第505回:デ・トマソ・パンテーラの父 トム・チャーダ逝く

2017.06.09 マッキナ あらモーダ!

デトロイトからイタリアへ

「デ・トマソ・パンテーラ」のデザインで知られるカーデザイナー、トム・チャーダが2017年6月1日、イタリアのトリノで死去した。82歳だった。

トム・チャーダの本名は、スティーヴンス・トンプソン・チャーダ・ファン・スターケンバーグ。1934年に米国デトロイトで生まれた。父親のジョン・チャーダは、“流線形の先駆け”として知られる1936年「リンカーン・ゼファー」を手がけたオランダ系米国人デザイナーであった。

高校では陸上競技で頭角をあらわすとともに、カーデザイナーへの登竜門として知られたゼネラルモーターズ主催の「クラフツマンズ・ギルド」コンテストで優勝した。その後ミシガン大学でインダストリアルデザインを学び、卒業制作はステーションワゴンのデザインに取り組んだ。

1958年、卒業と同時に24歳でイタリアのトリノに渡り、カロッツェリア・ギアで働き始めた。最初は「フォルクスワーゲン・カルマンギア」のリア部分などを受け持ち、やがて「イノチェンティ1100ギア クーペ」をデザインした。さらに、イタリア国家統一100年記念博覧会(1961年)に向けて空前の活況を呈していたトリノで、チャーダは会場内を走るモノレールのデザインも担当した。

トム・チャーダ。トリノのサンカルロ広場で、2010年に撮影。
トム・チャーダ。トリノのサンカルロ広場で、2010年に撮影。拡大
チャーダの名刺代わりとなった代表作「デ・トマソ・パンテーラ」。写真は1972年の「GTS」グレード。
チャーダの名刺代わりとなった代表作「デ・トマソ・パンテーラ」。写真は1972年の「GTS」グレード。拡大
ピニンファリーナ時代における別の作品。「シボレー・コルベット ロンディネ」。1963年のパリモーターショーで公開された。
ピニンファリーナ時代における別の作品。「シボレー・コルベット ロンディネ」。1963年のパリモーターショーで公開された。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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