ダイハツ・ミラ イース(FF/CVT)【試乗記】
タイトルは、ありません。 2011.09.28 試乗記 ダイハツ・ミラ イースG(FF/CVT)/X(FF/CVT)/D(FF/CVT)……116万7250円/99万5000円/79万5000円
リッター30.0kmの燃費性能をうたう、新型軽乗用車「ダイハツ・ミラ イース」が登場。クルマとしての仕上がりや、いかに!?
感動的な日本のエンジニア
新車の試乗会に行くたび、いつも感心する。もうどこにも改善の余地など残っていないようなのに、細かいところに工夫を凝らして何らかの進歩を見せる。もっと広く、もっと便利に、もっと使いやすく。国民性なのか、日本のエンジニアの精進の姿は感動的だ。粉骨砕身、刻苦勉励、一意専心と、四文字熟語がたくさん頭に浮かぶ。
ただ、改善点の多くがクルマの根幹の部分からは少し離れた部分に関わるものだったことも事実である。「走る・曲がる・止まる」という基本性能よりも、クルマの商品性を向上させる付加価値が優先されてしまうのだ。だから、「ミラ イース」の試乗会には大いなる期待を持って臨んだ。テーマとなっているのは、まさに基本性能である。そして、「走る・曲がる・止まる」だけではなく、もう一つの重要な性能が大幅に向上しているという。省燃費性能のことだが、言い換えればこれは高効率ということになる。
JC08モードで30.0km/リッターという低燃費が最大のウリだ。「第3のエコカー」と名乗っているが、何のことはない、従来のエンジンやシャシーを使いながら、細部をブラッシュアップしているにすぎない。マツダのスカイアクティブと同じ発想である。電気なし、ターボなし、アルミボディもなし。一切の飛び道具を欠いて、どう戦ったのか。
コンセプトモデルとは別物
試乗会場に並べられたミラ イースを見て、印象を言葉にしようとするが、何も出てこない。至って普通の形である。2009年の東京モーターショーに出品されていたコンセプトモデル「e:S(イース)」はスタイリッシュだったと思うのだが、面影は感じられない。聞くと、あのモデルと発売されるクルマは、まったく別物なのだそうだ。燃費、価格の両面で不十分と判断し、新たに発想を練り直したのだ。
高価な素材は使わず、金のかかる新技術も封印する。その代わり、設計部門とデザイン部門が早い段階から議論を重ね、部品点数を減らして補強材も使わない軽量ボディを作り上げた。その結果、簡素にしてつづまやかなフォルムとなったのは致し方ないともいえる。初代「フィアット・パンダ」のようにこれ見よがしにシンプルさを強調すれば主張が生まれるかもしれないが、空力や衝突安全を考えるとそれも無理だろう。
用意されていた試乗車のうち、まず廉価版に乗ってみた。といっても、上から2番目のグレード「X」で、価格は99万5000円だ。80万円を切ったと話題になったベーシックグレード「D」より20万円も高い。ちなみに、FFモデルはどのグレードでも30.0km/リッターの燃費は同じである。「マツダ・デミオ13-SKYACTIV」や「ホンダ・フィットハイブリッド」も30.0km/リッターと称しているが、これは10・15モードの数字。JC08では20km台に落ちる。
シートの色は、ベージュというか黄土色というか、曰く言いがたい色。くすんでいるが、その分汚れは目立たないだろう。前席は特に問題がないが、後席のシートは座面がフラットで長時間乗るとお尻が平らになりそう。それでも広さは確保されていて、前席後席の乗員間距離が930mmというのは「プリウス」と同等だ。ドアトリムは押すと素直にへこむ。久々に軽自動車らしさを満喫した。エンジンを始動させると、ちょっと雰囲気が変わる。ブルー照明のメーターパネルにはエコドライブアシストディスプレイが備わり、エコカー然とした見栄えが誇らしげだ。
乗り心地のいい豪華仕様
発進してすぐに軽さを実感する。身のこなしが軽やかなのだ。もちろんたいした速さではないけれど、気持ちのいい動きである。トータルで60kgの軽量化だというが、このクラスでこれだけのダイエットは称賛に値する。わずか52psのエンジンパワーでも、ストレスを感じない。
ただし、加速時には室内はにぎやかな音色に満たされる。CVTの震えるような高周波音から鈍い排気音まで、てんでに楽音を奏でるのだ。巡航に移ればうそのように楽隊は静まり、それなりに平穏が訪れる。石畳の道に乗り入れると、細かい凹凸の攻撃を防ぎ切ることはできない。暴走よけのバンプを越える際には少なからぬスリルを味わえる。
最上級の「G」は、本体価格が112万円だ。試乗車はさらにキーフリーシステムやプッシュボタンスタートなどをセットにしたスマートドライブパッケージのオプションが付けられ、ナビも装備した豪華仕様だ。ハンドルは革巻きだし、エアコンはオートというところが購買意欲をそそる。
心なしか、乗り心地がいくぶんマイルドになったように感じる。石畳の道に入ると、やはり明らかに違うようだ。サスペンションは同じものだが、ホイールが違うのだ。アルミホイールが用意されるのは、最上級グレードのみである。
試乗会場に戻ると、1台だけ様子の違うクルマがあるのを発見した。ドアハンドルやミラーがブラック塗装になっていて、鉄ホイールにはカバーが付いていない。79万5000円の「D」があったのだ。さっそく試乗を申し込む。
どこにコストをかけるのか
「X」と「G」ではツートーンだったインパネは1色になり、メーターはアンバーでエコドライブアシストディスプレイが省略されている。それくらいの差なら、20万円も30万円も余計に払う必要はないかもしれない。基本装備は同じで、アイドリングストップ機構だってちゃんと装備されている。
ついでに触れておくと、速度が7km/hを下回るとエンジンが止まるという機能は、メーターで見る限り正確に実行されていた。ガソリンエンジンのCVT車としては世界初という停車前アイドリングストップは、ミラ イースの大きなアピール点である。ハイブリッド車のように大きな電池を持たないので、始動の制御が難しいのだ。エンジンのかかるときにはそれなりの音と振動があるが、このあたりはコスト面での割り切りであり、仕方がない。
しばらく走って、こんなにうるさかったっけ、と思い返す。楽団の奏でる音色がボリュームを増し、不協和音があちこちで顔を出すのだ。何だか乗り味までガサツに感じられてくる。気のせいではなく、あとで聞いてみると、遮音材が上級モデルとは違っているということだった。お金がかかるのは、こういうところなのだ。エンジンの高効率化、ボディの軽量化にコストをかけた分、削るところだって必要だ。
ミラ イースに不満を持つ人は少なくないかもしれない。動力性能、質感、乗り心地など、必ずしも最高水準ではないのは確かだ。しかし、これまで詰め切れていなかった細部を徹底的に見なおすことで、従来の技術を着実にステップアップさせた。この成果は、他のクルマにも移植され、基本性能を底上げしていくだろう。軽視できない収穫である。
ここまで書いてきて、困ったことにタイトルにするための言葉が見つからない。でも、それこそがエンジニアの狙いが成功した証しだろう。派手な見出しではなく、実質の豊かな前進が彼らの誇りであるはずだ。
(文=鈴木真人/写真=高橋信宏)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。