試乗後の印象としてはただ快音が記憶に残る。乗り心地の硬さは私のメモに残るのみ。
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男っぽいドライブフィール
硬い恩恵で、コーナーでのロールは皆無といってよい。ステアリングホイールのグリップは太めで、操舵(そうだ)はやや重く、6段MTはゲートが明快で操作しやすい。1.6リッターで200psというハイチューンの直噴ターボエンジンは、現代のエンジンらしく可変バルブタイミングコントロールを備えており、非常にフレキシブルでよく粘る。極めて扱いやすい。
全体に丸っこいため、ボディーの四隅がつかみづらいことは欠点かもしれないけれど、このデザインにほれちゃったら我慢するしかない。絶対的なサイズがコンパクトだから、そうひどいことにはならない。たぶん。
車重1350kgに最高出力200ps、最大トルク28.0kgmは十分以上で、低いギアでアクセルを全開にすると、前輪がボディーをひきちぎらんばかりに駆動する。トルクステアはもちろんある。乗り心地の硬さといい、見た目は女性的でセクシーだけれど、ドライブフィールは男っぽい。
100㎞/h巡航は、6速トップで2600rpm程度で静かである。ターボがおとなしくしている間、サウンドシステムは作動しない。燃費は10km/リッター以上を軽々とマークし、大変優秀である。
楽器はなんのためにあるのか? 音楽を奏でるためである。なぜ人間は音楽を奏でるのか? あいにく私は知らないのですが、大昔、男が女の気をひくために生まれた、あるいはその逆、という説もあるらしい。少なくとも、音楽のビートに合わせて踊ることができる霊長類は人間だけで、チンパンジーにはできない。歌をうたうオウムとか、いそうな気もするけれど、音楽は人間の脳を刺激するなにかであることは間違いない。
プジョーRCZは私の脳を刺激する。カタログの写真を眺めていると、あの音色が右脳によみがえり、また乗りたい、と思うのである。
(文=今尾直樹/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
プジョーRCZ(FF/6MT)
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4290×1845×1360mm
ホイールベース:2610mm
車重:1350kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:200ps(147kW)/5800rpm
最大トルク:28.0kgm(275Nm)/1700rpm
タイヤ:(前)235/40R19/(後)235/40R19(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト3)
燃費:13.2km/リッター(JC08モード)
価格:426万円/テスト車=426万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:1052km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:338km
使用燃料:30.9リッター
参考燃費:10.9km/リッター(満タン法)/11.4km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。