メルセデス・マイバッハS600(FR/7AT)
“究極”の再定義 2015.05.27 試乗記 全長約5.5mの堂々たる巨躯(きょく)を誇る「メルセデス・マイバッハS600」に試乗。メルセデス・ベンツが持つテクノロジーとクラフトマンシップの粋を集めたラグジュアリーサルーンは、われわれにどのような世界を見せてくれるのだろうか。圧倒的な静けさ
関東平野を横断する北関東自動車道は比較的すいていた。赤城山を後ろにしつつ、右足でアクセルペダルを踏み抜く。フラットアウト。タコメーターが5000rpmを超えると、スリーポインテッドスターの下に潜む6リッターV12ツインターボの力強いサウンドが分厚い壁の向こうから控えめに聞こえてくる。
メルセデス・マイバッハS600は5460mmの巨躯を、粛々と加速する。速度計の針が0-100km/h加速に匹敵する勢いで、左から右へと移動していく。であるのに、室内は静謐(せいひつ)に保たれる。ガラスの向こうには猛烈な風圧とロードノイズが発生しているはずなのに……。
もしもアウトバーンの速度無制限区間であったなら、マイバッハS600は200km/h巡航を粛々と実現するだろう。「7Gトロニック」と呼ばれるメルセデスの7段ATの、無段変速であるかのような変速マナーがV12のスムーズネスをいささかも損ねることなくドライバーに訴えかける。
錯覚に溺れそうになると……
「S600ロング」のホイールベースをさらに20cm延ばしたマイバッハS600は、現行Sクラスで採用されて世界を驚かせた「マジックボディーコントロール」を装備している。カメラで前方の路面の凸凹をとらえ、電子制御の足まわりがその凸凹に応じてダンピングと車高を変えることで姿勢を完璧にフラットに保つシステムである。マイバッハS600のホイールベースは3365mmに達する。前後の車軸の間に、「ホンダS660」がもうちょっとで入る。一般にホイールベースは長いほど、乗り心地はよくなる。そこにマジックボディーコントロールが付加されている。
後席重視のショーファードリブンだから、ドライバーは比較的前方に座っている感覚がある。後ろを振り向くと、その感覚はいや増す。ところが、ボディーの姿勢があくまでフラットなせいか、やがてそのことを忘れる。コーナーでステアリングを切ると、ボディーはロールしていないのに、シートの横Gのかかる側のサポート部分がグググッとせり出すことで錯覚する。いかにも曲がっている感がある。町中で交差点を曲がっているときでさえ、「ドライビングダイナミックシート」はものすごくロールしているかのように思わせる。私が乗っているのは、ディズニーランドの「スター・ツアーズ」みたいなモノか……。
「スター・ツアーズ」は宇宙空間を猛烈なスピードで飛び回る(細かいことをいえば、飛び出す前にもハラハラしますが)、そういう映像を映し出した巨大なスクリーンを、その映像と連動してガタゴト動くシートに座って観ることによって、あたかもスタースピーダー3000に乗っているがごときの臨場感を味わわせるアトラクションである。
メルセデス・マイバッハS600は、2390kgという、全長の割には軽いというべき、とはいえ絶対的にはたいへん重い車重の物体を猛烈な速度で走らせながら、あたかも止まっているかのようにドライバーを錯覚させる。さらに凝ったことに、ホントに錯覚させるとマズイので、これは夢の中の出来事ではなくてリアルなのですよ、ということを、ショーファーがステアリングを切るたびにシートバックのサポート部分のどちらかで彼の背中をそっと押して知らせるのである。
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“究極”のバーゲン?
北関東の平原を猛烈なエネルギー体が疾走する。エネルギーは速度の2乗に比例する。そのことに後席のVIPは気づかない。なにしろ深い眠りに落ちている。
鈍く輝くアロイホイールは20インチ。グッドイヤー・イーグルF1は前245/40、後ろ275/35である。このタイヤ、強烈な荷重を支えるべく、そうとう重くて固い、と思わせる。低速時に荒れた路面を通ると、その存在を主張する。とはいえ、もしもここで、路面とタイヤの動きの連動を断ち切ったとするならば、人工的にシートの座面なりでドライバーのお尻をコツコツ、ノックする必要が生じよう。
マイバッハS600は後席VIPのためのショーファードリブンであるとはいえ、フニャフニャではない。アウトバーンの盟主、世界に冠たるメルセデス・ベンツの伝統にのっとった最新の「グロッサー」であり、「600」であり、その21世紀版たらんとした「マイバッハ」の後継モデルである。
思い出すなぁ。かれこれ10年ほど前、「マイバッハ62」で金沢まで行ったことを。ロールス、ベントレーに対抗する高級車として、メルセデス・ベンツが2002年によみがえらせたマイバッハは、まるで空の旅をしているかのような錯覚を起こさせた。完璧なる移動機械。パーソナル無軌道新幹線……。マイバッハは日本で4000万円以上もした。それに比べ、メルセデス・マイバッハS600はたったの2600万円である。7がけで、ほぼ同じような性能が手に入るのだから、朗報である。
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ハイエンドにはストーリーがある
21世紀の早々に復活したマイバッハはあえなく生産中止となったものの、メルセデス・ベンツの超贅沢(ぜいたく)方面を担うサブブランドとして再復活したことはご存じのごとくである。今年春のジュネーブショーでは、「メルセデス・マイバッハS600プルマン」なる、ロング・ロング・ロング・ホイールベース版も登場している。リアキャビンには後席と向かい合わせで対面式の補助シートが付いている。ホイールベースは3900mmに達し、前後車軸間に大きくなった現代の「MINI」がすっぽり入る。メルセデス・ベンツはウルトラ高級車マーケットを諦めたわけではないのだ。
5月のある週末、私はマイバッハS600のカギを幸運にも手にしていたのだけれど、後席に座るチャンスを得なかった。世界最高の静粛性を実現したという後席をついに知らず、運転しただけで終わった。それが幸福なことなのか不幸なことなのかはわからない。かような最新ハイエンドのモノに触れると、現代の技術の進歩やら格差社会やらについて、私なりにいろいろ思うところがあった。
マイバッハS600のご先祖にあたるメルセデス・ベンツ600で、東京―高山を1日で往復した小林彰太郎さんの記事はいまでも『Car Graphic』読者の間で記憶に残っているとされる。小林さんは、「東京から浜名湖まで259kmを1時間45分で走り」「東名の例えば山北あたりに連続する高速ベンドで」「185km/hの巡航速度を20%しか落とさずに, 全く安全に」抜けられた、と書いておられる(『CG』1971年8月号)。よくできた自動車と高速道路であれば、200km/hでも安全である、ということを40年以上も前に小林さんは実証し、誌面で訴えたのである。なんとキモの据わった人であったことか。
そういうことも思ったのでした。
(文=今尾直樹/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
メルセデス・マイバッハS600
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5460×1900×1495mm
ホイールベース:3365mm
車重:2390kg
駆動方式:FR
エンジン:6リッターV12 SOHC 36バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:530ps(390kW)/4900-5300rpm
最大トルク:84.6kgm(830Nm)/1900-4000rpm
タイヤ:タイヤ:(前)245/40R20 99Y(後)275/35R20 102Y(グッドイヤー・イーグルF1アシンメトリック2<ランフラット>)
燃費:7.4km/リッター(JC08モード)
価格:2600万円/テスト車=2787万2000円
オプション装備:ファーストクラスパッケージ(左右独立シート<後席>、格納式テーブル<後席左右>、クーリングボックス、シャンパングラス<専用収納および台座付き>)(125万円)/designoスタイルパッケージ(designoエクスクルーシブ セミアニリンレザーシート、designoピアノラッカーウッドインテリアトリム)(62万2000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト車の走行距離:3921km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(8)/山岳路(0)
テスト距離:308.0km
使用燃料:48.1リッター
参考燃費:6.4km/リッター(満タン法)/6.5km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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