トヨタ・ヴォクシー/ノア 開発者インタビュー
「期待以上のクルマ」を作る 2014.02.21 試乗記 トヨタ自動車製品企画本部
ZH チーフエンジニア
水澗英紀(みずま ひでき)さん
国内ミニバン市場の有力モデル「トヨタ・ヴォクシー/ノア」が、6年半ぶりにフルモデルチェンジ。その開発のポイントは? 新型に込められた思いとは……?
まずはニーズを知ることから
トヨタ・ヴォクシー/ノアが2014年1月20日にフルモデルチェンジを受け、3代目となった。超が付くほどの激戦区である5ナンバーサイズのミニバン市場において、新型“ノアヴォク”(と略されることが多い)は何を武器に戦うのか? そしてその武器を手に入れるために、どのような開発を行ったのか。開発責任者を務めた同社製品企画本部の水澗英紀チーフエンジニア(CE)にお話をうかがった。
インタビューを始める前に、ここまでのストーリーを簡単におさらいしたい。先代の2代目ノアヴォクは2007年にデビュー。出足は好調で、2010年までは両車合計で5ナンバー枠ミニバン市場の50%以上を占めた。ところが2010年に4代目となる「日産セレナ」が登場するや形勢は逆転。2011年から昨年まで、3年連続でセレナがこのカテゴリーで首位の座に輝いた。
というわけで水澗CEに「やはり打倒セレナでしょうか?」と話を振ってみたけれど、「う~ん……」と食い付きが悪かった。
もちろん販売台数でセレナを上回りたいというのはありますけれど、開発にあたって打倒セレナを目標にしていたかというと、そんなことはありません。
――では、どのような目標を持って開発にあたったのでしょうか?
日本では普通乗用車の販売台数は低下傾向にあります。けれども、この5ナンバーサイズのミニバンは減らないのです。毎月、コンスタントに各社合計で2万台程度を販売しています。では、お客さまはミニバンに何を求めていらっしゃるのか? 何を求めていると思われますか?
――広さ、燃費、デザイン、使い勝手、価格……。そのあたりだと思います。
開発するにあたって、新型ヴォクシー/ノアをどういうミニバンにすべきかを徹底的に考え、リサーチしました。そして、このクラスのクルマを買われる方は、後席の広さ、スライドドアの乗り降りのしやすさ、3列目シートの快適さやシートアレンジの使い勝手などを求めているという結論に達しました。なぜなら、いま挙げた要素は他のセグメントでは手に入らないものだからです。
広くて低い“理想のミニバン”
――なるほど、と思う反面、燃費というファクターが入っていないことが意外です。新型ノアヴォクがライバルたちに差を付けるための最大の武器は、ハイブリッドシステムだと思っていました。
燃費をよくすることだけを考えたら、旧型のフロアにハイブリッドシステムを積めば済む話です。でもホイールベースを延ばすなど骨格から作り直したのは、燃費がいいだけでなく、5ナンバー枠で一番いい、理想のミニバンを作りたかったからです。打倒セレナではなかった、というのはそういう意味で、相手がどうこうではなくこのクラスで最高のミニバンを目指しました。
ここで思い出すのは、首位打者よりも自分の安打数を大事にしたというイチローのエピソードだ。なぜかと言えば、ライバルの打率は自分の力ではどうしようもなかったからだという。水澗さんも、ライバルの打率よりも自分たちの安打数を上げることを考えたのだろう。
――では、新型ノアヴォクをこのセグメントで一番いいミニバンにするためのポイントを教えてください。
まず、2列目シートと3列目シートのスペースにもう少し余裕を持たせたいと思いました。全長が先代より100mm長くなっていますが、このうち45mmは歩行者保護性能を上げるためにフロントオーバーハングを延ばしました。残りを室内空間に充てることで、先代より居住空間を広げました。
――長くなったことと並んで、フロアが低くなったことが目を引きます。地上からフロアまでの高さが360mmというのは、このクラスで最も低い値です。
開発の初期から、低床フロアはどうしてもやりたいと思っていました。燃費や空力を考えると、全高は低くしたほうがいい。一方で、室内空間は広くしたい。フロアの低床化ができれば、さまざまな問題が一気に解決するんですね。
ただしこのフロアの低床化は、一筋縄ではいかなかったようだ。
随所にこだわりと工夫
――資料によると、低床フロアは燃料タンクを薄くすることで実現したとあります。燃料タンクのアイデアは、ホンダのセンタータンクと同じものでしょうか。
ホンダさんのセンタータンク方式とは異なります。センタータンク方式だと、四駆のプロペラシャフトをどう通すかといった問題が生じます。そこで燃料タンクを車体の左半分に寄せるアイデアで解決しました。
――リアサスペンションも低床フロアのために新設計していますね。
ボディーの骨格や構成物を避けるために新規で開発しました。ミニバンというのはウォークスルーができることが魅力ですから、床が水平だというのが非常に重要なんですね。このご時世、フロアを専用で設計するのはぜいたくですが、おかげでドアを開けた瞬間に「期待していたよりこんなに広いのか」と思っていただける仕上がりになったと自負しています。
――3列目シートの格納方式についてうかがいます。従来のハネ上げ式にこだわっていらっしゃいますが、床下格納の可能性はなかったのでしょうか?
もちろん、可能性は探りました。いろいろと検討してみると、床下格納にもハネ上げ式にも一長一短があるんですね。ただ、床下格納にするとどうしてもシートのサイズに制約が生まれます。そこできちんと3列目シートに座っていただくために、ハネ上げを採用しました。
ただし従来のハネ上げ式とはまったく違いまして、4リンクのヒンジを用いることでピタッと両サイドに収まるようになりました。これなら室内空間を犠牲にしない。あまりに見事なので、ハネ上げではなくビルトインと呼んでいるほどです(笑)。
やりすぎなくらいでいい
――最後に、エアロボディーのデザイン。かなりぶっ飛んでますね。
ミニバンはどうしても四角くなりがちなので、カッコいいと思っていただけるデザインにしたいと思っていました。
性能面でもそうですが、やりすぎるくらい、期待を超えるぐらいのものを作ろうというのが現場の合言葉でした。エアロボディーのデザインに関しては、(コンセプトモデルとして出展した2013年の)東京モーターショーでも好評だったので自信があります。
意外だったのは、ハイブリッドシステムや燃費の話題があまり膨らまなかったことだ。基本的に「プリウス」と共通のシステムだから、燃費も動力性能も予想できるという理由もある。同時に、燃費だけでなく広さや使い勝手でもナンバーワンをとりたいという水澗CEの強い思いが、話題をハイブリッドだけに絞らせなかったのだろう。
印象に残ったのは、「期待されている以上のものを作る」というフレーズが何度も飛び出したことだ。確かに試乗してみると、広さの確保や使い勝手の向上のために、細かいところまで煮詰められている。しかも若いファミリーでも手が届く価格だ。新型が徹底的にユーザーのことを考えて作られたクルマである、という印象は、水澗CEにお話をうかがうことで確信となった。
(インタビューとまとめ=サトータケシ/写真=田村 弥)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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