メルセデス・ベンツC63 AMGクーペ(FR/7AT)【試乗記】
スポーツカーそのもの 2011.10.31 試乗記 メルセデス・ベンツC63 AMGクーペ(FR/7AT)……1252万円
500psに迫る強心臓をもつ“2ドアのCクラス”が日本上陸。その実力はいかほどのものなのか? ワインディングロードで試した。
快楽のパワートレイン
箱根山中のワインディングロード。コーナーに侵入し、ブレーキを残していると、クリッピングポイント手前でV8がひときわ吠えた。
おお、ここでダウンシフトしてくれるとは! 電光石火、正確無比。ダブルクラッチによる衝撃、いっさい皆無。下手の横好きのダブルクラッチとはダブルクラッチが違う。絶妙のタイミングでもって、レッドゾーンのはじまる7200rpm近くまで回転計のニードルが跳ね上がる。文字通り機械の正確さで完遂される、本物のダブルクラッチ。「AMGスピードシフトMCT 7スピード・スポーツ・トランスミッション」という長い名前のマシンがすなる芸術的自動演奏にほれぼれしながら、アクセルペダルをガバチョと踏み込む。
低燃費モードも備えるこのオートマチックギアボックスは、SまたはS+にすると、あっぱれなダブルクラッチによる自動ダウンシフトを披露し、レヴリミット手前での名人芸を見せるや、名機の誉れ高い自然吸気6.2リッターのメルセデスAMG製156型ユニットが完璧に調律された8本のシリンダーと管楽器たるエグゾーストによる打楽器系サウンドでもって、ドライバーを陶酔の境地へと誘う。野生の魂が呼び覚まされる。こいつはスゴい!
なぜ、こんなにすばらしいのか? ひとつにはこの個体がパフォーマンスパッケージであるためだろう。車両価格1085万円を支払える者なら、その1割以上に相当する125万円の高額オプションとはいえ、ゆめゆめこれを惜しんではならぬ。そもそもスゴい457psを30psばかり向上させることにどんな意味があるのか?
気持ちがイイのである。より大きな快楽に代償が伴うのは当然のことだ。しかしてこれは、自動車という現代アートに1000万円以上を投ずることができる現代の数奇者にとって、けっして高くはあるまい。
気持ちイイには、ワケがある
なにしろボンネットの奥に潜むV8は、フツウのC63用156と違って487psを発するばかりではなく、かの“ガルウイング”「SLS AMG」のテクノロジーが移植され、鍛造ピストンとコネクティングロッド、それに軽量クランクシャフトを隠し持つ。エンジンだけで3kg軽くなっているのだ。軽さとはすなわち、イナーシャ(慣性力)低減であり、アジリティー(軽快さ)と高回転域におけるレスポンスの向上、つまるところ自動車快楽の増進を意味する。
パフォーマンスパッケージはさらに、ストッピングパワーを強化し、リミテッド・スリップ・デフを備える。見た目の変化も大きい。ホイールは18インチから19インチのマットブラックペイントとなって足もとを引き締め、赤く塗られたブレーキキャリパーが赤と黒のコントラストをなす。トランクリッドには控えめなカーボンスポイラーが飾られ、内装に目を転じると、ややスクエアなステアリングホイールのグリップ部分がアルカンターラとなる。バックスキンのような手触りのこのアルカンターラが、ベースボールバットのグリップのようでもあり、じつにヨイのである。
そもそも2ドアクーペボディーはC63 AMGクーペの最大の魅力だ。見た目がスッキリしているだけではなくて、着座位置が低い。重心が低い。4ドアセダンに比べて、全長、全幅、ホイールベース、トレッドは同一ながら、ルーフが40mm低い。車重が4ドアセダンより30kg重くて、おまけにガラスの屋根で重くなっているのは減点対象だし、前後重量配分は53:47と、依然フロントヘビーではある。ではあるけれど、ともかく人車一体感がフェイスリフト前の「C63 AMGセダン」より感動的に増している。
ちなみにカタログの寸法表によると、シートから天井までの距離がセダンの950mmに対して、クーペは980mm。ということは、シートポジションがそれだけ落としてある。それゆえ、屋根は低いけれど、窮屈な感覚は皆無。Aピラーもセダン/ステーションワゴンより寝ているはずだが、Aピラーが顔面に刺さりそうな強迫観念とも無縁だ。
洗練された鬼神
C63 AMGはフェイスリフト前から乗り心地がよかったけれど、前235/35、後ろ255/30という、ともに19インチのZR規格ウルトラ扁平タイヤを履くテスト車はいっそうインプレッシヴであった。一般道においても、ちょっと堅いな、と感じる程度で、ゴツゴツ感皆無。飛ばせば飛ばすほど、よくなる。姿勢変化は穏やかかつ控えめで、ごく自然にゆっくり行われる。ステアリングフィールはあらゆるクルマのお手本で、山道では絶大なる信頼感、安心感、自信をもって走り回ることができる。
メルセデスの後輪駆動車にあって最もコンパクトなボディーに、メルセデスの最大排気量エンジンを搭載したC63 AMGは、メルセデスであってメルセデスでない、鬼神あるいは魔神的メルセデスである。それはいまも変わらない。
けれども、ボンネット上の2本のブリスターがさながらツノのようで、まさしく鬼面、人を驚かす面構えであった改良前のC63は、過剰なまでの暴力性が強調されすぎていたきらいがあった(もちろんそれが魅力でもあった)。
今回、加わったC63 AMGクーペはその鬼の面を若干修正し、ピュアドライビングマシン、または健康的なアスリートたらんと欲した。4ドアセダンのスポーツカーも、これはこれでケレン味があってよいのでありますが、クーペはカタチからいってもスポーツカーという言葉から想像されるスポーツカーに近くなり、実際乗ってみても、きわめて高性能なスポーツカーであった。なにしろSLS AMGと同じ種類の興奮と快楽が、はるかに気軽かつ気楽に、SLS AMG、2430万円の半額以下で手に入るのだ。
2012年からDTM、ドイツツーリングカー選手権にBMWが「M3」をもって参戦する。これにより、アウディ、BMW、メルセデスによる新三国志が繰り広げられる。中身は別物であるにしても、メルセデス陣営はこのC63 AMGクーペでチャンピオンシップを争う。「戦う男 もえるロマン」と、ささきいさおも歌っているように、C63 AMGクーペには、もえるロマンもある(ちなみに「宇宙戦艦ヤマト」の主題歌の2番ですけど。作詞は阿久悠)。
C63 AMGクーペは、伝説的な「190E 2.3−16」以来のコレクターズアイテムになる、と筆者は予言する。予言なので、当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦である。
(文=今尾直樹/写真=高橋信宏)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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