ポルシェ911カレラS(RR/7AT)/911カレラ カブリオレ(RR/7AT)
さらに高い領域へ 2015.12.18 試乗記 3リッターのフラット6ターボを搭載した新しい「ポルシェ911カレラ」シリーズに試乗。時代の要請を背景に生まれ変わった911カレラは“エモーショナルな魅力”も継承できたのか。カナリア諸島で行われた国際試乗会からの第一報。カレラ史上初のフラット6ターボを搭載
世界にあまたあるスポーツカー。その中にあっても、ポルシェ911が常に多くの人から注目され、畏敬の念を抱かれる理由のひとつが、際立って長いそのヒストリーにあることは間違いない。
歴史がスタートしたのは1964年。すなわちそれは、すでに半世紀以上に及ぶ。親子2代、あるいは3代にわたって“同じスポーツカー”を愛(め)でる……そんな芸当が可能なのも、911の比類なき歴史の長さがあってこそなのだ。
一方で、そうした長寿モデルゆえ、世代交代のたびに難しいかじ取りを迫られるという課題が発生しているのもまた確か。
先人が築いた名声を守りつつ、一方では時代の最先端を行くモデルを目指す――そのためには、変えてはならないアイコン部分は死守しながら、返す刀で弛(たゆ)まぬリファインも続ける以外に方策はない。
重要なアイコンが失われれば即座に「らしくない」と評され、保守的になり過ぎれば、四方八方から迫り来る敵に塩を送ることになりかねない。911が世界で称賛されるのは、そうした難しい状況に身を置きながら、いつの時代も最新スポーツカーの頂点に立つ走りを実現させてきた、そんな実績の積み重ねがあるからだ。
それゆえ、きっと物議を醸すに違いないナ……と想像がついてしまうのが、「カレラシリーズに新エンジン搭載」というニュース。何しろ、最新モデルに搭載されるのは、カレラ史上で初となるターボ付きユニット。
RRのレイアウトに“猫背”のボディー、そして水平対向6気筒の自然吸気エンジンこそが、911カレラというモデルを成立させる3本柱……と信じて疑わない人にとって、ついにターボとなった新型カレラシリーズの心臓は、長年の911信者に対する一種の“裏切り行為”とさえ受け取られかねないものでもあるはずだ。
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ダウンサイズではなくライトサイズ
古くからの911フリークからの、そんなコンプレインの発生が容易に予想できる中で、それでもなお排気量を落とした上でターボチャージングを行ういわゆるダウンサイジングエンジンを搭載の決断に至った理由――それは、ズバリ“時代の要請”だ。
そんな要請とは、具体的にはもちろん「CO2の削減」で、すなわちそれは「燃費の向上」とも同義となる。911が長い歴史の持ち主であるからこそ時代の変化に逆らえないことは、かつての空冷ユニットが主に「排ガス規制への対応」を理由に、水冷へと置き換えられた過去の事例も証明している。
従来型カレラが3.4リッター、カレラSが3.8リッターだった排気量は、水平対向6気筒のデザインはキープしながら、共に3リッターへと削減された。両グレードの排気量統一は、当然マーケティング上からも議論があったはず。
しかし、「いろいろ検討の結果、今後の発展性も考慮して今回は同じ燃焼室を採用とした」とは、開発担当のエンジニア氏によるコメントだ。
走行抵抗の低減やアイドリング・ストップ・システムのより早いタイミングからの作動。さらには、すでに「ターボ」グレードで採用済みだったDCTモデルでの“仮想中間ギア”の採用等々と、エンジン部分以外の効果も含んだデータではあるものの、「100km走行時に必要とする燃料を約12%低減させた」というのが、前述した“時代の要請”に対する、新型カレラシリーズでの回答である。
もっとも、ポルシェ自身では新エンジンに対して“ダウンサイズ”という表現は用いず、これぞベストな姿、という思いを込めながら“ライトサイズ”という言葉を使っている。
果たして、そんな「正しいサイズ」の新エンジンは、一体どのような実力を味わわせてくれるのか? これまで、固有の大きな魅力と位置付けられてきた“911サウンド”は一体どう変わり、どんなパワーフィールを提供してくれるのか?
とにもかくにもまずはそうした新たな心臓の出来栄えを探るべく、最新カレラシリーズの国際試乗会が行われる、アフリカ大陸西側の大西洋上に位置するスペイン領テネリフェ島へと、日本からはるばる足掛け2日をかけて乗り込んだ。
サウンドもフィールも自然吸気のよう
そんな初めて訪れる地で主にテストドライブを行ったのは、カレラSのクーペとカレラのカブリオレ。前述のように、搭載されるエンジンは、両グレード用共に排気量が3リッター。ただし、Sグレード用が420psと51.0kgm(500Nm)、ベースグレード用が370psと45.9kgm(450Nm)と、最高出力と最大トルク値には50psと5.1kgm(50Nm)の差が与えられた。「S用は、専用のコンプレッサーを用いたターボチャージャーやエキゾーストシステム、やはり専用のエンジンマネジメントなどによって、より高い出力を獲得した」とされる。
まずはカレラSに乗り込んで、新エンジンに火を入れる。と、完爆と同時に耳に届くのは、紛れもなく“911サウンド”と誰もが納得できる「例の音色」そのものだ。
排気量を落とした上で排気エネルギーを回収してしまうターボを加えたとなれば、迫力の排気音が得難くなるというのは、昨今のF1マシンがその典型例。が、ポルシェ開発陣は電子デバイスによるスピーカーからの演出などに頼ることなどなく、この難しい課題を見事に乗り越えたのだ。
低回転域からのアクセル踏み込みでターボブーストが立ち上がる際に、“口笛”のような特有のノイズがかすかに耳に届くシーンは存在する。が、基本的には前述の“911サウンド”は、あらゆる走りのパターンの下で継承されている。
と同時に、そんな新エンジンが「うっかりするとターボ付きであることを忘れさせる」ほどリニアそのもののパワーフィールの持ち主であった点も特筆したい。
スペック上では、最大トルクは1700rpmから発せられ、ピーク値が5000rpmまで持続することになっている。が、実際には「太いトルクが低回転域から平板状に続く」という印象は薄く、それよりも7500rpmという最高許容回転数に向けての、自然吸気エンジン風のメリハリあるパワーの盛り上がり感の方が心に響く。
そう、こうしたテイストこそが、開発陣が「911用のエンジンで最も重要なポイントのひとつであった」と表現をする、“エモーショナル”という実例であるはず。ちなみに、カブリオレでチェックをしたベースグレード用の心臓も、絶対加速力こそわずかに控えめとなるものの、基本はS用と同様のテイストの持ち主だ。
最新はやはり最善
かくして、サウンドも回転フィールも見事に“911らしさ”を踏襲。その上で、一段とパワフルになった心臓を搭載する新しいカレラシリーズの走りで感心させられたのは、さらに向上したと実感のできる、フットワークの仕上がりレベルであった。
テスト車両の都合で、今回カレラSにオプション装着が可能となったリアアクスルステア付きモデルをじっくり試すことができなかったのは残念。
しかし、電子制御式の可変減衰力ダンパー“PASM”は今回全ての仕様で標準化され、ブレーキも含めたサスペンションのセッティングは、すべて再度のチューニング。加えて、エンジンのトルクアップに対応してリアホイールを0.5インチ拡幅するなど、微に入り細を穿(うが)つ見直しが図られた最新911カレラシリーズの足まわりは、「もう文句の付けようがない」と思えた従来型のテイストを、フラット感にしてもしなやかさにしても、さらに上回る印象で仕上げられていた。
さらに細かくみれば、スタビリティー・コントロールシステム“PSM”には、その効果を担保しながら介入を可能な限り抑制し、ドリフト走行までを許容する“PSMスポーツ”のモードが新設され、また、段差や勾配のついたガレージへの進入時などに威力を発揮するフロントリフトシステムがやはり今回初めて設定されたりと、装備面でも細かな、しかし価値ある変更点が少なくない。
付け加えれば、これまで長年にわたって「日本仕様には未設定」という苦汁を舐(な)めさせられてきたポルシェ独自のテレマティクスシステム“PCM”が、今回のバージョンアップを機についに導入の運びとなったことも、見逃せない大きなニュースだと報告できる。
それにしても……。
「今度こそ完成形で、これ以上の進化は容易ではないだろう」と、乗るたびにそう思わされてきたその時々の911というモデルが、リファインによってその立ち位置を、さらなる高みへと確実に押し上げるのを目の当たりにしてきた経験は、一体これで何度目となることか!
結局のところ、「やはり従来型を確実に超越してしまった」と認めざるを得ない今度のカレラシリーズの実力を知ると、ポルシェの技術力に限界などないことを、あらためて突きつけられる思いなのである。
(文=河村康彦/写真=ポルシェ)
テスト車のデータ
ポルシェ911カレラS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4499×1808×1302mm
ホイールベース:2450mm
車重:1460kg(DIN)
駆動方式:RR
エンジン:3リッター水平対向6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:420ps(309kW)/6500rpm
最大トルク:51.0kgm(500Nm)/1700-5000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20/(後)305/30ZR20
燃費:7.7リッター/100km(約13.0km/リッター、NEDC複合モード)
価格:1584万1000円/テスト車=--円
オプション装備:--
※諸元は欧州仕様のもの。車両本体価格は日本市場でのもの。
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
ポルシェ911カレラ カブリオレ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4499×1808×1297mm
ホイールベース:2450mm
車重:1520kg(DIN)
駆動方式:RR
エンジン:3リッター水平対向6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:370ps(272kW)/6500rpm
最大トルク:45.9kgm(450Nm)/1700-5000rpm
タイヤ:(前)235/40ZR19/(後)295/35ZR19
燃費:7.5リッター/100km(約13.3km/リッター、NEDC複合モード)
価格:1510万円/テスト車=--円
オプション装備:--
※諸元は欧州仕様のもの。車両本体価格は日本市場でのもの。
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。