ホンダS660 α(MR/CVT)/ホンダS660 α(MR/6MT)
都合のいいスポーツカー 2015.04.21 試乗記 いまオーダーしたら1年待ち!? 販売好調が伝えられる「S660」に一般道で試乗。ホンダ渾身(こんしん)の軽スポーツの、魅力と課題を探った。64psがもどかしい!?
3月のはじめ、熊本県にあるホンダがもつミニサーキットで、話題のS660を初めて走らせることができた。コンセプトモデルという扱いだったが、タイミングから考えて市販モデルと同一だったはずだ。その際、基本骨格から細部にいたるまでしっかりとつくり込まれたグッドスポーツカーだと感じた。同時に、しっかりとつくり込まれているからこそ、最高出力が自動車メーカー間で定められた自主規制値の64psにとどまったことがもどかしかった。あと30ps、いや20ps上乗せされれば、とても刺激的な、素晴らしいスポーツカーになるだろうと思ったからだ。
あれからひと月たって、今度は高知県の一般道で、ナンバーの付いた市販モデルに試乗する機会を得た。一般道を走らせてみて、多少考えが変わった。依然としてモアパワーを望む思いは変わらないが、64psのS660も、これはこれでアリだなと感じるようになった。その心境の変化について言い訳、もとい説明しつつ、S660をもう少し掘り下げてみたい。
S660は2015年3月30日に発表、4月2日に発売された。4月5日の段階で累計5200台(発売前に3100台、発売後4日間で2100台)のオーダーが入っていたという。すでにデリバリーが開始されているが、1日あたり40台しか生産できないこともあって、これからオーダーを入れても今年中にデリバリーされるかされないか、だとか。
タイミングを考えると、5200人のうちのほぼ全員が試乗しないで購入を決めたことになる。実物を見ることなく注文したという人もいるはずだ。これは端的に言って、多くの人にS660のスタイリングが評価されたということだろう。動力性能を期待して……というのもあるだろうが、カタチを相当気に入らなければ、なかなか試乗なしで決めることはないんじゃないか。
スタイル実現のための工夫
あらためてスタイリングを眺めてみると、全長3400mm以下、全幅1480mm以下という軽自動車の枠に収まり、かつ現行の厳しい衝突安全基準をクリアしながらも、上手にロー&ワイドのプロポーションを実現している。デザインコンセプトの「ENERGETIC BULLET(放たれたばかりの弾丸)」を具現すべく、LEDだからこそ可能な薄いヘッドランプユニット、フロントエンジンでは望むべくもない低いボンネットフード、後ろへ向かって跳ね上がるようなボディーサイドのキャラクターライン、それに前後異径サイズのタイヤなど、強いウェッジシェイプに見える工夫が重ねられている。上下に小さく左右に長いドアミラーは、カッコ優先の割に視認性もさほど悪くなく、秀逸なデザインだと思う。ドアミラー・オブ・ザ・ディケイド。
ボンネットとAピラーの角度をそろえれば、よりウェッジシェイプが強調されただろうが、Aピラーはあえてある程度立てられた。これはオープン時の開放感を確保するため。Aピラーが乗員の頭上近くまでくると、オープンにしてもあまり開放感がなくなってしまう。反対に乗員の背後は幌(ほろ)タイプのフルオープンでもS660のようなタルガタイプでも開放感にはさほど差がない。S660がかつての「ビート」のような幌タイプではなくタルガタイプを採用したのは、そのほうがボディー剛性を高められ、かつ軽量化につながるからだそうだ。
天地方向で空間を稼ぐ「N」シリーズのために開発されたエンジンは前後左右にコンパクトな代わりに天地方向にかさばる形状だ。そのため、このエンジンを使う以上、フロントエンジンでスポーツカーを開発することはあり得なかったという。実際、このクルマのミドに積むにあたり、オイルパンを専用設計するなどしてなるべく低い位置に搭載したものの、いろいろとかさばり、左右のカウル部分近辺にもエアクリーナーやインタークーラーなどの補器類がぎっしり詰まっている。
ちなみに、左右カウル間にあるリアウィンドウは開閉でき、風の流れやエンジン音の車内への流入をコントロールすることができるのだが、開いた際に収める部分がなく苦労したらしい。試行錯誤の結果、真下ではなく斜め下方向に収めるスペースを確保したのだとか。この小さなウィンドウを下ろした際に入ってくるエンジン音は爽快。特に開発陣がわざと消さずに残した、アクセルオフ時の「パシュッ」というブローオフバルブ音は何度でも聞きたくなる。
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参考にしたのは「エリーゼ」
S660の乗り心地は、見た目から想像するよりずっと快適だ。理由はふたつある。ひとつはボディー剛性、特に曲げ剛性、ねじり剛性が高いこと。もうひとつはサスペンションのスプリングレートをむやみに高めず、ダンパーの減衰力も最適で、いわゆるよく動く足にセッティングされていること。ボディー剛性が高いからこそ微振動領域でもサスペンションが機能するわけで、そのふたつが組み合わさることで、引き締まっているわりに快適な乗り心地を実現している。高知市内の道路は路面電車の線路もあって結構細かい凹凸があったのだが、S660ならそのルートを毎日の通勤にだって使えるなと思った。
市街地を南下し、太平洋にぶつかってからは海沿いの道路を走り、小高い山にあるワインディングロードを目指した。ヒップポイントが低く、当然アイポイントも低いので、堤防越しに海を眺めながら走ることはできなかったが、その代わり、その低さのおかげで日常的なスピードでも疾走感を味わうことができた。スポーツカーにとって、速く走っているように感じることは、速く走れることと同じかそれ以上に大事なことだ。
ワインディングロードでペースを上げてみる。よく動く足のおかげで快適な乗り心地を得ていると書いたが、そのよく動く足は本来はロードホールディングのため。S660は絶対的なコンパクトさと重心の低さによって俊敏性を獲得しているが、過敏で落ち着かない感じではなく、車体は適度にロールし、なかなかの粘り腰でコーナーをクリアしていく。「最も参考にしたのは『ロータス・エリーゼ』」と開発陣は言う。なるほど、最もミドシップらしい挙動を見せる純粋なスポーツカーだ。荷物の“入らなさ”も双璧! けれども、彼らが目指したのはエリーゼの挙動そのものではなく、だれが運転しても恐怖心なくエリーゼがもたらすような刺激を感じられる動きだという。
誰もが安心して楽しめる
具体的には、フロントにきちんと荷重がかかっていないと曲がらないエリーゼと違って、S660は荷重がある程度どうあっても、メカの力で曲がっていく。例えば、横滑り防止装置を用いて、ステアリングを切った際、必要があれば内輪にブレーキをかけて旋回性を増す「アジャイルハンドリングアシスト」(全車標準装備)は、いつ作動したか(しなかったか)わからないように、つまりドライバーがうまく運転できたと感じられるように、自然にクルマを曲げてくれる。一方で、幅195mmと軽自動車にしては極太ともいえるサイズのリアタイヤを採用することで、よっぽどのことがない限り、リアが滑り出してスピンモードに陥ることがないように設計されている。
これらすべてが総合的に作用して、S660はよく走り、よく曲がるけれども、怖さが先にこない“都合のいい”スポーツカーに仕上がっている。かといって、ギョーカイの腕自慢もこぞって絶賛しているところを見ると、そうした親切設計がレベルの高い運転の邪魔をすることもないのだろう。また、スポーツカーにとって重要な、ステアリングホイール、シフトレバー、ペダル、シートなどの位置関係は適切で、運転環境は良好だ。ただし180cm以上ある人にとっては、少し窮屈かもしれない。
コーナーの連続に適度なアップダウンが加わった試乗コースで、S660を一生懸命走らせると結構なハイペースとなって、なかなか気持ちのいい汗をかくことができる。サーキットでもっとパワーがあったらな……と感じさせた最高出力64psのエンジンは、公道ではちょうどすべてを使い切れるくらいで爽快。6段MTを駆使し、2~3速、たまに4速を忙しくいったりきたりしながら高回転を維持してコーナーを次々クリアしていく行為はまさにスポーツドライビン! 理屈じゃなく楽しい。CVTでもその価値のほとんどを得られるが、許容回転数がMTに比べ700rpm低い7000rpmにとどまるのはよいとしても、マニュアルモード時に7000rpmに達すると勝手にギアアップする点が興ざめだ。
「S800」か「タイプR」か
そりゃもっとパワーがあればより刺激的で、カミソリのように鋭いスポーツカーになるだろう。だがそれだとシャシーで感じた“怖さを先行させないコンセプト”と整合しない。それでも、S660がおおむね欲しい人にいきわたり、フィーバーが一段落した頃にハイパワー版が出るとしたら、それはグッドニュース以外のなにものでもない。排気量の大きなエンジンを載せるには骨格から見直す必要があるそうで、現実的なパワーアップ策はターボのブーストアップになるのだろう。あくまでも勝手な妄想だが、ハイパワー版が出るとしたら名前は「S800」か「S660タイプR」か、いやターボだから「シティ」以来の「S660ターボII」もいいかもしれない。「アブソリュート」は違うな……。ああ妄想は楽しい。
S660はドライバーのほかにあとひとりしか乗せられず、そのだれかを乗せちゃったらもうかばんの置き場にも困るほどの絶望的なユーティリティー性能だが、それはつまりあらゆることを諦めてまで走りの楽しさを追求しているわけで、楽しくないわけがないのだ。というか楽しくなかったら存在価値がない。
庶民の生活の足として期待される安価なモデルではなく、楽しむためだけの、しかも200万円前後の価格をつけるモデルまで税制上の優遇を受けられる現行の軽自動車の制度は租税の公平の原則からいえばおかしいと思う。高速道路の料金も8掛けだし。けれども、そういう制度が存在し、それを自動車メーカーやユーザーが活用するのは当然だ。そういう意味では、S660は198万~218万円と、軽自動車としては高価格で、ミドシップ2シーターでラゲッジスペースなしでありながら、軽自動車の税制が適用される、非常に買い得なモデルといえる。皮肉でもなんでもなく、制度を存分に活用した企画の勝利だ。
(文=塩見 智/写真=高橋信宏)
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テスト車のデータ
ホンダS660 α(CVT)
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:850kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:CVT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:10.6kgm(104Nm)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバンネオバAD08R)
燃費:24.2km/リッター
価格:218万円/テスト車=221万2400円
オプション装備:ボディーカラー<プレミアムビーチブルー・パール>(3万2400円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
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ホンダS660 α(6MT)
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:830kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:10.6kgm(104Nm)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバンネオバAD08R)
燃費:21.2km/リッター
価格:218万円/テスト車=218万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

塩見 智
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