第296回:わずか4カ月でここまで来た
水野和敏氏が手がけた台湾車・ラクスジェンに乗る
2015.05.21
エディターから一言
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台湾の自動車会社、華創車電(ハイテック)に移籍した水野和敏氏。氏が手がけた最初のモデル「ラクスジェンU6ターボ エコハイパー」の試乗会が4月の終わりに、台湾のサーキットで行われた。開発期間は半年足らず、U6はどこまで進化したのだろうか。
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従来型では荒っぽさが目立った
語弊を恐れずに言えば、まるで「GT-R」だった。
あの水野和敏氏が台湾メーカーに移り、初めて手がけたのがラクスジェンU6ターボ エコハイパーだ。これは2013年に登場したクロスオーバーSUV「ラクスジェンU6ターボ」の2015年モデル。いわゆるマイナーチェンジ版である。
試乗会は、台湾の高雄市から40kmほど南下した海側の大鵬湾国際サーキットで行われた。4年前にできたばかりだというのにどこか古びたように見えるこのコースの真ん中には戦時中につくられた旧日本海軍航空隊の基地がそのまま残されている。なんとその建屋を歴史的遺産として保存するため、迂回(うかい)するようにコースレイアウトがなされている。そんなもの壊してしまえという意見もあっただろうに、台湾の人々の懐の深さに感服する。
全長約3.5kmのコース内にはパイロンを使って、水野氏お手製のハンドリング路がつくられている。目を三角につりあげてタイムアタックをするようなクルマではないのでストレートにはスラロームパートが設けられ、各コーナーのクリッピングポイントがわかりやすく明示されている。
慣熟走行をかねて、14年モデルのラクスジェンU6ターボに乗る。ステアリングを切り込んでいくと舵(だ)の途中から妙にクイックに動く。だからといってパイロンスラローム時の追従性がいいわけではない。ひと呼吸遅れて車体がついてくる印象だ。ESC(横滑り防止装置)の介入も唐突で、ガガガッという大きな音とともに揺り戻されるように制御が入る。妙にスポーティーな味付けをされた、少し古い世代の日本車を思い出した。
「エコ」がノーマル、「ノーマル」がスポーツ
15年モデルに乗り換える。水野氏のおすすめはエンジンのボア・ストロークにまで手を入れたという1.8リッターモデルだったが、残念ながら順番がまわってきたのは2リッターモデルだった。ギアボックスはともにアイシン・エィ・ダブリュ製の6段AT。“エコハイパー”の名前のとおり、15年モデルからエコモードが備わる。
まずはモードONで走りだす。いわゆる燃費重視でアクセル開度を絞り込んだスカスカな印象はない。動きだしてすぐに足の滑らかさを感じる。ステアリングを切り込むと妙なひっかかりがなく自然にスムーズに車体が動く。
パイロン走行時の車体の追従性も明確に良くなった。ESCも16ビットから32ビットにアップデートされたかのような細かな制御をみせる。のちに確認したところ、セットアップを変更したわけではなくクルマ全体のバランスを高めたことで、結果的にESCの制御もよくなっているという。なるほど。
気が付くとエコモードであることを忘れていた。モードボタンをOFFにすればノーマルモードになる。面白いのがドライブ・バイ・ワイヤ方式を使っており、実はエコモードではアクセル開度とスロットルの量はほぼ1:1で、ノーマルモードでは少し多めにスロットルが開くようにチューニングしているという。考えようによっては、表記は“ノーマル”と“スポーツ”でいいのではとも思うが、きっと本当のスポーツ仕様はのちのお楽しみに、ということなのだろう。燃費のことばかりを高らかにうたう現代の風潮に異を唱え、ドライバビリティーこそが優先されるべきという水野氏らしい“エコ”だ。
ある現地ジャーナリストが、水野氏に対してエコモードを用意したことに「Taiwan need exciting!」と詰問していたが、きっとこの説明を聞いて合点がいったに違いない。
開発の仕方はGT-Rそのもの
プレゼンの際、水野氏は「バネもショックもスタビもタイヤも全部かえた。エンジンも1.8リッターはボアとストロークにまで手を入れて、混合気は自然吸気エンジンなみの15:1よりさらに薄くした」と話していた。たかがマイチェンと呼ぶなかれということだろう。
台湾における競合車は「ホンダCR-V」や「トヨタRAV4」といういわゆる日本のCセグメントSUVだ。正直に言えば、U6は動的質感やIT系装備などある側面においてはすでに日本車に追いつき追い越している。そしてある面においてはまだ足りない、そんな印象だ。
ただ驚くべきはこれを、通訳の必要な異国の地で、わずか4カ月の期間で成し遂げているという事実である。
いま水野氏は、ラクスジェンのその他のモデルの年次改良をはじめ、デビューは3年後と目される新プラットフォームのオールニューモデルの開発を同時並行で進めている。主たる開発の場は九州・大分県のオートポリスサーキットで、開発ドライバーは鈴木利男氏に田中哲也氏。日産時代と同様に、現在所属するハイテックでも縦割りの組織をばらばらにして、エンジン、ミッション、シャシーそれぞれの担当が一つのチームになるよう再編した。それはもうGT-Rの開発のやり方そのものだ。台湾でまだ人的資源の足りない開発ドライバーやメカニックなどは日本によんで教育を進めているという。
生産を担当する裕隆汽車のYAO社長に話を聞けば、水野氏は工場にやってきて製造誤差を台湾で生産している日産の10分の1レベルにしろとオーダーしたという。「そんなこと言う人に初めて会った」と驚き、あわてふためき、感動していた。それはまるで35GT-Rを生産しはじめた頃の栃木工場を見るようだ。
試乗を終えて鈴木利男氏に、カテゴリーもなにもまったく違うクルマだが、どこか35GT-Rに似ている気がすると話すと「そりゃ水野さんとボクがやっているからね」とほほ笑んだ。
水野氏はプレゼンでなんども繰り返し話す。
「日本とヨーロッパの先進技術と台湾の人とものづくりを合体して、世界を目指す。台湾のクルマを世界ブランドにしましょうよ」と。
それはうそやはったりではない。本気なのだと現地へ赴き痛切に感じた。そして日本では売っていないラクスジェンの行き先を、これからも見届けたいと思った。
(文=藤野太一/写真=ラクスジェン)

藤野 太一
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