第135回:アウトローにはおっさんアクションが似合う
『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』
2016.11.11
読んでますカー、観てますカー
30年ずっとイケメンのトム・クルーズ
トム・クルーズはイケメンである。多分、異論は出ないだろう。1986年の『トップガン』で世界的なスターの座を獲得し、30年にわたって男前代表として君臨してきた。チャラめの役柄が似合っていたが、1996年の『ミッション:インポッシブル』が転機となった。イーサン・ハントを演じてアクションのジャンルでもトップに立つ。5作目の『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』でも衰えぬ肉体を披露している。
節制と鍛錬を持続していることには頭が下がる。しかし、彼も54歳。そろそろ先のことを考えなければならないだろう。イケメン俳優では先輩にあたるケビン・コスナーは、『カンパニー・メン』や『マン・オブ・スティール』でいい感じのおやじになっていた。61歳という年齢にふさわしく、熟成を重ねた姿だ。2004年の『アルフィー』で超絶モテ男を演じたジュード・ロウは、このところヤバい悪役もオファーされるようになった。まだ43歳だが、ヘアスタイルの著しい変化が影響しているのだろう。
レオナルド・ディカプリオに至っては、2011年の『J・エドガー』でハゲでデブの中年ゲイという難役に挑戦していた。昨年は『レヴェナント:蘇りし者』で熊に食われていたし、『タイタニック』は遠い昔になった感がある。41歳だからまだまだ色男で行けるのに、わざわざ汚れ役をやりたがっているようだ。
日本ではもうすぐ44歳になるキムタクがなかなか次のステージに進めずにいる。『ロング・バケーション』のイメージは簡単には払拭(ふっしょく)できない。どのタイミングでイメチェンするかは、二枚目が必ず直面する課題である。トムも自分が難しい時期を迎えたことは十分に理解しているはずだ。
バスで移動する放浪ヒーロー
『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』は、イーサン・ハントとは異なるオルタナティブなヒーロー像を示している。シリーズ2作目で、前作は本欄でも紹介した2013年の『アウトロー』だ。元陸軍少佐の主人公ジャック・リーチャーは、アメリカ中を放浪している。持ち物はわずかな現金と歯ブラシだけで、着替えすら持たない。ハントの洗練はなく、いくぶん粗野で時に乱暴者となる。
バスで移動するから、路線は知り尽くしている。蛭子能収と組めばテレ東で人気番組のレギュラーを張れそうだ。食事はもっぱらロードサイドのダイナーである。冒頭シーンでは、ダイナーの外に数人の男が倒れている。リーチャーが素手で倒したのだ。通報を受けた保安官が中でコーヒーを飲んでいた彼を逮捕すると、平然と言い放つ。
「90秒以内に2つのことが起きる。まず電話が鳴り、この手錠はお前の手に移る」
ハッタリではなく、予言はそのまま現実となった。アクションスリラー映画として理想的な導入シーンだろう。主人公が神がかった格闘能力を持つとともに、作戦遂行に卓越したスキルを発揮することを簡潔に描き出している。リーチャーはバスに乗ってバージニアを目指す。彼の後任となったスーザン・ターナー少佐(コビー・スマルダース)に会うためだ。
執務室を訪れると、彼女の席には上官のモーガン大佐(ホルト・マッキャラニー)が座っていた。ターナー少佐は国家反逆罪で逮捕されたという。部下が戦場で殺害され、彼女には情報を漏らした嫌疑がかかっている。
悪者は黒のSUVで現れる
説明に納得しないリーチャーが退出してダイナーに向かうと、尾行してくる黒いクルマがあった。「ダッジ・デュランゴ」である。この手の映画で黒のSUVに乗っているのは、悪者というのが相場だ。リーチャーはもちろん察知しているから、裏をかいて雑魚キャラをたたきのめす。サイドウィンドウを素手で破るのがリーチャー流である。ハントならもう少しスマートな方法をとるだろう。
かくしてターナー少佐とバディーを組むことになるのだが、なかなか息が合わない。ルール無用の一匹おおかみとポリティカル・コレクトネスが染み付いたエリートでは、行動様式も思考方法もかけ離れている。正義を実現するという目的が同じでも、選ぶ道筋がまったく違うのだ。
彼らはアメリカ軍を舞台にした巨大な陰謀に巻き込まれてしまった。利権をめぐって暗闘が展開されているらしい。巧妙な情報操作で二「人は殺人犯として追われることになった。窮地に追い込まれた上に、リーチャーにはさらに面倒な事態がふりかかる。15歳の娘がいることが判明したのだ。ゴルゴ13のように「女は一夜限り」という掟(おきて)を持つ彼にとっては、痛恨の極みである。放浪者が家族を持つなんて、あってはならないことだ。
生意気で気まぐれで口ばかり達者なのがティーンエイジャーの娘である。国に危険を及ぼす悪の組織に正義の鉄ついを下そうとしているのに、彼女が現れたことで計画はうまく進まない。15年間知らずに放置していたという後ろめたさもあり、リーチャーは娘を持て余す。
カーチェイスはパトカーで
娘の不用意な行動から敵に居場所を察知され、彼らは危険な状況に陥ってしまう。ニューオーリンズのハロウィーンパレードで、敵と追いつ追われつの戦いが始まった。道具立てとしてはありきたりだが、本物のパレードを背景にした撮影は迫力がある。
前作では、リーチャーが「シボレー・シェベルSS」で「アウディA6」とバトルを繰り広げた。今回も激しいカーチェイスシーンが見どころになっている。ただし、クルマは「ダッジ・チャージャー パースート」。つまりパトカーなのがちょっと寂しい。自分のクルマを持っていないから、乗るのはリーチャーがたまたま調達できたモデルになってしまう。次回作では、ぜひともまた1960年代のマッスルカーを登場させてほしい。
華麗でスタイリッシュな『ミッション:インポッシブル』に対し、このシリーズはゴツゴツした荒々しさに満ちている。飛行機にしがみついたり超高層ビルの壁を走ったりする派手なアクションシーンはない。CGは極力使わず、生身の肉体で勝負する。リーチャーはパンチ一発で相手を殺してしまうのだが、トム・クルーズの身のこなしがしっかりとリアリティーを与えていることに感心する。
リーチャーは完全無欠のヒーローではなく、見た目はわりとおっさんだ。顔の皮膚のテクスチャーも隠さずに見せていて、無駄な若作りはしていない。イーサン・ハントよりは長く続けられそうなキャラクターだ。アクションをこなせるおっさんという評価が確立すれば、トムが10年後に『エクスペンダブルズ』に出演してもおかしくない。
(鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。