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第401回:シャンゼリゼのプジョーショールームに無数の落書き!? それを描いたのは?

2015.06.05 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ

時代を映す街路

先日、パリに滞在していたときである。日ごろは庶民的なセーヌ左岸の心地よさにどっぷり漬かり、一度も対岸に渡らずイタリアに戻ってしまうことも少なくない。しかし、今回は連休に当たってしまった。フランスもここ数年の法改正で祝日営業が増えてきたが、やはり閉じている店が多い。そうしたときも開いているところといえば、シャンゼリゼ通りである。長年祝日営業が許されてきた数少ないエリアだ。

シャンゼリゼは、パリ随一の観光スポットであることに変わりはないが、ディテールは刻々と変容を遂げている。例えば、ヴァージンメガストアの旗艦店は2013年初頭に本社による閉鎖の決定を受けて以来、シャッターを下ろしている。そこでイタリアで未発売のフランスのB級コメディーのDVDをたびたびあさっていたボクとしては複雑な心境だ。だが、CDからDVD、そしてオンライン視聴への潮流に抗することは、もはや不可能であろう。

1927年の開設以来42番地にあるシトロエンのショールーム「C42」も、同じ2013年に大きな変化を迎えた。同社は経営不振の打開策として、中東カタール資本の企業にビルを売却し、現在はテナントとしてビルを使用している。シャンゼリゼは、時代を映す鏡である。

パリのシャンゼリゼ通りにて。プジョーの看板ショールーム「プジョーアヴェニュー」のガラスに、大胆なグラフィティが!
パリのシャンゼリゼ通りにて。プジョーの看板ショールーム「プジョーアヴェニュー」のガラスに、大胆なグラフィティが! 拡大
ダルコ氏によるストリートアートは、館内にまで及んでいた。これは、ショールームのリニューアルオープンと、シティーカー「108」のプロモーションを兼ねたものである。
ダルコ氏によるストリートアートは、館内にまで及んでいた。これは、ショールームのリニューアルオープンと、シティーカー「108」のプロモーションを兼ねたものである。 拡大
オフィシャルグッズ陳列棚の頭上にも、ダルコ氏の作品が。
オフィシャルグッズ陳列棚の頭上にも、ダルコ氏の作品が。 拡大

ウィンドウを覆ったグラフィティ

そんな思いを抱きながら、凱旋(がいせん)門に向かってぶらつく。キャバレー「リド」の脇の118番地にあるメルセデス・ベンツをのぞいたあと、そのまま歩いていってあぜんとした。136番地にあるプジョーのショールーム「プジョーアヴェニュー」のウィンドウが派手な“落書き”で埋まっているではないか。

プジョーといえば、グランダルメ通りに1964年からあったパリ本社を、これまた2012年に売却。前述のシトロエンショールームC42同様、いちテナントとなった。さらに2017年にはPSAプジョー・シトロエンの本社を、遠くフォード・フランス時代にまでさかのぼる、1938年設立の西郊ポワシーの工場に移す予定だ。

そうしたニュースを見てきたボクゆえ、シャンゼリゼのショールームも「もはや空き家に?」ととっさに考えてしまった。

しかしよく見ると、単なる落書きとはまったく違う躍動感とリズム感にあふれている。加えて、どこか見覚えのある作風である。脇に記されているサインを見て納得した。作者は、本連載第380回「RAV4の成人式」で紹介したパリ在住のストリートアーティスト、ダルコ氏であった。

1988年に鉄道敷地内の壁面にスプレーペイントで作品を描いたことにより、フランス国鉄から訴えられたが、後年、作品のアート性が認められ、今度は同社からパリ北駅の改装に合わせて作品を依頼されたという、異色の経歴の持ち主である。この道30年以上、パリのストリートアート界では屈指の人物だ。彼は、筆と違いキャンバスと接触することがないスプレーペイントを、自らのジェスト(身ぶり)を最も作品に反映しやすいツールと定義する。

このショールームの名物土産であるソルト&ペッパーミルのコーナーの上にも作品が。
このショールームの名物土産であるソルト&ペッパーミルのコーナーの上にも作品が。 拡大
2014年のジュネーブショーで公開拡大された、タトゥーアーティストXOIL氏によるコンセプトカー「プジョー108 Tatoo」も展示されていた。
2014年のジュネーブショーで公開された、タトゥーアーティストXOIL氏によるコンセプトカー「プジョー108 Tatoo」も展示されていた。
バルザック通りに面した窓際にもダルコ氏の作品パネルが。その下にはペイントしたタイヤやホイール、ミラーもディスプレイされていた。
バルザック通りに面した窓際にもダルコ氏の作品パネルが。その下にはペイントしたタイヤやホイール、ミラーもディスプレイされていた。 拡大
一角にあった作者のサイン。
一角にあった作者のサイン。 拡大

「ちょっとばかり反抗する」プロジェクト

プジョーアヴェニューに話を戻せば、館内も同様にダルコ氏の世界に支配されていた。おなじみの塩・こしょう挽(ひ)き販売コーナーの上部も、カリグラフィや幾何学的要素を縦横に駆使した彼の作品で覆われている。

今回の企画は、5カ月にわたるショールームのリニューアル工事のあと、最初のエキシビションであると同時に、2014年に発売されたシティーカー「108」のプロモーションとして位置づけられたものだった。
公式ビデオのなかでダルコ氏も語っているように、108のチャームポイントのひとつに、カスタマイゼーションの幅広さがある。彼の作風と関連づけることで、その限りなく自由な世界の表現を試みたというわけだ。

パリ西郊にあるアトリエで創作活動に励むダルコ氏に、早速祝いの連絡をすると、「トラディショナルなプジョーにちょっとばかり反抗する、とても興味深いプロジェクトだったよ。僕が自由に決められる範囲が広かったので、楽しい仕事だった」と明かしてくれた。

ちなみに欧州ではようやくプジョーの回復基調が見えてきた。プジョーはヨーロッパで2015年1月から4月までの期間に29万6489台の登録を記録し、前年同期比6.5%増となった(ACEA調べ)。2014年第1四半期のブランド別の伸び率では、ドイツで7位(37%増)、スペインでは1位(15%増)となった(DataForce調べ)。

「208」の手堅い人気と、クロスオーバー人気に裏打ちされた「2008」の好調、そして前述の108の新車効果が加わったものと分析できる。今回のダルコ氏の創作も、「世界一有名な街路」を歩く人々の心を動かし、プジョーのイメージ刷新を後押ししたに違いない。

(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

パリ西郊のアトリエにて、ある作品を制作中のダルコ氏。(2014年2月撮影)
パリ西郊のアトリエにて、ある作品を制作中のダルコ氏。(2014年2月撮影) 拡大
「スプレーペイントは、自らの動きを最も表現しやすいツール」と語る作者。後方には、無数のスプレー缶が。(2014年2月撮影)
「スプレーペイントは、自らの動きを最も表現しやすいツール」と語る作者。後方には、無数のスプレー缶が。(2014年2月撮影) 拡大
外壁のペイントも彼によるものだ。(2014年2月撮影)
外壁のペイントも彼によるものだ。(2014年2月撮影) 拡大
シャンゼリゼ通りで凱旋門に最も近い自動車ショールームとして、年間250万人の来場者を誇るプジョーアヴェニュー。ダルコ氏のアートは、多くの通行人の注目を浴びながら、2015年6月3日までウィンドウを飾った。
ダルコ氏による制作風景のMovieはこちら拡大
シャンゼリゼ通りで凱旋門に最も近い自動車ショールームとして、年間250万人の来場者を誇るプジョーアヴェニュー。ダルコ氏のアートは、多くの通行人の注目を浴びながら、2015年6月3日までウィンドウを飾った。
    ダルコ氏による制作風景のMovieはこちら
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。

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