第36回:カーマニア人生劇場
ある激安中古車専門店オーナーの夢(その2)
2017.04.11
カーマニア人間国宝への道
まるで廃車置き場
(その1)からのつづき
リュウの店に対する私の第一印象は、「廃車置き場?」だった。
場所は国道のバイパス沿いだが、周囲に建物はまばらで、空がやたら広い。敷地の周囲は枯れたアシで囲まれており、よく見ると天然の水路が敷地の周囲を半周し、国土交通省の「大雨時 冠水注意」という標識も立っている。
「2~3年前だったかなぁ。敷地が水びたしになって、クルマが半分くらいダメになりました。でも、ここから動くつもりは全然ないです」
考えてみれば、原価5万円のクルマが25台水没しても、被害は125万円。いわゆる普通の中古車1台分にしかならない。損害は軽微である。
建物が建てられず、大雨の時は冠水する。実は住所すらないという。そんな土地だからこそ、これだけの広さで地代が月数万円なのだ。
在庫車は、軽が約3分の2を占める。普通車も小型車が大部分。つまりほとんどハッチバック車だ。
そしてなぜか、リアハッチを開けているクルマが多かった。虫干しだろうか。
「いや、こうしておかないと、廃車置き場と間違えられるんで。営業してますよーという合図みたいなものです」
お客さんから「これからそっちへ行く」という連絡が入って待っていても、ここが店だとわからずに、通り過ぎてしまうことも多いという。
速いと1分、成約率は9割
激安中古車の販売は、仕入れ資金が極小で済み、利益率が高いことは前述したが、もうひとつ有利なことがある。
「こういうクルマは、回転も商談も速いんです。少なくともうちの店はそうです」
多くの客は、スマホなどで目当てのクルマを決めてやってくるが、そこから決断までの時間が極めて短い。
「速いと1分。平均5分ですね」
しかも、来店客の9割がクルマを買って帰るというのだ。なんという成約率!
私が以前聞いたところでは、ごく普通の国産中古車販売店で、成約率は約6割。新車ディーラーになると過半数が冷やかし客となり、試乗やら値引き交渉やらで、成約まで数カ月かかることも少なくない。
我々カーマニアは、なおのこと決断に慎重だ。マニアだけにこだわりが多く、特に中古車の場合、数限りない台数を見た末に見送ることも多い。
ところがリュウの店では、平均5分間の商談で、9割の客が買って帰る。
「クルマを見ないで、車種やボディーカラーの指定も一切なしで、電話だけで買う人も結構います。『お兄さんのいいと思うヤツでいいから』って」
動けばなんでもいい!
指定は、例えば「10万円ぐらいの軽」というだけ。セダンタイプとかトールワゴンとかハイトワゴンとかスライドドアとか、ボディータイプにすらこだわりを持つ客はほぼ皆無というから、驚くしかない。
彼らは納車まで、自分が買うのがなんというクルマで、色は何か、一切尋ねることもないという。
「そういう風に任せてくれたお客さんは、やっぱりこっちを信頼してくれてるってことですから(笑)、なるべくいいクルマを選んであげようって気になります」
たい焼きのあんこをオマケするような口調でリュウは言った。
「とにかくそういうお客さんは、軽ならなんでもいいんです。さすがに軽トラは農家か荷物運ぶ人限定ですけど、みんな、本当に動けばいいんですよ。僕もそうです。足はなんでもいいです。動けば」
ちなみにリュウの現在の足は、見るからにくたびれたシルバーの初代「フィット」。こだわりのカケラも感じさせない。これが、幼稚園時代からフェラーリに恋い焦がれ、「いつか絶対買ってやる」と誓い続けたカーマニアなのだ。
それよりもっと恐れ入るのは、リュウの店で1分で決めてしまう一般のお客さんたちに対してだろうか。
(つづく)
(文=清水草一/写真=清水草一/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。