ベントレー・フライングスパーW12 S(4WD/8AT)
育ちの良さは隠せない 2017.05.23 試乗記 「ベントレー・フライングスパー」に、最高速度325km/hの「W12 S」が登場! ベースモデルに上乗せされた10psと20Nmに、230万円のエクストラに見合う価値はある? ややコワモテの試乗車と対した筆者は、見て驚き、乗って驚き、走らせてまた驚いた。エクステリアに漂う不穏なムード
ベントレー・フライングスパーW12 Sとの待ち合わせ場所は、マツダ ターンパイク箱根の小田原側の麓、料金所手前の駐車スペースだった。私は1時間ばかり早めに到着したので、すぐ近くにある石垣山一夜城歴史公園に初めて登ってみた。徒歩10分ほどで山頂に至り、朝の7時半頃、清らかな空気と光のなか、幸福な一瞬を味わった。空は晴れ渡り、桜のピンク色の花びらがひらひらと舞っている。天守閣のあった場所は木がうっそうとしていて、新緑のなか、白い花が地面に咲き誇り、夢幻のごとくである。小田原城を一望にできるこの地に築城した秀吉は、家康をはじめ、武将たちを呼び集めて連日どんちゃん騒ぎを繰り広げたという。400年ちょっと昔の話。いまは崩れた石垣のみが残っている。
ある種の歴史的感慨を抱いたのち、私はターンパイクへと向かったのだけれど、いやはやびっくらぽん! すでに到着していたフライングスパーW12 Sを見て仰天した。イギリスの伝統ある名門の高級4ドアセダンをこんな風にしてしまうなんて! これではジェントルマンというより、君はファンキーモンキーベイビーぢゃないか。どう見てもシャコタンで、本来は上品なクロームで輝いているべきパーツが、グリルも窓枠もホイールも真っ黒けに塗りつぶされていて、不穏なムードを醸し出している。
革新とは破壊である。こんな車体色を広報車に選んだ人はエライ! というのはまた別の感想だけれど、ともかく趣味がよいとか悪いとかは紙一重であるというような説を思い出しつつ、私はこのヤンキーなベントレーに対して、サー・リチャード・ブランソンかサー・ミック・ジャガーみたいな反権威主義的アントレプレナー、あるいはロケンローラーな気概を持って臨むことにしたのだった。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
非現実的なほどのスペック
2016年9月にラインナップへの追加が発表され、2017年3月のジュネーブでショー・デビューを果たしたベントレー・フライングスパーW12 Sは、2013年に登場した現行フライングスパー・シリーズの新たな旗艦である。6リッターのW12気筒ツインターボは、最高出力635ps/6000rpm、最大トルク820Nm/2000rpmと、これまでの「フライングスパーW12」よりも10psと20Nm強化されている。この結果、0-100km/h加速は4.6秒から4.5秒に、最高速は320km/hから325km/hに引き上げられている。
果たしてこのような数値にどんな意味があるのか。こと性能に関してはどのみち非現実的な、日本国の法律内にあっては、大気圏外に宇宙服なしで飛び出すような数字だ。制限速度が時速100kmの高速道路で、300km/h出して捕まっちゃったら大変である。まして、それが320km/hではなくて、325km/hだったら速度超過225km/hということになる……。
もちろん、これらの数字は大いなるテクノロジーの進歩を示している、ともいえるし、差異化のための数字、記号にすぎない、ともいえる。どっちなんです? ということを読者諸兄にお伝えするのが筆者のお仕事なのである。
めまいがするほどの加速力!
ドアを開けて運転席に座ると、これまたびっくらぽん。ボディーカラーに合わせてパープルが多用されたインテリアは意外とシックなのだ。後ろの席の住人用に、大きなバニティミラー付きウッドピクニックテーブルなんてのが前席バックレストの裏側に付いていたりもする。32万9300円の、立派な英国家具にふさわしいお値段のオプションである。
そして、走りだしてまたまたびっくらぽん! 同じ635ps、820NmのW12エンジンを搭載する2ドア、「コンチネンタルGTスピード」みたいなのかといえば、さにあらず。コンチGTはエンジンのスタートボタンを押した刹那(せつな)、爆裂音がはじける戦闘ムードたっぷりのクーペだけれど、フライングスパーはあくまで後ろに人を乗せる、その意味ではショーファードリブン的な仕立てを崩さない、いかにも4ドアサルーンらしい4ドアサルーンだったのだ。
ターンパイクを走り始めると、優しくロールする。例によって乗り心地その他のドライブモードを選ぶことができ、「コンフォート」から「スポーツ」まで4段階が用意されている。一番右端の最スポーツに設定しても、エアサスペンションはどことなくフワフワしている。ターンパイクの路面がいいということがあるにしても、平滑な湖面を滑るがごとくにW12 Sは駆け上がる。上りであることはまったく苦にしない。重力をものともしないパワーがある。遅いことが楽しい「ルノー・トゥインゴ」とは種類の異なる、努力しないでも速く走れてしまうことが楽しい世界が展開する。
W12ツインターボは極めてスムーズかつ静かで、たとえアクセルペダルを床まで踏みつけても、控えめに乾いた排気音を轟(とどろ)かせるのみ。メカニカルノイズはほとんど伝わってこない。車重2470kgをあっという間に大気圏まで誘う。モーレツに速いので、全開にできる時間は短い。めくるめくめまいがする。端的に申し上げれば、速すぎてコワイ。ヤバイっす。
人間にはアクセルをオフにする権利もある。あまりにアクセルのオン/オフが極端だと、前輪駆動っぽいようなトルクの変動をステアリングが伝えるけれど、中速コーナーを8割程度のスロットル一定で走っていると、ごく滑らかなステアリングフィールに心地よさを感じる。
230万円で何が買える?
見た目は革ジャンにボロボロのジーンズ、ピアスにタトゥーに安全ピンのパンクロッカーだけれど、フライングスパーW12 Sはソフト&メロウ、ラグジュアリー&エレガントな、優しい紳士のスーパーエクスプレスだった。
だけどねぇ、たかだか10psと20Nmの違いで、W12 Sの車両価格は、W12の2435万円から2665万円へと、230万円も跳ね上がる。230万円あったら、「ホンダS660」を買っておつりがくる。S660には少なくとも64psと104Nmの価値がある。しかも、それだけではなくて、2座のミドシップスポーツカーという、ベントレーが持っていないスポーティブネスを備えている。それだったら、W12 Sじゃなくて、625psのフツウのフライングスパーにとどめておいて、S660を買ったほうがよいのではないか。
というようなことは、ビンボー人の戯言(ざれごと)である。W12 Sを選ぶような人は、W12 SとS660を買うのだ。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ベントレー・フライングスパーW12 S
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5315×1985×1490mm
ホイールベース:3065mm
車重:2475kg
駆動方式:4WD
エンジン:6リッターW12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:635ps(467kW)/6000rpm
最大トルク:820Nm(83.6kgm)/2000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y/(後)275/35ZR21 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:14.7リッター/100km(約6.8km/リッター、EUドライブサイクル複合モード)
価格:2665万円/テスト車=2812万0200円
オプション装備:オプショナルペイント(75万9700円)/21インチ ダイレクショナルスポーツアロイホイール ブラック(38万1200円)/バニティミラー付きウッドピクニックテーブル(32万9300円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:2250km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:339.4km
使用燃料:76.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:4.4km/リッター(満タン法)/4.6km/リッター(車載燃費計計測値)
![]() |

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。