スバルWRX STI S207(4WD/6MT)
乗り継ぐ人がいるのも納得 2015.12.10 試乗記 高性能スポーツセダン「スバルWRX STI」をベースに、スバルのモータースポーツ活動を行うSTI(スバルテクニカインターナショナル)がチューニングを施したコンプリートカー「S207」。「究極のロードゴーイングSTI」とうたわれる400台限定のスペシャルモデルの実力を試す。毎度のことながら売り切れ御免
バイヤーズガイドのつもりで試乗記を書いても、張り合いがないのがSTIの限定コンプリートカーである。
このS207もそうだ。2015年10月29日に限定400台の受注を開始すると、その日のうちに完売した。三鷹のSTIへ試乗車を借りに行った時には、とっくに売り切れ御免だったのだ。
即日完売のペースだとさすがに先着順を判定するのは難しいらしく、応募者680名のなかから抽選で決めるという。それくらいなら全員に売ってあげたら? と思ってしまったが、限定はあくまで限定。余計につくるのはコンプライアンス的にも無理らしい。そりゃそうか。
S207は、前作「S206」以来4年ぶり、現行WRX STIベースとしては初めてとなるSシリーズの最新作である。ノーマルWRX STIに上乗せされたスペックの詳細は、ニューモデル解説にくわしいが、一番の話題は、「EJ20」型エンジンがさらに進化したことである。構成部品のバランス取りを重ね、排気抵抗を低減し、専用のECUを与えるなどした結果、パワーもS206の320psから328psへと微増し、「ポルシェ911カレラ」とほぼ同等のピークトルク(44.0kgm)は発生回転数が3200-4800rpmと、S206より400rpm高いところまで維持されるようになった。
試乗したのは「NBR(ニュルブルクリンク)チャレンジパッケージ」(631万8000円)。400台の内の半分を占める主力グレードで、ノーマルS207(599万4000円)にカーボン製リアウイングや、「2015ニュルブルクリンク24時間レース クラス優勝」を示すエンブレムなどの専用装備を与えたものである。
エンジンに感じるメカチューンの気持ちよさ
ニュルブルクリンク24時間の記念車とはうたっていないが、S207は2015年5月16~17日のピットで戦ったSTIのエンジニアが開発したクルマである。ノーマルWRX STIより20ps増しの328psは、350ps前後といわれる優勝車と比べても、それほど見劣りしない。ボディーと同色に塗られていないヌードカーボンのリアウイングも、そうとうイイ線いっている。
だが、STIの正門を出て走り始めると、まず印象的だったのは、肩すかしを食らうほどのマナーのよさだった。
1000cc当たり164psの2リッター水平対向4気筒ターボは、普通に走っている限り、レーシングライクなそぶりは見せない。街なかの常用域では、いかにも“抜け”のいい、丹精込めて磨き上げたメカチューンの気持ちよさを伝える。S206の320psユニットを思い起こすと、むしろより高級なエンジンになったような気がした。
オープンロードに出て、フルスロットルを試す。トップエンドまで回すと、7700rpmからタコメーター内に赤のLEDが点滅し、次の瞬間、7900rpmで頭打ちになる。よく回るが、7000rpmから上ではちょっと苦しげになる。ハイチューンEJ20のそんな特徴がいつもより気になったのは、逆に言うとそこまでの回転域がよくなったせいかもしれない。
“燃費いのち”のクルマではないが、今回、約380kmを走って記録したのは7.5km/リッターだった。ポルシェ911の「GT3」よりはいいが、「911カレラ」には負けそうだ。
40km/hで走っていても退屈しない
クラッチペダルは重くないが、ステアリングは手応えに富む。最近のドイツ車のように軽くはない。S207の運転操作フィールで最も硬派なのはハンドルの重さかもしれない。
255/35R19のタイヤは専用設計の「ダンロップSPORT MAXX」。サスペンションでは、ビルシュタイン製減衰力可変ダンパー「ダンプマチックII」の採用が目新しい。
その足まわりで一番感心したのは、乗り心地のよさである。サスペンションはもちろん硬いが、不快な突き上げはまったくない。しかも、新型ビルシュタインの効果か、スピードを上げれば上げるほど乗り心地はフラットになり、快適さを増す。たっぷりしたサイズのレカロも、サポートより乗り心地重視に感じられる。
操縦性の限界はとてつもなく高く、それを公道で試すのはアナーキーの一語に尽きる。けれども、操縦性の限界が高すぎてツマラナイ、というタイプのアシではない。コーナーに凸凹や逆カントのような悪条件があると、喜んで高性能が“出てくる”ようなシャシーは、なんともないスピードで走っていても十分ファン・トゥ・ドライブである。そういう意味では、2000年登場の「S201」以来、7代を重ねたWRXベースのSシリーズも、「時速40kmで走っていたって官能的」と言われるポルシェ911の境地に近づいていると感じた。
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“スバル史上最高額”ではあるものの
「レヴォーグ」のプラットフォームに構築された4ドアボディーはS206とほぼ同サイズだが、レカロの低い座面からだと少しボディーが大きくなったように感じた。ボディーやコックピットをもう少しタイトに感じさせる工夫があってもいいかなと思った。
サーキットの舞台から降臨したようなルックスとスペックを持ちながら、走りだせばまったく肩を怒らせたそぶりを見せないところがS207の魅力である。リアシートもトランクも広い。
価格はS206の持つスバル自己ベスト(?)をさらに塗り替えた。630万円のスバルと聞くとタマげるかもしれないが、じゃあ、この内容のスポーツセダンがこの値段でほかにあるかといえば、ありっこないのである。
ポルシェ911オーナー同様、「出たら買います」と、Sシリーズを乗り継ぐ愛好家も少なくないらしい。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=郡大二郎/撮影協力=河口湖ステラシアター)
テスト車のデータ
スバルWRX STI S207
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4635×1795×1470mm
ホイールベース:2650mm
車重:1510kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター水平対向4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6MT
最高出力:328ps(241kW)/7200rpm
最大トルク:44.0kgm(431Nm)/3200-4800rpm
タイヤ:(前)255/35R19 92Y/(後)255/35R19 92Y(ダンロップSPORT MAXX RT)
燃費:--km/リッター
価格:631万8000円/テスト車=669万6540円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション フロアカーペット(4万9140円)/トランクマット(1万6200円)/ステアリングスイッチセット(1万8360円)/セキュリティホイールナットセット(3万7800円)/パナソニックビルトインSDナビ(25万7040円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:2182km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:382.7km
使用燃料:50.7リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.5km/リッター(満タン法)/7.7km/リッター(車載燃費計計測値)
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下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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