プジョー308シエロ(FF/6AT)
愛のハッチバック 2015.02.04 試乗記 エンジンもボディーもダウンサイジングが図られた新型「プジョー308」。フランス車ならではの魅力を春まだ浅い房総半島で味わった。革靴をはいたネコ
スポーツカーみたいなコックピットにふさわしい、軽やかさが持ち味だった。乗り心地がいかにもフランス車らしい。サスペンションの設定が柔らかめで、船のような心地よいピッチングがある。路面の状況により、上下動がやさしく残る。プジョーのネコ足復活、と表現する人もいるかもしれない。
ネコの肉球に当たるタイヤは硬めで、コツコツ感がある。そこが現代的といえる。グッドイヤー・エフィシエントグリップという名称からも想起される、転がり抵抗の小さい燃費タイヤを履いている。「革靴をはいたネコ」なのである。
ふと見上げると、巨大なパノラミックガラスルーフがついている。屋根のスイッチを押すと、シェードがスルスルと開いて、夜の大気が押し寄せてくる。279万円から始まる日本仕様の「308」には3種類のグレードがあり、いま、私がドライブしているのは、このガラスルーフとアルカンターラのシートを特徴とする一番高価な「シエロ」、339万円である。最大のライバル「フォルクスワーゲン・ゴルフ」で「GTI」の次に高い「ハイライン」の322万2800円よりも高い。
抑制の利いたエクステリアとは対照的にインテリアには21世紀も10年以上が経過にしたにふさわしい未来感覚がある。ステアリングホイールがことのほか小径で、しかもラグビーボールのように、と表現するのは大げさに過ぎるにしても、やや楕円(だえん)形をしている。
眼前の計器類は左に速度計、右にエンジン回転計。回転計はアストン・マーティンのように反時計回りに右から左へと針が動く。エアコン、オーディオのスイッチは液晶パネルの中に収められている。
ゴルフクラスの5ドアハッチバックに、なぜスポーツカーもかくやのコックピットが必要なのか?
21世紀のファミリーハッチバック
フランス人は快楽主義である、といわれる。じつのところ、よく知りませんが、フランス人にとって人生で一番大切なのはアムール(amour=愛、愛情、恋愛、愛人)である、という話をフランス人の女性から取材で聞いたことがある。セックスは悪いことじゃない。いいことである。自然なことである。日本人、セックスレス!? 信じられない!!
彼女の話を思い出しながら、かの国でこの小径でやや楕円のステアリングホイールを握るフランス人男性を想像してみる。助手席には当然、女性が乗っている。それは籍を入れた奥さんではなくて、いわゆるパートナーである。フランス人はもはや結婚という制度を信じていない。
でいながら、子どもは、日本と違って3人いたりする。でも、自分の子どもではなかったりもする。女は最近ほかの男が好きになって、男と別れたいと思っている。男もまた、ほかの女のことが好きになって、女と別れるべきかどうか迷っている。愛がないのに一緒に暮らしているのはよくないことである。たいていのフランス人はそう考える(らしい)。
アムールとアムールが交錯する中で、男は、あるいは女は、運転するわけである。時にはひとりで、女、あるいは男に会うためにクルマを飛ばさなければならない。
♪ダバダバダ、ダバダバダ(映画『男と女』より)なので、新型308は一見いかにもファミリーカーのカタチをしているわけだけれど、21世紀のこんにち、ファミリーというのはもはや幻想で、アムールを追い求めるひとりの男、あるいはひとりの女のための、ほどよい大きさのハッチバックなのである、これは。
だから、パリの外、ブルゴーニュ地方に出掛けたりするとしてみましょう。そこにはワインディングロードがある。そうすると、新型308はじつにまあ、生き生きと、水を得た魚のように走り始める。冬の東京近郊では、房総スカイラインということになるわけです。
まったり感も魅力的
プラットフォームを一新し、約100kgの減量に成功したことが効いている。新開発の1.2リッター3気筒直噴ターボは、230Nm(23.5kgm)という自然吸気でいえば、2.3リッター並の最大トルクを1750rpmという低回転で生み出す。2000rpmも回っていれば、アクセルを踏み込むだけでズイと加速する。車重1320kgに最高出力130psだから、十分速い。
アイシンAW製の6段オートマチックは高効率をモットーに、発進直後は少々のんびりしている感があるものの、いったんスピードに乗ってしまえば、いつの間にかスムーズなシフトを成し遂げている。6速トップでの100km/h巡航は2000rpmぐらいなので、エンジンはひっそりとしている。ロードノイズが控えめに入ってくる。
燃費とファン・トゥ・ドライブを両立するためのドライビングモードがついていて、通常モード(エコモードというべきか)では、初期のアクセル開度に対するレスポンスが鈍くしてある。私はこのまったり感が嫌いではない。人間は慣れる、ということもある。丁寧に右足を操作し、ちょっと待つ感覚で走らせる。たとえ町中であっても、エンジン回転が2000rpmを超えれば、そこからはトルクがついてくるので、俊敏に走ることができる。
「スポーツ」にすると、アクセルに対してかみつくようにトルクを吐き出し、轟(ごう)音を発し始める。計器盤の照明が白から赤に変わるので、クルマが怒ったかのごとしである。エコモード(通常モードというべきか)でのジェントルな雰囲気に慣れていると違和感があるくらいだ。とりわけエンジン音はスピーカーで増幅して大きくしているということなので、そのボリュームを気分で変えるスイッチもあればいいのに、と思った。
フランス車ならではの世界観
ボディーは先代比で全長を5cmほど短くしつつ、ホイールベースはむしろ10mm延ばして2620mmとしている。現行ゴルフが2635mmだから、ほとんど同サイズである。車重も、日本仕様のゴルフの最軽量版が1240kg、新型308は1270kgだから、いい勝負である。
JC08モード燃費は16.1km/リッターと、21.0km/リッターを誇るフォルクスワーゲン・ゴルフの1.2TSI+7段DSGに遠く及ばないものの、とりあえずはカタログ上での話である。今回の試乗では新型308シエロは12.0km/リッターという、過去のテストで「ゴルフTSIハイライン」が残した11.7km/リッターを上回った。同じ条件ではないので、あくまで「ご参考」であるにしても、悪くない数字である。
新型になっての欠点をもし指摘するとしたら、着座位置がゴルフよりも少し高いせいだろう、1805mmの全幅はゴルフとさほど違わないのに、助手席側のボディーの見切りがややつかみづらい。それと、電動パワーステアリングになったステアリングフィールに油圧時代の滑らかさが欠けること、ロードノイズがこころもち大きめなことがあげられる。これらはしかしながら、ささいなことだ。
新型308にはフランス車ならではの世界観がある。フォルクスワーゲン・ゴルフのドイツ的価値観とまったく異なる快楽主義がある。いったい誰が、不安になるほど広いガラスのルーフを必要とするのだろう? どうやって使うのか? たぶん、ですけど、夜空の星を巨大なガラスルーフ越しに眺めながらアムールするときに、ものすごくいいのである。アムールしたいですねぇ。
(文=今尾直樹/写真=高橋信宏)
テスト車のデータ
プジョー308シエロ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4260×1805×1470mm
ホイールベース:2620mm
車重:1320kg
駆動方式:FF
エンジン:1.2リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:130ps(96kW)/5500rpm
最大トルク:23.5kgm(230Nm)/1750rpm
タイヤ:(前)225/45R17 91V/(後)225/45R17 91V(グッドイヤー・エフィシエントグリップ)
燃費:16.1km/リッター(JC08モード)
価格:339万円/テスト車=345万4800円
オプション装備:ボディーカラー<パール・ホワイト>(6万4800円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:2512km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1 )
テスト距離:246.8km
使用燃料:20.8リッター
参考燃費:11.9km/リッター(満タン法)/12.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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