第350回:動き出したボルボの新Cセグメント戦略
将来の「ボルボ40シリーズ」はこうなる
2016.06.11
エディターから一言
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2016年5月18日、ボルボは新規開発するコンパクトカーに関する発表を行った。その内容は、まったく新しいプラットフォームに新開発の3気筒エンジンを搭載するほか、プラグインハイブリッドやEVといった次世代パワートレインまで用意するという意欲的なもの。さらに、このクラス専用の新しいデザイン言語を投入するとともに、車両開発の面でも若者向けのフレッシュなアイデアを盛り込むという。新しいコンパクトカーの生産は2017年中に立ち上げる計画だ。
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次期40シリーズ用のプラットフォーム「CMA」
ボルボはいま、自動車メーカーとしての自主独立に向けた道のりの真っただ中にある。1927年に創業した同社は、1999年にフォード傘下となり、その車両開発はフォードグループ全体の計画に取り込まれることとなった。言い換えれば、このときからボルボ車の多くはフォードグループ内で共同開発されるようになったのだ。これによって経営的な効率は改善されたものの、1台のクルマをまるごと社内で開発するボルボの自主性が脅かされたのも事実。幸い、フォード傘下に入ってもボルボは自主開発を完全に諦めることはせず、部分的にせよ社内で開発する体制を維持し続けた。
この苦労が日の目を見ることになったのは、2010年にフォードがボルボの株式を手放し、中国のジーリーホールディング(浙江吉利控股集団)が新たな株主となったときのこと。彼らは傘下に自動車メーカーのジーリー(吉利汽車)を収めているとはいえ、ボルボのようなプレミアムカーは手がけていない。したがって、ボルボはあらためて自分たちの力で製品を開発する立場に置かれたのだ。
とはいえ、年産50万台ほどのボルボにプレミアムカーをフルラインナップで用意するのは容易ならざることだった。そこで、Dセグメント以上のモデルはSPA(Scalable Product Architecture)と呼ばれるひとつのプラットフォームに統合。これまで直4、直5、直6、V8とあったエンジンラインナップもDrive-Eと呼ばれる新世代の直4に一本化するという大胆な手法により、「60シリーズ」と「90シリーズ」を独力で構築することができた。
しかし、これだけではSPAの守備範囲外となるCセグメントに参入できない。そこでSPAよりひとまわり小さなプラットフォームのCMA(Compact Modular Architecture)を新たに開発。これをベースにして新しい「40シリーズ」を生み出すことにしたのだ。
豊富なバリエーション
もっとも、前述のとおり年産50万台ほどのボルボがCセグメント専用のプラットフォームを新規開発するのはかなりの重荷と思われる。そこで開発されたCMAは兄弟会社のジーリーでも使われることになったのだが、これですべて丸く収まったと考えるのは早計である。世界最大の自動車市場にして世界最大の自動車産業国として知られる中国だが、実はジーリーの年産は約50万台とボルボと同規模。しかも、CMAを用いるのはジーリーのなかでも一部のモデルに限られるので、彼らとの提携で得られるスケールメリットはあくまでも限定的なものとなる。言い換えれば、CMAはほとんどボルボだけのために作られるわけで、それだけ次期型40シリーズに対する社内の期待値も高くなると推測される。
今回、発表された計画がかなり意欲的な内容だったのは、こんな背景があったからだろうが、そのことを象徴するのがパワープラントの豊富なラインナップである。
まず注目されるのが、3気筒エンジンのデビュー。その排気量は1.5リッターなので、おそらくは現行Drive-Eの4気筒 2リッターのモジュラー版だろうが、既存の4気筒版にも1.5リッターは用意されており、将来的に3気筒版と4気筒版がどういう形で販売されるかは不明である。
ここで興味深いのが、この3気筒エンジンをベースにして開発されるプラグインハイブリッドモデルが登場すること。すでにボルボはツインエンジンの名で「XC90」にプラグインハイブリッドモデルを用意しているが、フロントをガソリンエンジンで、リアをバッテリー+電気モーターで駆動するXC90とは異なり、40シリーズでは7段DCTのインプットシャフトに電気モーターを直結した構成となる。つまり、「ホンダ・フィット ハイブリッド」と同形式(ただし、フィットはプラグインではない純粋なハイブリッドモデル)を採用するのだ。
さらに新型40シリーズにはエンジンを搭載しない純粋なEVも用意される。しかも、航続距離が最長350kmに達するというから、こちらも楽しみである。
もっと力強くモダンに
ボルボの新しいコンパクトカーで興味深いのはハードウエアばかりではない。それどころか、新たに生み出されたデザイン言語のほうが、次期型40シリーズが目指す顧客層を正確に言い表していると言っても過言ではない。
現在、ボルボのデザインチームを率いているのはトーマス・インゲンラート。彼が手がけたXC90は新世代のボルボを体現する造形として好評を得ているが、新型40シリーズはXC90とは大きく異なるデザインを採用するという。
その方向性を示しているのが、今回の発表会で公開されたふたつのコンセプトモデル、「40.1」と「40.2」である。
一見してわかるとおり、40.1はSUVで40.2はセダン。おそらく40.1は「XC40」を、そして40.2は「V40」のスタイリングを示唆したものだろうが、現行XC90とは大きく異なり、シャープなキャラクターラインが強く印象に残るデザインとなっている。
「現代の若者は、父親が所有するクルマの縮小版に乗りたいとは思っていません」とインゲンラート。「もっと力強い主張があり、コントラストが鮮明で、モダンな表現を求めているはずです」 なるほど、インゲンラートの説明にあるとおり、40.1と40.2はダイナミックで若々しい印象を与えるものの、そのいっぽうで、ボルボのトレードマークであるアイアンマークを備えたフロントグリルは最新のXC90と共通のイメージで仕上げられており、一目でボルボファミリーの一員であることがわかる。
近年、ドイツの“プレミアム御三家”はブランド内のデザインを共通化することに血道を上げてきたが、いっぽうで、こうした方針が「どれも同じに見えて退屈」との批判を一部で生み出してきたのも事実。こうした声に応える形で、メルセデス・ベンツのゴードン・ワーグナーはコンパクトカー、セダン、SUV、スポーツカーといったカテゴリーごとにデザインのテイストを変える手法を編み出したが、同じセダンであればクラスに関わらず共通のデザイン言語でまとめられていることが新たな不満のタネとなっているようだ。この点、インゲンラートが提唱する「サイズによってデザイン言語を変える」という手法は、実に賢明なアイデアだといえるだろう。
果たして、新しい40シリーズはボルボの主力モデルに生まれ変わることができるのか? 今後の動向に注目したい。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=ボルボ・カー・コーポレーション)

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。