キャデラックCTSエレガンス(FR/6AT)
正攻法の進化 2014.06.26 試乗記 新型となったキャデラックのEセグメントモデル「CTS」。居並ぶライバルたちの中に飛び込んだCTSの、プレミアムカーとしての魅力に迫った。ライバルと真っ向勝負
随分、立派に成長したもんだなあ……というのが新型「キャデラックCTS」の第一印象だ。先代に比べて全長が一気に100mm伸ばされたことはもちろん効いているに違いないが、それ以上に感じるのは存在感が増したというか、立派に見えるようになったということである。
思えばアート&サイエンスを標榜(ひょうぼう)するキャデラックの今の路線の幕開けとなった初代CTSは、サイズこそ大きかったが位置づけとしてはBMWで言えば「3シリーズ」と「5シリーズ」の間くらいかなという感じだった。先代にしても、それは基本的に同様と言える。ターゲットとして「メルセデス・ベンツEクラス」やBMW 5シリーズを意識しながら、スポーティーさを強調するなど微妙に路線を外していたように見えたのだが、キャデラックとしてもそろそろ自信をつけてきたということか、新型ではいよいよがっぷり四つで戦っていこうと覚悟を決めたのだなと感じられたのだ。
大きくなり見栄えがグンと良くなったボディーは、一方で車両重量の100kg以上の軽減を実現している。それに貢献しているのがパワーユニットのダウンサイジングで、この車体を動かすのは「ATS」と共通の直列4気筒2リッター直噴ターボエンジンである。それもライバルたちと真正面からぶつかる選択。しかしながらスペックは最高出力276ps、最大トルク40.8kgmと、「E250」や「523i」よりも少なくとも数値上は充実している。
プレミアムカーとしての期待に応えた
左側のドアを開けてドライバーズシートへと乗り込む。ブラック基調にカーボンファイバーのトリム、随所にあしらわれたピアノブラックというインテリアのコーディネートには面白みはないものの、仕立てもマテリアルも質は高い。スイッチ類は多く、デザイン自体もやや煩雑ではあるが、そのぶん装備は充実している。
特にこのCTSの導入を契機に、これまで自慢のCUEシステムに組み込むことができなかったナビゲーションシステムを、標準の8インチのスクリーンで使用できるようになったのはトピックである。導入台数に関わらず、ユーザーのプレミアムカーへの期待値に変わりはないのだから、この姿勢は評価したい。
前方衝突や車線逸脱に対する警告機能をはじめ、先進安全装備もひと通りそろっている。警告音や表示ではなく、シートを振動させて危険を伝えるセーフティーアラートドライバーシートも引き続き採用。大事な人を乗せてドライブ中、車線をはみ出たらブザーが鳴り響いて……なんて心配が要らないのは、プレミアムカーのあるべき姿をよく分かっているなと感じさせる。
前席の広さは不満を覚えるものではなかったが、後席は特に頭上空間がタイトである。全長はあるが全高が低いクーペルックは確かにスタイリッシュではあるが、これだけのサイズのセダンにはプラスアルファの余裕を求めたい。もっともATSにしても話は一緒だから、キャデラックとしてはあえてそうしているのだろう。
ダウンサイジングエンジンのメリット
では気になる走りっぷりはといえば、まずパワートレインは、性能上はまったく不足を感じさせることはなかった。実用域のトルクが充実していてドライバビリティーは街中から高速道路まで上々と評することができるし、ペースを上げていっても決して痛痒(つうよう)を感じさせるようなことはない。車体の軽さも貢献しているのだろう。
もっともマルチシリンダーユニットに比べれば情緒を欠くのもこれまた事実である。まあ、それはメルセデスでもBMWでも一緒の話。キャデラックだけ特別にあげつらうべき話ではないのだけれど。
そしてこちらも他と同じように、エンジン重量の軽減がハンドリング性能の向上にしっかりとつながっている。鼻先の動きは軽快と評したくなるほどで、小気味よいフットワークを楽しめる。乗り心地自体は、当たりはカチッと硬めながら大きな入力に対してはしなやかなストローク感も見せる。往年のアメリカ車のような柔らかなタッチではないけれど、今っぽい快適性は確保されているという感じだ。
ブランドの中心であるCTSの進化は、すなわちキャデラックというブランド自体の成熟を意味している。真っ向勝負できる地力が備わったからこその正攻法の進化。ステアリングを握ってみて、それは存分に実感できた。
惜しいのは、これはCTSに限らずキャデラックすべての問題として、左ハンドルしか用意がないことである。キャデラック自体、もはや右ハンドル車を製造していない現状からすれば仕方がないのだが、これだけ魅力あるプロダクトを、それだけの理由で多くの人に味わってもらえないのは残念に思う。
あるいは、それならそれで趣味性を強く打ち出してもいい。数は限られても、どうしてもこれじゃなければという人に手にしてもらえる存在に育てていくという意味である。
というか、そうしていかないとあまりにもったいないというものだろう。少なくともプレミアムカーとしての実力に不足はないのだから。
(文=島下泰久/写真=峰 昌宏)
テスト車のデータ
キャデラックCTSエレガンス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4970×1840×1465mm
ホイールベース:2910mm
車重:1700kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:276ps(203kW)/5500rpm
最大トルク:40.8kgm(400Nm)/3000-4500rpm
タイヤ:(前)245/45R18 93V/(後)245/45R18 93V(ピレリPゼロ ネロ)
燃費:約11.8km/リッター(欧州複合モード)
価格:699万円/テスト車=722万8400円
オプション装備:車体色<レッドオブセッション>(12万9000円)/CUE統合制御ナビゲーションシステム(35万円)/フロアマット(5万9400円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:4546km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:102km
使用燃料:14.9リッター
参考燃費:7.5km/リッター(満タン法)/6.3km/リッター(車載燃費計計測値)

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
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