第417回:大矢アキオのフランクフルトショー2015(前編)
人間「衝突ダミー人形」を見た!
2015.09.25
マッキナ あらモーダ!
日本のお家芸を奪われた
フランクフルトモーターショー2015のキーワードは、ずばり「デジタライゼーション」。つまりデジタル化であろう。
フォルクスワーゲン(VW)グループは恒例の前夜祭で近未来の技術を搭載した電気自動車のコンセプトモデルを次々と紹介した。アウディの「e-tronクワトロ コンセプト」は航続可能距離が500km、ポルシェの「ミッションE」は15分で80%充電が可能だ。また、自動運転と非接触チャージングシステムを組み合わせた「Vチャージ」、コネクティビティーを駆使した自動運転やドライバーズアシスタンスも推進してゆくことを明らかにした。
彼らが推し進めるデジタル化はクルマ本体にとどまらない。具体的内容にまでは触れなかったが、VWグループのヴィンターコルン会長は、「セールスのデジタライゼーションを進める」とコメントした。締めくくりには「デジタル社会におけるクオリティーを追求する」と宣言した。
BMWグループも公式リリースの中で「デジタライゼーションは、私たちのビジネスにとって重要なひとつであり、これからも革新を続けてゆく」と述べている。
メルセデス・ベンツのディーター・ツェッチェCEO、最初の一声は「デジタライゼーション」だった。発表した「コンセプトIAA」はコンピューターを駆使することにより、従来18カ月を要していた開発期間を10カ月までに短縮することに成功した。ツェッチェ氏は、「100万CPU時間でプロトタイプ300台分を計算した」と誇らしげに語り、加えて「ショーカーだけでなく、R&D、生産、そしてセールスにまでデジタル化を推進してゆく」と述べた。
思えば30年以上前のこと、日本で某ドイツ系ブランドのインポーターが作成したセールスマン教育用資料を閲覧させてもらったことがあった。電子技術を各所に使い始めた日本車との比較に徹していて「燃料噴射は、日本で人気の電子式よりもドイツの機械式のほうが高い信頼性を保(たも)てる」「熟成されていない電子技術は使わない」といった文言が並んでいた。さらにモデルチェンジについて「サイクルを長くすることによって、完成度の高いクルマを作る」と記されていたものだ。
それに対して今日、ドイツメーカーが「デジタル化」「開発期間の短縮化」を掲げる。
“20世紀脳”を持ち続けるユーザーには、もはや追従できないところに達していることを、今回のフランクフルトは見せつけてくれた。
「熟成されていない技術は使わない」という言葉を今も信じるなら、地道に熟成を重ねたドイツメーカーは、日本メーカーのお家芸であるはずの自動車のデジタル化で、リーダーの地位を奪ってしまった感がある。セダンから継承した「メルセデス・ベンツSクラスクーペ」の大型ディスプレイや、アウディ自慢の「バーチャルコックピット」をぼんやり眺めながら、そう思った。
安全装備が“てんこ盛り”のオペル
ところで忘れてはいけないのが、ドイツとゆかりの深い外資系2ブランドである。参考までに、ヨーロッパの自動車メディアは、特にエンスージアストでもない一般ユーザーからも人気のあるそれらを、おろそかにせず報道する。
オペルは5代目となるCセグメントカー、新型「アストラ」を発表した。前部カメラ「オペルアイ」によって前車との距離を監視し、必要な場合はブレーキを作動させる。レーンキーピングアシストもある。いやはや、これまでプレミアムカーや日本からやってくる一部モデルにしか装着されていなかったようなものが設定されているのだ。
従来のトップモデル「インシグニア」に装着されていた、道路標識を認識してダッシュボード上に表示するトラフィックサインアシストも装備する。ちなみにこのトラフィックサインアシスト、本当にユーザーが望んでいるのか? アグレッシブな運転をするドライバーが多いイタリアなどではお節介にも見える。
オペルの担当者ピーター・ザイツ氏に尋ねたところ、「例えばスイスなど、速度取り締まりが厳格で、反則金が高額な国で評価されています」との答えが返ってきた。また、オペルをヴォクスホールブランドで販売する英国では、コンパクトカーに高級車並みの装備を求めるユーザーを無視できないため、良いセリングポイントとなるという。そして「価値あるクルマをアフォーダブルなプライスで提供するのは、オペルのヘリテージを継承したものです」と締めくくってくれた。
あのプレミアム仕様のその後
オペルとともに忘れてはいけないのはフォードである。同ブランドはSUV「エッジ」の欧州版を初公開。またピックアップトラック「レンジャー」の欧州プレミアも行った。
そのフォードブースの一角で目立たぬ階段を発見した。怒られないかぎり、どこでも入っていってしまう筆者は、さっそく登ってみた。するとどうだ、そこは「ヴィニャーレ」に充てられたコーナーだった。「モンデオ」をベースにしたヴィニャーレ仕様が並んでいる。
ヴィニャーレといえば、フォードは前回の2013年フランクフルトショーで、プレミアム仕様として、その名称の復活を高らかに宣言した。それに関しては本エッセイの第314回をご覧いただこう。
あれから2年、いったいどうなったのか。それに丁寧に答えてくれたのはフォードヨーロッパのマーケティング担当副社長ガエターノ・トレール氏だ。
トレール氏によると、2015年春の発売を前に、欧州内のフォードディーラーの中からヴィニャーレ仕様を扱う500店を厳選。ショールーム内にはタッチ式ディスプレイテーブルを配置したヴィニャーレラウンジを設け、接客には「リレーションシップマネジャー」と名付けたセールスが接客を担当する。
「ヴィニャーレを選ぶお客さまは高収入で多忙。そのために、より個人的にお客さまを知っているセールスが迅速かつ的確に対応します」と説明する。
ちなみに、オフィシャルグッズのコレクションもすでにそろっていて、「車両と同じシート表皮を用い、デザイナーも車両担当デザイナーが携わります」とトレール氏は説明する。Vignaleの文字は目立たせない。ロゴをあえて隠すのは、最近のフェラーリグッズにもみられる手法だ。
トレール氏は続ける。「生産工場でヴィニャーレ仕様は、専任担当者によって丹念な完成車チェックが行われます」
どのような顧客が購入しているのだろうか? との質問には「50%がフリートユーザー、あと半分が個人ユーザー」と教えてくれた。
ライバル車を聞くと、「例えばノーマルの『アウディA4』を買い求めるか、それともヴィニャーレにするかといった選択ですね」と一例を挙げてくれた。このフォードの試み、結果がでるまでには、数年の時間を要するだろう。
既存ブランドのイメージよりも、実質的な質感を追い求める西欧の成熟したユーザーには、マーケティング次第ではある程度支持を得られるかもしれない、というのがボクの予想だ。
そんな感想を抱きながら、再びフォードブースに降りる。ふと見れば、黄色い全身タイツで身を包んだ人物が独り立っている。「衝突実験のダミー人形」を模していた。しかしながら、ブースにいた来場者すべては、脇に展示されたブルーの新型「GT」のほうに気を取られている。ダミー人形があまりにふびんなので、1枚撮ってあげたのが、最後の写真である。
もし「あれをやっていたのは私です」という方がおられましたら、写真を進呈します。ご連絡ください。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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