第110回:リメイク作でも銀行強盗の運転手は損をする
『クライム・スピード』
2015.11.06
読んでますカー、観てますカー
元ネタはマックイーンが主演
映画業界のネタ切れ感は根深いようで、今年は『ターミネーター』『ジュラシック・パーク』『マッドマックス』などリブート作が相次いだ。『スター・ウォーズ』もエピソード7の公開が控えている。来年もこの傾向が続くが、目立つのはリブートというよりリメイク作だ。『ベン・ハー』『荒野の七人』『パピヨン』といった名作が、新たな装いで復活することになっている。高倉 健主演で中国で大ヒットした『君よ憤怒の河を渡れ』も、ジョン・ウーの手によって仕立て直されるらしい。
誰もが知っている傑作ならば、リメイク版もある程度の観客動員が見込める。映画会社が安全策を取りたくなるのはわからないでもない。ただ、今回紹介する『クライム・スピード』は、ちょっと事情が異なる。リメイク作ではあるが、元ネタがあまり有名とは言えないのだ。『セントルイス銀行強盗』という1959年の作品で、日本では劇場未公開である。主演はスティーブ・マックイーンだが、まだ駆け出しの頃だ。TVドラマの『拳銃無宿』に出演してようやく人気が出始め、その後1960年の『荒野の七人』、1963年の『大脱走』でスター街道を駆け上っていく。
50年以上前の作品であり、スティーブ・マックイーンが死去してからも35年が経過している。原作のネームバリューには頼れないのだから、リメイクしようと考えたのはストーリーラインがよほど魅力的だったからなのだろう。『セントルイス銀行強盗』でマックイーンが演じたのは、何かのトラブルで大学を退学になってしまった元フットボール選手だ。彼は復学の資金を稼ぐために銀行強盗の仲間になり、身を滅ぼしていく。
1953年にセントルイスで銀行強盗事件が起きており、この映画はそれを題材にしている。しかも、実際に事件に遭遇した銀行員や警官が自分自身の役で登場しているのだ。その効果なのか、映像はドキュメンタリー的な色合いを帯びて生々しい。
「フィアット500」はキャブ仕様?
マックイーンに代わる青年役は、ヘイデン・クリステンセンだ。『スター・ウォーズ』で若き日のダースベイダーを演じていた俳優である。若く見えるが今年で34歳になる。設定は少し変えられていて、この青年ジェームズは自動車整備工場に勤めている。自分の工場を持つのが夢だが、銀行は金を貸してくれない。10年前に刑務所に入っていたことがあり、それがネックになっているようだ。
失望しながらもまじめに働いていると、店に懐かしい女性が現れる。「フィアット500C」の修理を依頼しにきたのは、元恋人のエミリーだった。別れてからもう10年がたつ。突然姿を消した理由が刑務所入りだったことは知られていない。エミリー役は、ジョーダナ・ブリュースター。『ワイルド・スピード』でブライアンの恋人になっていた女優だ。
「うちの店は高いから」と言って、ジェームズは彼女のクルマをプライベートで修理してあげようと持ちかける。下心が見え見えだが、エミリーのほうもそのつもりがあったのだろう。彼女の家のガレージで作業しているうちに気分が盛り上がり、二人の仲は元通りに。
クルマのトラブルの原因も判明する。ガソリンに砂糖を混ぜられていたのだ。ジェームズは燃料フィルターを交換する必要があると話し、さらにキャブレターも換えようと……ん? エミリーのクルマはダンテ・ジアコーサの作った「チンクエチェント」ではない。現行型の500なのだが、わざわざキャブ仕様に改造しているのだろうか。相当なマニアである。
ジェームズはもう一人の懐かしい人物と出会うことになる。兄のフランキーだ。10年間の服役を終えて出所したのだ。ジェームズは彼のとばっちりを受けて刑務所に入るハメになった。久々に現れて兄貴ヅラをされても、受け入れられるはずがない。しかし、今度はまじめに不動産の仕事をすると言われ、つい心を許してしまう。フランキーを演じるのはエイドリアン・ブロディで、あの極端な下がり眉で懇願されると拒絶するのは難しい。
犯罪には向かない2ドアクーペ
パートナーだとして紹介されたのは、とても不動産関係の仕事をしているようには見えないコワモテの黒人2人。ジェームズはさすがに怪しいと思ったが、言いくるめられて自分のクルマに彼らを乗せて運ぶことに。投資家と話をしてくると言われて外で待っていると、いきなり銃声が聞こえて3人が逃げてくる。ジェームズは心ならずも犯罪者3人を乗せてパトカーから逃げる役を負わされるのだ。
もともと運転が好きだから、悪いことだとわかっていてもノリノリでカーチェイスを展開する。彼が乗っていたのは、1970年代の「プリムス」のクーペ。ジェームズがチューニングを施した自慢のマシンだが、2ドアだから4人の大人が急いで乗り降りするには不便だ。どうやら、この連中の犯罪計画は雑でスキだらけであるらしい。
青年が悪いやつらの犯罪に巻き込まれていくというストーリーは、原作と同じだ。違うのは人間関係の構成で、『セントルイス銀行強盗』では青年の実の兄ではなく、恋人の兄が犯罪仲間となっていた。強盗団のメンバーが同性愛関係にあり、青年が入ったことによる嫉妬の感情が亀裂を生じさせるという設定である。『クライム・スピード』では、物語は兄と弟の関係に単純化された。
自分の境遇を変えるためには、銀行を襲うのが手っ取り早い。一度だけで足を洗い、あとはまじめに働こう。浅はかな考えが通用するはずもなく、ジェームズは深みにはまり込んでいく。逃亡する際のドライバー役をまかされたのだ。成功すれば、1人あたり50万ドルが手に入る。『セントルイス銀行強盗』では1人2万ドルということになっていたから、インフレ率は約25倍ということなのだろうか。
金を奪うことは同じだが、この映画では強盗団のリーダーが理論武装をしていた。「銀行が富を奪っている!」「トマス・ジェファーソンは、銀行は軍隊よりも危険な存在だと言った」とあおりたて、自分たちに正義があると主張する。まるで「オキュパイ・ウォールストリート」のスローガンのようだが、自分勝手な言い草にすぎないのはもちろんだ。
リメイク作の弱点は結末が知られていることだが、この作品の場合は元ネタが有名でないからその点は大丈夫だ。奇想天外なラストを導くエイドリアン・ブロディの顔芸が最大の見どころである。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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