第262回:フレンドリーな空気の中で手に汗握るレースを堪能
世界ツーリングカー選手権 観戦記
2014.11.01
エディターから一言
街で見かけるあのクルマがサーキットを激走
「ハコ」という言葉を聞いて、クルマ好きのなかには「箱形自動車」(車検証に「箱型」と記載される、セダンやハッチバックのこと)を連想する人がいるのではないだろうか。さらにモータースポーツに詳しい読者なら、ツーリングカーレースを思い浮かべるはず。ふだん見かけるクルマたちがサーキットを走る親しみやすいレースとして、世界各地で親しまれているのだから。
でもその身近さゆえか、ツーリングカーレースは国や地域ごとのイベントだけと思い込んでいる人も多いようだ。実際にはFIA(国際自動車連盟)主催の世界選手権がある。2005年に始まったWTCC(世界ツーリングカー選手権)だ。
WTCC以前にも国際格式のツーリングカーレースはあった。1987年の1年間だけ行われたWTC(和名は現在と同じ)だ。だから今日のWTCCはその復活版とも言える。日本では2008年から岡山国際サーキットで開催されるようになり、2011年に鈴鹿サーキット東コースに場所を移動。10月25日、26日に行われた2014年のレースでは、フルコースを使うことになった。
ツーリングカーレースに出られる車両は、昔なら「グループ1」や「グループ2」、近年では「グループA」などが一般的だった。現在のWTCCは、連続する12カ月間に2500台以上生産された量産車がベースの「スーパー2000」という規定で争われる。4ドアもしくは5ドアボディー、1.6リッター直噴ターボエンジン、二輪駆動などが主なレギュレーションだ。今年のルール改定ではエアリストリクター径の拡大によりエンジンのパワーがアップ。同時にワイドタイヤの装着が認められた。
世界選手権の中でも積極的に新興国に進出
ところでこのWTCC、その激しさから「格闘技レース」という別名もある。例えば走行距離は、F1では1レースで約300km走るのに、WTCCはたった60kmほど。鈴鹿なら11周で完結する。これでは追い抜く機会をうかがっている暇などない。しかも1大会で2レースが行われ、レース2では上位10台のスタートポジションが逆転する「リバースグリッド」になる。速いクルマが後方から追い上げる展開なのだ。多少の接触ではペナルティーを課さないこともあり、激しいバトルがあちこちで展開され、それが人気を集めている。
もうひとつ、新興国に目を向けていることにも注目したい。12大会のうち西欧での開催は3カ国にとどまり、残りは東欧、アフリカ、アジア、南米で行われ、中国では2大会が組まれる。今年から参戦したシトロエンのマシンは「Cエリーゼ」という中国や南米などをメインとする小型セダンであり、このシトロエンや日本のホンダとともに3大ワークスをなすのは、ロシアのラーダだ。ドライバーの国籍もアルゼンチン、モロッコ、中国など国際色豊かである。
近年はF1など、ほかの世界選手権でも新興国開催が増えている。主催者や自動車会社の思惑もあるのだろうが、先進国偏重だった世界選手権が新興国に開かれたという点でも、WTCCは意義あるイベントではないかと思っている。
親しみやすさも魅力のひとつ
予選が行われた10月25日、鈴鹿サーキットのパドックに足を運ぶと、カラフルなトランスポーターがずらり、というシーンはなく、オレンジ色のコンテナが並んでいた。聞けば参加費用低減のために主催者側がさまざまな分野でサポートを行っており、チームの人員は40人ほどで済むという。同じ世界選手権でありながら、F1に比べればずっと敷居は低いようだ。
ファンサービスにも「身の丈感」が漂っていて、特に決勝当日の午前中、グランドスタンド裏の広場に突然シトロエンのドライバーが登場したのには驚いた。ここで勝てばドライバーズチャンピオンが決まるホセ・マリア・ロペス、昨年の王者イヴァン・ミューラー、そしてWRC(世界ラリー選手権)で9度のタイトルをとったセバスチャン・ローブというそうそうたる顔ぶれだ。なのにファンからの声援に、気軽に応えてくれる。
WRCラリー・ジャパンで北海道十勝にやってきた頃のローブは、「アイスクール」という愛称どおり、近寄りがたい雰囲気だった。そんな彼も40歳、WTCCでは1年生ということもあり、WRCの頃から心境の変化があったのだろうか。それだけではないはずだ。WTCCに独特の雰囲気があることは間違いないし、日本にはローブのファンが多い。特に女性。彼の名が入ったウエアを身につけ、手を振りつつ、話にはじっと耳を傾ける。こういう人たちを、クルマ業界は大切にしないといけない。
サイド・バイ・サイドの接戦こそ醍醐味
そんなファンサービスを行う一方で、レースでは圧倒的に強いのがシトロエンだ。前戦の上海でマニュファクチャラーズタイトルを決めてしまった勢いをそのまま日本に持ち込んで、予選ではトップ3を独占。3人そろって出した2分5秒台というタイムは、同時に開催されたスーパー耐久シリーズの「日産GT-R」に近い。380psとはいえ前輪駆動でこのタイム。驚異的というほかない。
決勝のレース1でもその勢いは持続した。ミューラーはトラブルでリタイアしたものの、ローブは3位表彰台。そしてポールポジションからスタートしたロペスが独走でゴールし、ドライバーズチャンピオンを決めたのだった。
レース2はリバースグリッドということで、シトロエンの3台は8~10番目からスタート。ポールポジションは「ホンダ・シビック」に乗るガブリエル・タルキーニだ。WTCCはこのレース2のほうが面白い。次の大会まで修復の時間がたっぷりあるし、後方から速いマシンが追いかける展開になるからである。案の上ヘアピンやシケインなどでデッドヒートが連発。それでもシトロエンの3台は上位には届かず、シビックを駆るタルキーニがそのまま優勝し、ホンダの地元開催に花を添えた。
WTCCは世界選手権特有の格式の高さとツーリングカーレースならではの親しみやすさを併せ持つ、特別な感動をもたらしてくれるレースだった。フレンドリーな雰囲気の中でローブなどのスーパースターと出会える一方、レースになれば世界トップレベルのバトルを目にできる。クルマ好きなら一度は体験したほうがいい。
(文と写真=森口将之/取材協力=プジョー・シトロエン・ジャポン)

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
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