第340回:性悪女(!?)のシトロエンから「日産エスカルゴ」まで。愛憎の長期テスト車たち
2014.03.28 マッキナ あらモーダ!たとえ排ガスを吹きつけられても
新入社の季節である。それに合わせるかのように、先日掃除をしていたら、26年前の内定通知書が出てきた。大学4年だった1988年のことだ。一読者だった自動車雑誌『CAR GRAPHIC』(CG)の巻末に載っていた「新編集部員募集」に応募したところ、当時の版元である株式会社 二玄社に翌年採用してもらえたのだった。当時の様子については、小林彰太郎氏の思い出の回でつづったので、そちらをお読みいただこう。
ボクが配属された季刊誌(のちに隔月誌)『SUPER CG』は創刊直後で、部内の専用車がなかった。そのため、取材や外国人ゲストの送迎などで足が必要なときは、階段を駆け上がって、同じビル内にあった『CG』編集部や『NAVI』編集部の長期テスト車や、広告営業部のクルマを貸してもらいに行った。
ありがたいことに先輩たちは他部署の新入社員であるボクにも、嫌な顔ひとつせずキーを渡してくれた。ホントにこの会社に入ってよかった、と思った。加えて、今日さまざまなクルマの思い出を、初対面の欧州人と話の糸口にできるのも、ちょい乗りできた長期テスト車のおかげである。
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ランデブーの記念に
CG誌をお読みの方ならご存じのように、長期テストの担当者は、日々詳細な走行記録をとり、毎月のようにリポートを記さなければならない。いっぽう、ボクは拝借するだけだから、気楽なものである。「スズキ・カプチーノ」「ホンダ・ビート」といった軽スポーツカーも乗れた。都心の渋滞にはまって大型トラックから排気をもろに顔面に吹き付けられても、若さゆえ涼しい顔で得意になっていた。
しかし、つらいこともあった。ボクは東京郊外住まいだったので、借りた先の部署にクルマの使用予定があると、中央道国立府中インターの先から首都高4号線までの渋滞を見越し、翌朝かなり早く出発しなければならなかった。クルマを使うのは大抵、長距離の出張や、印刷会社に出向いて遅くまで校正をしたあとだったので、かなりしんどかった。特に広告営業用のクルマは、翌朝定時に戻さなければならない。
だから、長期テスト車との個人的ランデブーは、ボクが家に乗って帰ったあと、翌朝再び出勤するまでで、時間は極めて限られていた。そこでせめてもの思い出にと1990年代前半、記念撮影しておいたのが、今回のスナップである。大半が写真素人の親に頼んで撮ってもらったネガフィルムからのスキャン、かつ夕方や早朝撮影のため、クオリティーはご容赦願いたい。
【写真1】は、5代目「マツダ・カペラ」である。このモデル最大の話題であったプレッシャーウェーブ・スーパーチャージャー搭載のディーゼル仕様だった。恥ずかしながら当時ディーゼル初体験のボクにとって、その太いトルクは極めて印象的だった。
続く【写真2】はボクが就職して間もなくCG編集部にやってきた「フィアット・ティーポ」だ。I.DE.Aインスティトゥートが手がけたデザインは、黄金比を突き詰めたようなジウジアーロデザイン系フィアットとは違い、モンドリアンの「コンポジション」のように、部分的にアンバランスなパネル&ガラス構成の妙が特徴的だった。グラフィカルなデジタルメーターも、「これぞイタリアンデザイン!」とうなったものだ。
【写真3・4】の「シトロエンCX GTi」も思い出深い。当時のCG編集長・熊倉重春氏が、「中古のCXとは、いかなるものか?」という企画で購入されたものだった。
シート地がCXらしいモダンなファブリックではなく、黒の革張りだったのは残念だった。だが、セルフセンタリング機構付きステアリングがくるくる回るときの感触は、20年近くたった今もボクの手がしっかりと覚えている。そしてハイドロニューマティックサスペンションによる浮遊感も、お尻がしっかりと覚えている。
このCX、硬派が多い(?)CG編集部内ではあまり人気がなく、「トヨタ・マークII」とともに、いつもキーが取り残されていた。それをよいことに、ボクはたびたび借りだした。
やがて不人気の理由がわかった。電装系が弱く、エンスト気味だったのだ。それでもあえて拝借したボクが甲州街道と都内で2度にわたってJAFの助けを借りるに及び、CG編集部からは使用禁止令が出てしまった。
しかし、テスト期間が終わって売却することになったとき、熊倉氏はCXにぞっこんだったボクを覚えていてくれたのだろう、「性悪女とつきあってみないか?」と、下取りを打診してくれた。
結局当時のボクは、予想される今後の苦労にビビって購入を断念した。だが、今日女房の振る舞いに手こずるたび、「性悪と呼ばれても、CXのほうがよほど楽なオンナだったのではないか?」という思いが、脳裏をよぎる。
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全社的統一見解
実はもう1台、意外にも社内で、いつもキーが余っているクルマがあった。【写真5】の「日産パイクカー」シリーズのバン「エスカルゴ」である。機材や商品の運搬用には極めて重宝していたようだが、ユーモラスな外観と、側面に「CG」の巨大文字がカッティングシートで貼り付けられていたため、これまた硬派が多い社内では、気恥ずかしくて乗るスタッフが少なかったようだ。
そんなことを気にせぬボクは、エスカルゴを借りては、出張はもとより、当時のSUPER CG編集長の高島鎮雄氏を乗せて印刷所を往復する足にした。やがて「大矢ほど、エスカルゴが似合うやつはない」ということが、全社的統一見解となった。
イタリアに住んではや18年になるのに、これまで一度たりとも「フェラーリやランボルギーニが似合う男」と呼ばれたことがない筆者のキャラクターは、当時すでにエスカルゴとともに生成されていたのに違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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