ホンダ・ヴェゼル 開発者インタビュー
燃費も走りもイイトコ取り 2014.04.11 試乗記 本田技術研究所四輪R&Dセンター 第1技術開発室 第2ブロック
研究員
田上 剛(たがみ たけし)さん
スポーティーな走りが魅力のコンパクトクロスオーバー「ヴェゼル」。燃費性能と走行性能をいかに両立させたのか、エンジン開発の担当者に聞いた。
燃費と走りの両立
「ホンダ・ヴェゼル」のエンジン開発を担当した田上 剛さんは、1980年代から90年代にかけての第2期F1の大活躍に憧れて、ホンダの門をたたいたひとりだそうである。
――日本で売られるヴェゼルのエンジンは1.5リッターと、同じく1.5リッターをベースとした新世代ハイブリッド(=i-DCD)の2機種。早い話が「フィット」と基本的に共通ですね。ほかの選択肢はなかったのですか?
もちろん、新しいクルマですから、いろいろな可能性は検討するのですが、今回はその部分についての議論はほとんどなかったと思います。最初からほぼ決まっていた感じですね。逆にいうと、そのパワートレインを使って、いかにヴェゼルのコンセプトに合わせて仕上げるかが、今回の重要なところでした。
ですので、われわれエンジン担当だけでなく、ボディーやシャシー、そして特にウェイトに関しては要求が厳しかったんです。
――なるほど。
ヴェゼルはフィットより重いですが、それでも走りを損なわないようにする必要がありました。ヴェゼルではウェイトに合わせて1.5リッターもi-DCDもフィットより出力を上げています。その一方で燃費でも妥協しないというのが開発目標でしたので、燃費も犠牲にできません。そこを両立させるのが大変だったところで。
そこで、ヴェゼルでは特にエンジンのいちばんいい領域……効率がよくて燃費もよく、しかもドライバーがアクセルを踏んだときにトルクをうまく使える領域をねらっています。
――それはトランスミッションの制御で……ということですか?
もちろん、トランスミッションもそうですが、エンジンの制御でもそれに合わせて最適化して、エンジンのいいところを引き出せるようにしています。
「ガマンのエコモード」にはしない
――ヴェゼルは1.5リッターもハイブリッドも予想以上にスポーティーで力強い走りだと思いました。特定のグレードにかぎらず、ヴェゼルはどのグレードでも力強い走りが印象的でした。
新しいi-DCDというシステムは“スポーツハイブリッド”というコンセプトですから。ハイブリッドでも有段ギアをもっているのが、i-DCDと従来のIMAシステムとの大きな違いです。
そこで、普通におとなしく乗っているときはできるだけシフトショックを感じさせないような制御にしながら、しかしアクセルを踏み込んだときには、あえてギアチェンジ感を強めに押し出して、スポーティーな走り感を意識しています。
――アクセルペダルに押し返す反力を出す「リアクティブフォースペダル」も、ヴェゼルの売りですよね。
リアクティブフォースペダルは実用燃費を向上させることが第一目的ですので、スポーツモードでは作動しません。今回は特にECONスイッチを押したときの反力に気を使いました。
ヴェゼルでは、燃費に応じてメーター照明色が変わるコーチング機能がついていますが、それにアクセルペダルの反力を合わせることで、燃費のいい走り方がより直感的にわかっていただけるようになっています。
リアクティブフォースペダルそのもので燃費が変わるわけではありませんが、われわれエンジン担当から見ても、とても効果的でありがたい装備だと思います。
――ホンダのECONスイッチは、他社によくあるエコモードのように、極端にスロットルを鈍くしたり、アクセル開度を絞る制御ではないですよね?
そうです。うちのECONスイッチは単純にアクセル開度を絞るのではなくて、ドライバーが無意識にアクセルペダルをパタパタと開閉するような操作を、クルマ側で吸収して滑らかに加減速させることを重視しています。もちろん、他にもエアコンや変速プログラムの制御を変えていますが、ただガマンしてもらう制御にはしていません。
“アツいホンダ”復権の願い
――ヴェゼルの開発リーダー役(ホンダではラージプロジェクトリーダー=LPLと呼ばれる)だった板井義春さんはけっこううるさかったですか?
私の立場からはなんとも言えませんけど(笑)。板井LPLはハッキリと言葉にしてくれる人です。「こういうクルマにしたい」ということを最初に明確にしてくれたうえで、実際の作業は現場に任せてくれましたので、仕事はやりやすかったです。
――ヴェゼルは“走りのいいクロスオーバー”という印象ですが。
走りがいい……というだけでなく、燃費も走りもイイトコ取りしようというのが、ヴェゼルのコンセプトです。私が担当したエンジンやパワートレインだけでなくて、スタイルとパッケージ、あるいは価格と質感。ヴェゼルはいろいろな相反するものを高い次元で両立させることを目指したんです。
エンジンも確かにフィットをベースにすることになりましたが、ヴェゼルというクルマで、価格と性能、そして燃費を高い次元で両立させるには、これがベストの選択だったことは間違いありません。
板井LPLはヴェゼルを“現代のスペシャリティーカー”と表現している。自動車少年だった田上さんが憧れた第2期F1当時のホンダは市販車では2〜3代目「プレリュード」にあたり、いわばスペシャリティーカー全盛期。同時にシビックでいえば「ワンダーシビック」(3代目)や「グランドシビック」(4代目)の時代だ。
それはつまり、ホンダ車のボンネットが最も低かった時代であり、それが当時の自動車青年の多くを魅了して、少なくとも日本国内でのホンダが最も若々しくイケイケだった時代といってよい。板井LPLがあえてスペシャリティーカーという表現を使っているのも、ヴェゼルにそんな“アツいホンダ”の復権の願いを込めたからでもある。
「あの当時のホンダデザインは確かにカッコよかったですよね。でも、あんなに低いボンネットはエンジン屋泣かせでもあって」と分析する田上さん。この冷静さはさすが技術者である。
(文=佐野弘宗/写真=郡大二郎)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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