ユーノス・ロードスターVスペシャル(FR/5MT)/マツダ・ロードスターRS(FR/6MT)/マツダ・ロードスターRS(FR/6MT)
「1989年」に生まれて 2014.09.01 試乗記 誕生と同時に、日本はもちろん世界中で称賛をもって迎えられた「マツダ・ロードスター」。4代目の公開が間近に迫った今、あらためて3代25年にわたって受け継がれてきた、このクルマの本質を探る。単なるバブルの産物ではない
昇り龍(りゅう)のように成長を続ける日本の自動車産業が、バブル景気で得た潤沢な資金も後ろ盾に、いよいよ安かろうというだけでない、普遍の価値をもったクルマを世に提示する――。
1989年が日本車のヴィンテージイヤーといわれるのは、このような流れに沿って、各社申し合わせるでもなく、続々と新しいモデルを投入したからだ。パフォーマンスで世を圧したのは第2世代の「日産スカイラインGT-R」、快適性の価値基準を塗り替えたのは初代「レクサスLS400」=「トヨタ・セルシオ」……と、ことさらこの2台は、現在もおのおののブランドイメージの礎として生き続けている。
そしてもちろん、忘れてはならないもう一台といえばロードスターだ。1989年2月のシカゴモーターショーで姿を現したそれは、多くのクルマ好きから賛辞とともに迎え入れられた。日本で発売開始されたのは同年の9月。その時のメディアの盛り上がりようは「トヨタ86/スバルBRZ」の比ではなかったように思うのは、それがあまりにまぶしすぎる思い出だからだろうか。出た時期が時期だけに、当初は庶民の財布でも賄えるオープンスポーツカーの登場……的な浮かれ風味でも捉えられたわけだが、その年に約3万9000円まで到達した日経平均株価は90年にせきを切ったように崩壊。バブル沈下と共にマツダの経営環境は見る見る悪化し、その元凶となった国内5チャンネル体制もあえなく終了することとなった。図らずも「ユーノス」のロードスターは、その楽しさに気づいた人たちが支え買い求めるという、純粋なスポーツギアとしての本性が浮き立つことになったわけである。