第8回:プロに聞く「V40」のデザイン
感激、ふたたび 2015.02.04 ボルボV40の“いま”を知る ボルボV40 T4 SE(FF/6AT)ボルボの人気モデル「V40」は、そのスポーティーなスタイリングもセリングポイントとされている。では、そんな北欧生まれのハッチバックを、デザインのプロはどう評価するのだろうか? 日本を代表するプロダクトデザイナー深澤直人氏に聞いた。
デザインのよさが戻ってきた
プロダクトデザイナーの深澤直人さんは、1980年代末から1990年代半ばにかけて、アメリカ西海岸のデザインコンサルティング会社に勤務した経験をお持ちだ。その時の愛車が、「ボルボ850」シリーズのステーションワゴンだった。
「これはすごいクルマが出たなと思って、即買いしました。それまでのボルボが持っていた、四角くて質実剛健な雰囲気は残しつつ、エレガントになったというか。僕は直感でクルマを選ぶタイプで、じっくり試乗したり専門誌で勉強することはほとんどありません。あのボルボも、パッと決めました」
ボルボV40を前にした深澤さんは、初めて850を見た時の感激が少しよみがえったような気がしたと語った。
「ボルボ850は人気が出たモデルだと記憶していますが、自動車メーカーに限らず、一度いいデザインを出した後は難しいじゃないですか。ボルボもそのあと試行錯誤がいろいろとあって、丸みを帯びていく方向しかなかった。それがこのV40になって、デザインのよさを取り戻してきた印象があります。まとまりがありつつ、大人のスタイリングになっています」
では、自動車のデザインを見る時、深澤さんはどこをご覧になるのだろうか。
「ヘッドライトやフロントのグリルなどをピンポイントで見るのではなく、全体のマスとしての塊を見ます。するとトータルの洗練度とか、塊を作り込む妙技というものがわかります。プロの中でも飛び抜けたプロと、クルマがよくわからずに作っている人との差ははっきりしています。まったく破綻のないクルマをデザインする、上のほうの人は数人しかいないと思いますね」
では、その数人とは、例えばだれなのだろうか?
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いまの技術から生まれるライン
「フォルクスワーゲンのワルター・デ・シルヴァはクルマを作る造形作家として天才的だと思います。彼が作るものは完璧。並外れた力を持っているんじゃないでしょうか。ほかには、2世代前の『BMW 3シリーズ』(E46型)も破綻がないですね。破綻がないというのは、自分の中で優れたデザインを表す言葉です。もともとデザインにはブレがあって、ブレの輪郭を修正していくと最後に一つの線に収まる。それが破綻がないという状態です。これはおかしいな、というのはすぐわかります」
深澤さんによれば、自動車のデザインは専門家にしか作れないけれど、素人が見てもその良しあしはわかるはずとのことだ。
「クルマのデザインは制約が多いからだれにでも描けるわけではないでしょう。けれども、破綻があるのはだれが見てもわかります。これは違うんじゃないの、というのは素人が見てもわかるはずです」
このように、深澤さん流の自動車デザインの見方や評価法をうかがってから、ボルボV40について語っていただく。深澤さんは、まずフロントマスクではなくテールランプに注目した。
「このクルマは、テールランプの処理が凝っていますね。これは理にかなっていると思うんです。普通にクルマに乗っていて、他のクルマのデザインで目につくのはテールランプですよね」
確かに、運転中に他車のフロントマスクを見るのはすれ違う時くらいで、多くの時間は他車のテールランプを見ている。
「見てください。このテールランプの線は、歪(ゆが)んだリフレクションのラインをコンピューターで解析したように見えます。例えば鏡をぐっと歪めると直線が歪む。それに近いラインだと思いました。建築で言うとザハ(・ハディド)のデザインのような。いまの技術、コンピューターのテクノロジーから生まれるラインだと思いますね」
リアに比べると、サイドやフロントの造形はおとなしいというのが深澤さんの見立てだ。
女性が映えるインテリア
「サイドウィンドウの切り取り方はおとなしいというか、伝統的ですね。それしかない、というラインだから収まりがいい。フロントマスクも、Aピラーのラインがそのままボンネットに流れてくる処理で、これはボルボ850の時から変わりませんね。だからフロントマスクもよくまとまっています」
最後に、インテリアをご覧いただく。深澤さんは携帯電話からCDプレーヤーなどの家電、さらには家具もデザインなさっているから、インテリアをどう評価されるか、興味津々である。
「インテリアで真っ先に気になるのは、色とテクスチャーです。このブラウンとオフホワイトの組み合わせはきれいですね。このあたり、悔しいけれどヨーロッパ車は上手だと思います。例えば、このインテリアなら女性が乗って青山の紀ノ国屋とかに行くと絵になりますよね。日本車だと、そういう場面で女性が映えるインテリアのデザインはなかなか出てこない」
そう言いながら運転席に腰掛け、エンジンを始動する。
「ほう、このメーターパネルのグラフィックは面白いですね。エンジンが止まっている時はメーターの盤面が真っ黒なのに、エンジンが掛かると文字や数字が浮かび上がる。アニメーションなんですね。メーターの形は昔のまま、そこに新しいテクノロジーが組み合わされているのが興味深い」
ボルボV40のインテリアを高く評価する深澤さんであるけれど、ボルボが「フローティングセンタースタック」と呼ぶセンターコンソールに話題がおよぶと、顔をしかめた。このデザインが気に入らなかったわけではなく、「ヤコブセンのセブンチェアなど、北欧家具をモチーフにした」という解説を聞いて表情を曇らせたのだ。
「プロフェッショナルなデザイナーは、そういうことを言ってはいけないと思います。クルマとリビングルームは、まったく違うものだと考えたほうがいい。クルマはクルマに徹するべきで、椅子だとかそんなところからモチーフを持ってくるべきではないと考えます。僕はクルマのデザインはクルマからしか学べないと思いますし、その中でいろいろなデザイナーが切磋琢磨(せっさたくま)して出来上がってきました。だから、ヘンにほかのデザインと相いれないほうがいい」
なるほど、「北欧家具うんぬん」は、ボルボのデザイナーではなくPRやマーケティングの担当から出た言葉かもしれない。そう言うと、深澤さんも「そうかもしれませんね」と苦笑なさった。
クルマ側の人間としては、逆に家具のデザイナーに「ボルボのインテリアにインスパイアされました」と言われたほうがうれしい。
(インタビューとまとめ=サトータケシ/写真=小林俊樹、荒川正幸、田村 弥)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。