第117回:大自然に挑む求道者はナナマルに乗る
『X-ミッション』
2016.02.19
読んでますカー、観てますカー
『ハートブルー』のリメイク
『X-ミッション』と聞いても何のことやらわからないかもしれないが、ジョニー・ユタという名には聞き覚えがあるだろう。1991年の大ヒット作『ハートブルー』の主人公である。若きキアヌ・リーブスの初々しい棒演技が懐かしい。およそ四半世紀ぶりのリメイクである。邦題は似ても似つかないが、原題はどちらも『Point Break』なのだ。
『ハートブルー』はサーフィン映画の傑作として知られている。ロサンゼルスで頻発していた銀行強盗を追って、FBI捜査官のユタがサーファーグループに潜入する。犯罪を摘発しなければならない立場ながら彼らのライフスタイルに共感し、板挟みになって苦しむ姿を描いた。サーファーたちから高い評価を受けたのは、ビッグウエーブに挑む映像のリアリティーだ。わざわざリメイクするからには、それを上回る新鮮さを提供する必要がある。
当時よりも撮影技術は格段に進んでいる。確実に迫力を増す手段として、3Dの手法が取り入れられた。『ザ・ウォーク』でワールドトレードセンターのツインタワーをワイヤでつないで綱渡りするシーンでは、高所恐怖症の観客が吐き気をもよおしたといわれる。巨大な波を相手にするサーフィンも3D映像に適した素材なのは間違いない。
作品に登場するのはサーフィンだけではない。『ハートブルー』でもスカイダイビングが使われていたが、『X-ミッション』ではさらにモトクロス、スノーボード、ウイングスーツフライング、フリークライミングなどが加わる。要するにエクストリームスポーツ(Xスポーツ)全般だ。邦題のXはそこからとられているのだろう。
『ワイルド・スピード』との共通点
そしてミッションというのは『ワイルド・スピード SKY MISSION』からの連想のようだ。潜入捜査ものということでは『ワイルド・スピード』は明らかに『ハートブルー』の影響を受けているし、今作の監督は『ワイルド・スピード』の撮影監督を務めていたエリクソン・コアなのだ。道具立てをストリートレースからXスポーツに変えたわけで、ポール・ウォーカーが演じたブライアンはジョニー・ユタと重なる。
今回ユタを演じるのはルーク・ブレイシー。あまり聞かない名だが、キアヌ・リーブスもユタ役がブレイクのきっかけだったからこれから売れる可能性もある。強盗団のボスがボーディで、バディーとなるベテラン警官がパパスという名前であることも受け継がれた。元ネタを知っているとストーリーの先が読めてしまうのは致し方のないところ。
新米FBI捜査官のユタは、もともとXスポーツのスターだった。山の稜線(りょうせん)をバイクで爆走するスタントでやり過ぎた結果、相棒を死なせることになってしまう。彼はモチベーションを失い、規律を求めて組織の中で生きることを選んだ。しかし、最初に関わった事件が運命を逆回転させる。アメリカ企業を狙った強盗事件が連続していて、ダイヤや金を盗んだ後に貧民街でばらまくという手口が共通点だった。国際的鼠(ねずみ)小僧軍団というわけだ。犯行後には飛行機から飛び降りたり急流を下ったりして逃げおおせる。
プロの世界でエキセントリックなアクションをこなしてきたユタは、犯人グループがXスポーツの達人であることがわかった。しかも、かなりヤバいやつらである。Xスポーツのカリスマであり環境保護運動の導師だったオノ・オザキが残した教えの「オザキ8」にチャレンジしているに違いない。
環境保護のためなら何をしても構わない?
オノ・オザキというのは日本人っぽい名前だが、姓が重なっているのはわれわれには奇妙に響く。松尾スズキや斉藤斎藤なんて例もあるから、必ずしもあり得ないとはいえないのだが。ともあれ、犯人グループはオノ・オザキさえも3番目の試練で命を落とした究極のミッションを次々とクリアしている。ユタは次に彼らがチャレンジするのは「荒れ狂う水」だと察し、10年に一度のビッグウエーブが来るといわれるタヒチ島近海に向かった。そこで出会ったのが、ボーディである。
『ハートブルー』のボーディも、“仙人サーファー”と呼ばれる求道者だった。超人的な技を身につけることで自然と一体化し、極限に挑むことで完全な自由を得る。ナイーブなユタは、深い哲学に裏打ちされたように見える言葉にコロッとやられてしまうのだ。FBI捜査官のくせに犯罪者にシンパシーを抱いてしまうのは困ったものである。
自らを厳しく律して鍛錬を重ね、限界を超えようとする姿は確かに尊い。しかし、そこにスピリチュアルな要素を安易に混ぜてくることには警戒が必要だ。修行の激しさが悟りを約束するわけではない。香厳智閑(きょうげんちかん)は飛んできた瓦が竹に当たって音を立てたことを契機に解脱し、霊雲志勤(れいうんしごん)は咲き乱れる桃の花を見て大悟したといわれる。そもそも釈尊は荒行で悟りを開くことはできないと喝破していたではないか。
ボーディたちは、環境保護のためなら人殺しもいとわない。本末転倒だが、思い詰めているからそれが正義だと考えている。『キングスマン』でサミュエル・L・ジャクソンが演じていたIT長者も、地球の真の敵は人間だから人類を皆殺しにしなければならないという思想を持っていた。最近の敵設定はこういうのがはやりみたいだ。
モンブランの山々、メキシコのゴロンドリーナス洞窟、ベネズエラのエンジェルフォールなど、彼らはより危険な場所を求めて世界中を駆けめぐる。大自然にカラダひとつで相対するわけだが、そこまで到達するには歩いて行ったのでは時間がかかりすぎる。やはり文明の利器を使わなければならないわけで、移動手段はクルマなのだ。道なき道を行くために、彼らが選んだのは「トヨタ・ランドクルーザー」。もちろん「70系」である。犯罪者ながら、このナイスチョイスは褒めざるを得ない。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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