ルノー・トゥインゴ ゼン(RR/5MT)
普通って素晴らしい 2017.01.06 試乗記 ルノーのAセグメントモデル「トゥインゴ」に、エントリーグレードの「ゼン」が登場。ベーシックであることを突き詰めたフレンチコンパクトには、普通のものの良さ、普通であることの素晴らしさが凝縮されていた。価格も魅力のベーシックモデル
昨年9月に「ルノー・トゥインゴ インテンス キャンバストップ」に試乗した後の懇談で、MTモデルを追加する可能性があるという話を聞いていた。0.9リッターターボ+EDCも良かったのだが、自然吸気(NA)1リッターとMTという組み合わせには心が躍る。発売時に「サンクS」の名でそうした仕様が用意されていたが、わずか50台の限定だった。今回のグレード追加で、晴れてカタログモデルになったのである。
当初のラインナップは「インテンス」と「インテンス キャンバストップ」のみで、どちらもデュアルクラッチトランスミッションのEDCが採用されていた。インテンスというのは、ルノーのグレード設定では豪華装備の上級版を意味する。今回加わったゼンは、シンプルでベーシックなグレードだ。EDCモデルもあってインテンスより9万円安、MTモデルはさらに9万円安い。価格だけを見ても魅力的である。
もともとシンプルなトゥインゴなので、インテンスと比べて極端に見劣りすることはない。外観ではサイドモールのクロームフィニッシャーが省略されているぐらいだ。オートエアコンやオートライトは装備されないが、どうしても必要なものではないだろう。ホイールがアロイでなくなるのは少しさびしいところ。安全関連についてはまったく同じ装備である。
トゥインゴの魅力は、ミニマムを極めてポップに至った徹底的な合理主義にある。最小限のパワーユニットで、不必要な自動化を取り除いたゼンは、さらに研ぎ澄まされたエッセンスのようなクルマと言ってもいい。自動車の根源的な魅力を感じることができるのではないかと、大いなる期待を抱いて試乗に臨んだ。
あの名車を思い起こさせる遅さ
高速道路のSAに集合し、撮影しながら試乗を開始した。別のクルマから乗り換え、カメラカーを追う。しかし、なぜかどんどん離されてしまうのだ。うっかりサイドブレーキを解除し忘れたのかと思ったが、そんな初歩的なミスはさすがにしない。ただ単純に遅いのである。
この時点では資料を入手できていなくて、スペックを知らなかった。後で確かめると、直列3気筒1リッターエンジンの最高出力は71ps。ターボの90psに対して80%に満たない数値だ。最大トルクはもっと差がある。ターボが13.8kgmでNAは9.3kgm。約67%である。発生回転数が高いのは、加速にとってさらに不利な条件だ。
最近は排気量が小さいクルマでも、強力なターボで十分なパワーを供給するのが定石だ。このようなアンダーパワーのクルマにはめったにお目にかかれない。今時は少々のハイパワーには驚きもしないが、遅いのは逆に新鮮である。ダンテ・ジアコーサの「フィアット500」を思い起こさせる。あのクルマもRRでMTだから、構成は同じなのだ。
小さなエンジンをブン回してかっ飛んでいくというのが古典的なホットハッチのセオリーだ。最近で言えば、「スズキ・アルト ワークス」がまさにそういうクルマだった。トゥインゴは違う。エンジン回転の上昇はあくまでゆったりマイペースだ。回転計すら備えられていないが、オーバーレブの心配はないだろう。スポーティーな走りを求めるのは無理筋である。
アクセルペダルは2段階になっていて、踏むと一度引っかかる感触がある。その先に次の踏み代があるので、踏み込めば目の覚めるようなパワーが出るのではないかと期待するのは当然だ。しかし、一筋の光明すら断ち切られてしまう。ペダルを床まで踏みつけてもドラマは起きなかった。
覚悟があればキビキビ走る
足元の空間が狭いので、フットレストが装備されていない。巡航中は左足を直角に曲げておとなしく床に置いておくことになる。シフトを繰り返して最低限のパワーを維持することが想定されているのだ。とは言っても、シフトフィールはフツーである。ギアを入れるたびに快感を覚えるというようなことはなく、事務的に変速が遂行される。理想のフィールを得るためにクラッチの設計を見直したという「マツダ・ロードスター」のような突き詰め方とは無縁である。
乗り心地は普通に悪い。路面の悪いところでは、結構な突き上げを体感する。このあたりは、インテンスとのホイールの差が影響しているのかもしれない。なんだか欠点ばかりをあげつらっているようだが、好きか嫌いかで言えば大好きである。けなしていると取られるのは心外だ。指摘したことは、クルマの価値を損なうようなポイントではない。
エンジンの回転が上がらないといっても、遅すぎて危険というわけではないのだ。交通の流れには十分についていける。爆発的な加速が必要な場面に遭遇することがたびたびあるわけではない。適切なシフトで一定の回転数を保っていれば、キビキビと走ることができる。乗る側の覚悟と向上心が試されているのだ。
乗り心地に不満を言うのも見当違いというものだ。ホイールベースの短いコンパクトカーで車重も軽いのだから、高級車並みの快適さを求められても困る。トゥインゴは楽しくシフトして乗れるし、小回りが利くのはこの上ない美点だ。唯一無二の運転感覚を持つクルマである。多少の苦労はあるものの、安価にパリのおしゃれグルマが手に入ることを喜ぶべきだろう。
好燃費の良質な実用車
セリングポイントを言葉で表現するのが難しいクルマだが、数値ではっきり示すことができるのが燃費だ。元気に走り回った結果の17.0km/リッターというのは立派である。過剰なパワーや重量増を招く無駄な装備がなければ、特別なテクノロジーを使わなくても効率的な走りができることを証明している。
MTのトゥインゴ ゼンは、今時珍しい普通のクルマである。良質な実用車で、余分なものが付いていない。昔は日本にもこういうクルマがあったが、今手に入れようとするなら新興国向けの大衆車でも探すしかないだろう。成熟した消費社会では、プレミアムとか豪華さといった付加価値がないと商品としては成立しにくい。普通という価値を理解する人間は多くないのだ。
<「こうやった」「ああやった」と語るのが流行(はや)りなのでしょうか。「普通のもの」がなかなかないのです。「安さ」だけだったり、「格好」だけだったり、「主張」だけだったりで、普通に素晴らしいとなると、そうはない>
『老舗の流儀 虎屋とエルメス』という対談本で、元エルメス本社副社長の斎藤峰明氏が語った言葉だ。高級ブランドの極みのように見えるエルメスだが、流行にとらわれることなく創業の理念を守ってものづくりをしてきたことが長続きした理由なのだという。「普通のもの」の良さがわかるからこそ、エルメスは憧れのブランドになり得たのだ。
徳大寺有恒さんは、あるプレミアムブランドのクルマを指して「◯◯なんて、良いだけじゃないか!」と喝破した。世間で流通する価値を従順に受け入れるばかりでは、人は自由になれない。自らが価値を創出する気概を持っている者だけが、普通であることを選択する資格がある。
(文=鈴木真人/写真=郡大二郎/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
ルノー・トゥインゴ ゼン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3620×1650×1545mm
ホイールベース:2490mm
車重:960kg
駆動方式:RR
エンジン:1リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:5段MT
最高出力:71ps(52kW)/6000rpm
最大トルク:9.3kgm(91Nm)/2850rpm
タイヤ:(前)165/65R15 81H/(後)185/60R15 84H(ダンロップ・スポーツブルーレスポンス)
燃費:--km/リッター
価格:171万円/テスト車=186万1470円
オプション装備:フロアマット(1万9440円)/ETC車載器(1万2960円)/クレードル(5400円)/デカール[パックライン](8万6400円)/キッキングプレート(1万9440円)/フロントグリルバッジセット(5940円)/シリコンキーカバー(1890円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:883km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(6)/山岳路(0)
テスト距離:449.0km
使用燃料:28.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:16.0km/リッター(満タン法)/17.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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