第479回:これは世界的にも貴重だ!
ショールーム「NISSAN CROSSING」訪問記
2016.12.09
マッキナ あらモーダ!
イタリアではありえない仕事
ロサンゼルスオートショー2016を取材したあと、東京に立ち寄った。銀座に降り立ってみると、プランタン銀座が閉店セールを開催していた。
近年はテナントの「ユニクロ」「ニトリ」ばかり目立っていた感のある同店だが、かつて存在した文具コーナーは、ほかではなかなか手に入らない品が多々あって、ボクのお気に入りだった。この時期思い出すのは、高校生時代、本命女子に宛てたクリスマスカードは、そこで売られていたしゃれたデザインのものをわざわざ購入していたことである。長年同店の広告に起用されていたイラストレーターIZAKのチラシは、切り取っては自分のフランス語学習用ノートの表紙に貼り付けていたものだ。
だからボクは、「閉店」と知って、なんとも複雑な気分に襲われた。
気がつけばその一方で、銀座4丁目交差点の、あの「日産ギャラリーのビル」が、まったく新しくなっているではないか。
本欄第344回で記した通り、前身のサッポロ銀座ビルが閉鎖されたのは、2014年3月31日。新しいビル「銀座プレイス」は、2016年9月24日にオープンした(地下のビアホールは先行オープン)。
旧ビルを解体したうえ、地上11階/地下2階のビルをたった2年半の間に、それも東京屈指の交通過密地帯で建ててしまうのは、さすが日本の仕事だ。ちなみに、例の博多駅前の陥没をわずか1週間で復旧したニュースは、イタリアでもかなり話題になっていたようだ。後日フィレンツェで、空港駐車場のシャトル便ドライバーは、ボクの顔を見るや真っ先にその話を切り出して、「イタリアなら最低2年は、穴が空いたまま放置だぜ」と笑った。
パリの香りが迎えてくれる
その銀座プレイスの1階、2階を占める新しい日産のショールームは、「NISSAN CROSSING」という。表参道にあるレクサスのカフェは、「INTERSECT」。両方とも“交差”つながりだが、日本を代表する交差点にある日産のほうが、よりネーミングに合致している。
入った途端、よい香りに包まれた。それは、2016年10月のパリモーターショーの日産ブースに漂っていたのと同じ香りであることがすぐにわかった。日産の新たな“グローバル戦略”である。なお、スタッフに聞けば、純正の車内用フレグランスに、同様の香りの設定はないという。ショー会場やショールームでのお楽しみというわけだ。
イタリアでは、ファッションブランドのチェーンで、ディフューザーを使って各店舗で共通の香りを30分に1回噴射しているところがある。「香りアイデンティティー」は、各界で加速している。
さてNISSAN CROSSINGの「センターステージ」と称する1階には、「シリンダー」と名付けらけた円筒形ステージを含め、3台の車両を展示できるスペースが用意されている。驚くべきは2階だ。日産がルノー傘下となって新CIを導入するよりずっと前、ボクが中学生/高校生時代だった1980年代の日産ギャラリーは、らせん階段で上がる小さな2階があって、狭いスペースに1台が押し込められていたものだ。
対して、新しいビルでは、1階と同じだけのスペースが与えられている。横浜のグローバル本社ギャラリーと同様に、日産グッズを取りそろえたブティックもある。そこでは、早速外国人観光客がミニカーを買い求めていた。「クロッシング・カフェ」と名付けられた喫茶スペースも設けられている。その一角には、日産デザインに関する本も並んでいるのだが、手が届かない高さのところに置かれている。持ち去り防止とはわかっているが、簡単に閲覧できないのは少々惜しい。
時代は“フェア男”を求めてる!?
リニューアルされていたのはショールームだけではない。そこで働くスタッフのメンバー構成もしかりだ。
2階にディスプレイされていた「セレナ」の半自動運転機能を丁寧に解説してくれたのは、日本語も極めて流ちょうな中国語対応スタッフだった。しかも、ボクが訪れたときに1階のメインとなる受付にいたのは女性ではなく、数名の若いイケメン男性であった。ボクは従来のミス・フェアレディにちなんで、勝手に彼らを「ミスター・フェア男」と名付けた。
考えてみれば、女性ドライバーが増加し、さらに家族でも女性がクルマ選びのキャスティングボードを握る今日になってなお、ショールームの顔として男性がいなかったほうが不思議だった。欧州のモーターショーでは近年、ブランドによっては車両説明ができる男性コンパニオンを増員している。そうしたことからも、男性スタッフの充実は時流にのったものであり、歓迎すべきだろう。
欧州の主要メーカーはどうかといえば、ボクが知る限り、主要都市において、これほど街の中心に大型ショールームはない。パリ・シャンゼリゼ通りにあるプジョーの「アトリエ・プジョー」は狭いし、同じくシャンゼリゼのシトロエンの「C42」は、ほとんど通りの端っこだ。トリノやミラノのFCAショールーム「モーターヴィレッジ」は、タクシーでなければ行きにくい立地である。自動車ショールームの目的のひとつは、クルマにまだ乗っていない人にその魅力を訴求することである。そうした意味で、都会のど真ん中にあるNISSAN CROSSINGの存在意義は高い。
そのNISSAN CROSSINGで、いい場所を見つけた。2階に設けられた巨大な窓だ。年を取ったら、銀座の木村屋で買った酒種あんぱんをかじりながら、そこから4丁目交差点を見下ろして、行き来するクルマを見るのを今から楽しみにしている。
そのころには、自動運転車が巧みな動きで往来しているに違いない。うっかり「日産ギャラリー」などと口にして、いまだJRを「国電」と呼んでしまうおじさん同様、笑いの種にならぬよう気をつけなければ……。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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