第412回:アバルト買う? それとも屋台開業?
もうひとつのカロッツェリア・イタリアーナ
2015.08.21
マッキナ あらモーダ!
夏といえば三輪トラック屋台
前回、動画でお届けしたミラノ国際博覧会(ミラノエキスポ)。各国の展示やパフォーマンスもさることながら、会場ではパビリオンとパビリオンの間に置かれた食べ物屋台も魅力である。
ジェラート、チョコレート、お菓子、カフェなど、売られている品はさまざま。いっぽうで使われている大半の車両は、本欄でもおなじみのピアッジョ製三輪トラック「アペ」だ。エキスポだけでなく、夏祭りが行われるこの季節は、各地で同様にアペを用いた屋台と出くわす。
イタリアには、アペを屋台仕様に改造する架装業者がいくつもある。
ここ数年のストリート・フード・ブームに便乗するかたちで誕生した会社のかたわらで、それなりのキャリアをバックボーンとする会社も存在する。そのひとつは、中部トスカーナ州アレッツォに本拠を置くレスティ社だ。従業員は70人。1960年の創業当初は、青空メルカート(市場)で営業する行商用バンを改造するプロフェッショナルで、その技術を生かしてアペの改造も手がけている。
輸出もしている
トリノ西郊にあるビジネス・オン・ザ・ロード社もしかりだ。創業者一族で1980年以来、この道35年のピエロ・ブルーノ氏に話をきく。
ここのところ、イタリアでは急速にアペを使った屋台が増えたが、その理由は? するとブルーノ氏は「ノスタルジーと機動性の両立だね」と教えてくれた。
ビジネス・オン・ザ・ロード社は、設計段階からクライアントとの綿密なディスカッションを行うのが売りだ。納期は35日から40日が目安という。
ブルーノ氏によると、イタリア国内ではリヴィエラ海岸を擁するリグーリア州の顧客が少なくないという。リゾート地にたたずむジェラート屋台が目に浮かぶ。
輸出も行っている。イギリスでは「ガス設備を車両に搭載してはいけない」といった法規をクリアする苦労があるものの、「欧州各国はもとより、イスラエルや北米などにも輸出しています」という。
たしかにボクも、いろいろな国で「こんなところでアペ屋台が」と驚いたことがある。イタリア風情のアンバサダーとしては、フェラーリかそれ以上の役目を負っていることは事実だ。
そのうえ、ラテン系ノスタルジー屋台の素材車として、一方の雄である「シトロエンHトラック」が絶版なのに対し、アペはまだ“元ネタ”が現役だ。これからもますます世界各地に増殖してゆく可能性がある。
歴史をひもとけば、かのベルトーネも、草創期の1920~30年代には、トラックやバンの架装を手がけていた。そうした意味でアペの架装業だって、立派なカロッツェリア・イタリアーナなのである。
夢が広がる
気になるお値段だが、前述のレスティ社によると、カフェ屋台仕様は1万5000ユーロ(約210万円)から。街で普通に売っているベース車両が6075ユーロ(約84万円)であることからすると、架装には相応のコストを要することがわかる。さらに最初の写真にあるオイスターと名付けられた大きな可動式シェード&ルーフをもつ屋台は2万9000ユーロ(約400万円)からである。これ、イタリアでは「アバルト595」や「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ」が余裕で買える値段だ。
しかし、各社ともビジネスソリューションの相談にのり、ビジネス・オン・ザ・ロード社には、アペ屋台のフランチャイジーとして出発したいオーナーのために、フランチャイジングを展開している既存企業(お菓子、ソーセージ、ジェラート、パスタなど)との橋渡し役もしてくれるという。
アバルトやアルファを堪能するのもよし、アペ屋台を開業して新しい人生を切り開くもよし。イタリアは夢の選択肢が広い。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA, Business on the Road)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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