第470回:大矢アキオのパリモーターショー2016(前編)
出展ブランド減っても元気! パリならではの名物スタンド
2016.10.07
マッキナ あらモーダ!
6年間で70ブランド減
パリモーターショー2016には、19の国と地域から大小含めて230ブランドが参加。世界初公開、欧州初公開そしてフランス国内初公開は合わせて140点というスペックで開催された。
参考までに、前回の2014年は260ブランド。さらにさかのぼると、6年前の2010年は300ブランド以上が出展していた。
今回はランボルギーニ、ベントレー、ブガッティといった超高級ブランドが相次いで“欠席”した。あるスーパーカーブランドの幹部が欧州メディアに話したところでは、「それは資金的な問題だ」という。同時に彼らが、ターゲットとする顧客がより多く集まるコンクールなどのイベントに出展の場を絞り始めたのは、明らかである。
賢かったのはアストンマーティンだ。特別展『映画とクルマ』のパビリオンにボンドカーの車両を、ブリヂストンのブースに新型車「DB11」を提供した。自社ブースを持つ必要がなく、取引先も喜び、かつファンもそれなりに満足する、うまい手法である。模倣するブランドが続きそうだ。
欠席はハイエンドなブランドに限らない。ボルボは2014年に発表した「国際ショー出展集約化計画」にのっとって、今回パリでの出展を見送った。
だが最も象徴的な欠席者はフォードであろう。筆者の記憶によれば、かつては解雇に反対するボルドーの変速機工場の従業員たちが会場に乱入したり、最寄りの地下鉄駅にステッカーを貼ったりしたものだ。だが、そうした話も「今は昔」になった。
パリ西部ポワシーの工場でフォードが生産されていたことを考えると、彼らの不在は時代を象徴している。
パビリオンの中には、当初そうしたブランドが展示するはずだったと思われる広大なレッドカーペットの“空き地”がいくつかみられた。一方で、主要モーターショーの中で最も貧弱だったプレスセンターが、従来のプレハブ小屋から、空きパビリオンを用いた広大な施設に変わったのは、なんとも皮肉なことである。
パリショーといえばマイクロカー
参考までに、パリモーターショーの入場料がいくらかというと、大人ひとり16ユーロ(1800円)と決して安くない。筆者のパリの知人は5人家族だが、ショーに行くのは特にクルマに関心が高いという“選抜メンバー”だけ。2人に絞って、出費を抑えるらしい。
今回主催者は、集客数を増すべく「10歳以下は無料」という策を打ち出した。そうしたストラテジーがどれだけ功を奏するかは、18日間の会期後に発表されるクロージングリポートを待つことにしよう。
ところでパリモーターショーといえば、「マイクロカー」と呼ばれる軽便車のブースも、ちょっとした名物である。
「リジェ」は昨年に85歳で他界した元F1ドライバー、ギ・リジェが引退後に設立したマイクロカーの製造業者である。前述のように大メーカーが出展を見送る中、フランス国内メーカーが集うメインパビリオンである1号館に進出していた。
さらに今回のショーでは、初の試みとして、一角にマイクロカー免許取得の啓発コーナーまで設けていた。
フランスでは学科5時間と実技2時間の計7時間の講習を受けるだけで、14歳以上なら誰でもマイクロカー免許を取得することができる。費用は350ユーロ(約4万円)だ。高齢者の移動手段としてのイメージが強かったマイクロカーを、若者にアピールする。
大手メーカーが国外工場製のモデルをラインナップに加えているのに対して、「全製品メイド・イン・フランス」であることも、郷土愛が強いこの国の人々に向けた訴求ポイントとなっている。
今回はなんと、ギ・リジェ氏の孫でCEOを務めるフランソワ・リジェ氏に会うことができた。氏は「従業員約300人の小さな会社です。しかしそれゆえに一丸となって技術を模索し、革新してゆくのは、極めてエキサイティングな仕事です」と語る。筆者が「おじいさまの時代のF1のようですね」というと「まさにその通りです」とうれしそうにうなずいた。
レトロな警察車両も必見
メーカー以外の展示も見てみよう。
「警察保存友の会」は毎回、クラシックな警察車両を引っ提げて参加を続けてきた。今回は、ルノーの古いレッカー用トラックだ。元警察官がレトロな制服を着用して立っているさまは、コミックのワンシーンを見るようでもある。
しかし、同会の顔役的な存在であるアラン・フォイアトル氏の語り口は熱い。
同会は、車両のレストアのために、キーホルダーをはじめとする各種グッズをこつこつと販売。同時に一般の愛好家から寄付を募っている。さらに、レストア作業そのものを中学校に託すことで、技術実習の教材として活用してもらっているという。
決して、単なる懐古趣味やコスチュームプレイではないのである。
スタンドには、かつて交差点の交通監視に用いられていた、円筒形の台も展示されていた。アラン氏によると、フランスではその形状から、cocotte-minuite(圧力釜)と呼ばれていたらしい。
118年前の1898年まで起源をさかのぼることができ、世界5大モーターショーで最大の入場者数を誇ってきたパリは、冒頭のように時代のうねりの中で大きな曲がり角に立っている。
しかし、地道に参加してきた出展者たちを訪ねるのは、いつも楽しい。そして、彼らとの会話は、かめばかむほどうまいバゲットのように、何度も通うごとに味わいが深くなるのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。