トヨタ・ミライ 開発者インタビュー
佐吉翁のDNA 2014.11.21 試乗記 トヨタ自動車製品企画本部
ZF 主査
田中義和(たなか よしかず)さん
来たる水素社会に向けて、トヨタが提案する新型燃料電池車「ミライ」。その開発責任者は、どんな思いで製品開発に取り組んだのか? 話を聞いた。
ストーリーがなければやっていけない
昔の自動車エンジニアは、今に比べれば簡素でわかりやすい仕事をしていたのかもしれない。壊れないクルマ、速いクルマ、カッコいいクルマなどという平明な目的を持ち、それをクリアすることに喜びを感じていたはずだ。ミライの開発責任者である田中さんは、単に一つの新型モデルを作ったのではない。車名が示すように、近い将来訪れるであろう自動車の枠組みを、そしてあり得べき社会の構想作りにも関わっている。
新しいことを始めるんですから、ストーリーがなければやっていけません。いいクルマを作る、それで将来が開けていく。そう思っていなければ、何のためにやっているのかわからなくなりますから。考え方が重要なんです。
――乗ってみてミライの完成度は高いと思いましたが、普及するかどうかにはほかのさまざまな要素も関わってきますね。
インフラの整備や政治・行政の動向、国際的な関係など、いろいろなことを気にしなければなりません。技術の進展も、これからどうなるか誰もわからない。われわれだけでは、クルマ単体では、解決がつかないことがあるんです。今は汚泥から水素を作り出す研究だってありますから、どこかでポーンとすごい技術が生まれる可能性だって否定できません。
一見すると横丁で縁台将棋でも指していそうなオジサンだが、話し始めるとアツい。動きとしゃべりがエネルギッシュで、絵に描いたような熱血エンジニアなのだ。
2015年は水素元年だと、経済産業省の有識者会議が6月に行程表を示しました。それに向けて、攻めの姿勢を持たなくてはいけないんです。
燃料の選択肢を増やすことが重要
――ただ、燃料電池車(FCV)で使う水素というのは、爆発する危険があるという印象があります。福島第一原発事故で、水素爆発がありましたし……。
確かに水素は爆発します。でも、水素だけでは燃えないんです。一定の割合で酸素が混入すると燃える。福島第一原発で水素爆発が起きたのは、密閉空間だったからですね。水素は軽いので、上部から逃していればあんなことにはならなかったはずです。
――クルマの中に700気圧の高圧水素タンクがあることを怖がる人もいます。
プロパンガスだって高圧ですが、普通に家庭に備えられています。私の田舎では、居間にタンクを持ち込んで鍋をやったりしていましたよ(笑)。しっかりコントロールすれば、危険なものではないんです。ミライの水素タンクは十分な強度を持っていますし、もし火災が発生しても、溶栓弁によって水素を逃がすので爆発しません。2重3重に危険を避ける仕組みが作ってあるんです。水素を受け入れるのに、不安のある人が多いのは確かです。でも、水素は電気に比べてはるかにエネルギー密度が高い。そのことは、わかってほしいんです。
――電気自動車(EV)は時代遅れになっていきますか?
いや、そういうことではありません。ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、EVにはそれぞれの良さがあります。否定するべきではありません。
田中さんは「プリウスPHV」の開発責任者でもあったのだった。否定するわけがない。
燃料の選択肢を増やしておくことが重要です。HVはまだ広がっていくし、PHVにはさらに可能性がある。EVも近距離の移動手段としては優秀です。ただ、EVは夜間に家で充電するのが正しい使い方ですね。急速充電はエコの流れに逆行しています。昼間に大量の電気が必要とされるのでは、社会全体としてうまく機能していかないでしょう。
――逆に、FCVは間違った道だと言っている人もいます。テスラ社長のイーロン・マスクです。
……まあ、いろいろな考え方がありますが。世の中は、シンプルだから動きます。どの時点でブレークスルーが起きるか、いつ政治が動くか、誰もわかりません。準備しておくことが大切です。リスクテイクしなければならないのは、当然のことです。
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インフラとクルマのシナジー現象が起きる
――インフラの問題もありますね。水素ステーションはまだ13カ所しかないそうですが……。
急速充電器に比べて、インフラが整備されていないと言われていますね。でも、大事なのは場所ですよ。東京23区で言うなら、半径5キロで水素ステーションに行けるようにするには、40カ所あればOKなんですよ。
――郊外ではショッピングモールに人々が集まりますから、設置するには良い条件になりますね。
そういうことなんですよ! 地方の生活ではモールがコアになるので、そこに水素ステーションを設置するのはいい方法です。オール・オア・ナッシングじゃないんですよ。これから、インフラとクルマのシナジー現象が起きるはずです。「プリウス」だって、クルマ単体で受け入れられたわけじゃない。インフラを含めて、だんだん普及していった。30万台、50万台と増えていって、乗ってみたいと思ってもらえるようになっていったんです。
――「トヨダAA型」(トヨタが1936年に完成させた初の乗用車)ができた時、ガソリンスタンドは少なかったでしょうね。
大先輩たちも、そういう中でクルマを作っていったんです。トヨタにはDNAがあります。豊田佐吉翁は、晩年に蓄電池の開発コンペを行っています。未来技術を手がけるのが好きなんでしょうね。
――ミライはスタイルも新しいですね。
FCVならではの形です。水素で走るクルマということを、デザインで表現しています。走りだっていいですよ。スポーツカーというのはやはり魅力的ですから、FCVもそれを忘れてはいけない。乗ってもらえれば良さはわかりますから、まずは形でアピールする必要があります。
――2020年の東京オリンピックは、FCVを前面に出して水素社会に向かう決意を示す場になるという話も盛り上がってきましたね。
そのためには、まずはミライが受け入れられることが大事です。このクルマが増えなければ、インフラは育たない。だから、責任を感じています。
自動車のエンジニアなのに、オリンピックのことまで考えている。心労は絶えないはずだが、田中さんはハツラツとしている。そりゃそうだろう。未来を作る機会なんて、めったに出会えるものじゃない。
(インタビューとまとめ=鈴木真人/写真=田村 弥、webCG)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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