第395回:ボクは忘れない、デビュー50周年の「ルノー16」にささぐ
2015.04.24 マッキナ あらモーダ!アニバーサリーモデルよりも……
昨年のことである。ボクは自分のSNSから「誕生日」のデータを削除してみた。すると、前年まで山ほど舞い込んだ「おめでとう!」系書き込みがピタリと止まった。ほんとうに皆無になった。「ま、他人の誕生日なんて、この程度のモンだよな」とクールになると同時に、個人宛てメッセージ機能や、通常のメールで直接お祝いの言葉をくれる人のことを、今までの何倍もありがたく感じたものだ。
だからボクもSNSであまり「誕生日おめでとう」を乱発しないことにした。さらに言えば、多くの人から「おめでとう」メッセージが届いている人ではなく、SNSと疎遠な人にほどメッセージを差し上げたくなる。
これはクルマに対しても同じだ。
自動車雑誌が大々的に取り上げる◯○周年記念系特集には、ほとんど目を通さない。ましてや安易なアニバーサリーモデルにも興味がない。そもそも最近のアップルがアニバーサリーモデルを出さないことからもわかるように、現行モデルで堂々と勝負できれば、記念モデルに頼る必要はないはずだ。
ともすれば自動車エンスージアストといわれる人たちから忘れられてしまうようなクルマの記念日のほうが個人的には大好きである。
デビュー50周年のルノー16
今年、その記念日を迎えるモデルのひとつは「ルノー16」であろう。一般公開は1965年3月のジュネーブモーターショーだから、今年でちょうど50周年だ。
1950年代、当時公団だったルノーは、フルサイズカー「フレゲート」の後継車として、イタリアのカロッツェリア・ギアのデザインで「114」と呼ばれるプロジェクトを進行していた。しかし、頼みの米国における販売の落ち込みや、欧州各国での市場競争激化を背景に、計画は中断される。
代わりに1961年に浮上したのが「115」と呼ばれる1500ccの小型車計画だった。想定ユーザーは、ずばり戦後の欧州ベビーブームで子育ての最中にある家族である。ルノー公団のピエール・ドレフュス総裁による「『プジョー404』にも、『オペル・レコルト』にも、そして『フォード・タウヌス』にも似ていない車を」との号令のもと、スタッフは開発をスタートした。
ルノー16は欧州でも極めて早いハッチバックFWD(前輪駆動)車として知られる。だが、スタイルを担当したガストン・ジュシェがそのアイデアに至るには、「ルノー4」という先例があったので、それほど困難なものではなかったという。当初の生産工場は、大西洋岸のル・アーブルに決められた。これは、フランス政府が重工業のパリ一極化を避けるべく下した方針に、公団であったルノーが呼応したものだった。
ルノー16は秀逸なマルチパーパス性とFWDレイアウトを生かしたパッケージングで、後年は世界のコンパクトカーのお手本となった。国外では、南アフリカやカナダのフランス語圏ケベック州でも組み立てや生産が行われた。
そして既に発売していた「ルノー20」にバトンタッチするかたちで1980年に生産終了するまで、15年にわたりカタログに載り続けた。総生産台数は185万1502台に達した。この数字は、車格こそ違うものの「シトロエンDS」の145万6115台を上回る。
これが本当のフランス風情
一方、外国で自動車エンスージアストがフランス車を語るとき、どうしてもルノー16の影は薄い。「フランス代表」ではないのだ。もし日本人イラストレーターが、パリ風情を感じさせる絵ハガキの注文を受けた場合、リスキーな人生を好む人物でなければ、ルノー16ではなく「シトロエンDS」か「シトロエン2CV」を描くであろう。
その昔東京で学生だったボクは、「フランス料理を知らなきゃカッコ悪い」と思い、「フランス料理といえば、これでしょ」という短絡的思考から、いくつもの店を巡ってエスカルゴ、つまりカタツムリを食べまくった時期があった。実際、フランスではエスカルゴは毎日食べるものではない、ということを知らなかった時代の、お恥ずかしい話である。
フランス料理に例えると、DSがエスカルゴなら、ルノー16は、シュークルートアルザシアン(酢漬けキャベツとソーセージのアルザス風料理)や、ブフブルギニョン(牛肉の赤ワイン煮込み)のような、さりげない家庭料理なのだ。
ルノー16のデザインチームでは、子供の学校の送り迎えから、週末のレジャー、そして骨董(こっとう)市の買い物まで、ユーザーの多種多様な用途を徹底的に考え尽くしたという。それだからこそ、普通のフランス人に長きにわたって親しまれたのだろう。実際、ごく一般的なフランス人とクルマの話になると、ルノー16の登場頻度はかなり高い。
日本人でも「ごはんに漬物」の相性の良さがわかる子供はいない。普通のクルマの良さがわかるには時間を要するのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Renault、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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