第424回:だからトヨタは走り続ける
豊田社長、ルマン24時間への挑戦を語る
2017.06.28
エディターから一言
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いよいよ悲願の初優勝なるかと思われていたトヨタにとっては厳しく、つらい結果となった今年のルマン24時間レース。舞台となったサルトサーキットには、トヨタ自動車取締役社長である豊田章男氏の姿があった。実は豊田氏にとっては、今回が初めてのルマンである。
決勝スタートから数時間後というタイミングで、豊田社長に時間を割いていただき、ほぼ独占的に話を聞くことができた。まず最初に聞いたのは、月並みだがこのルマンという場の印象だ。
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ハイブリッドの価値がレースで変わる
豊田章男社長(以下、豊田):オーケストラだなと思いましたね。スタートが音楽が流れるでしょう。ああいう雰囲気はニュルブルクリンクには無いですよね。それと、やっぱりヨーロッパだなと感じました。日本だとモータースポーツ自体、まだまだ観客収容人員がどうとか、周辺に渋滞を起こすとか、ネガティブな話になりがちじゃないですか。ホテルのキャパシティーが足りないとかね。でも実際、ここだってホテル無いですよ(笑)。でも、そんな中で皆でこのイベントを成り立たせようとしている。それがいい意味で村祭りのような雰囲気につながっているんじゃないかと思います。正直、うらやましいですね。日本でも、規模はもう少し小さくてもいいから、こういう24時間レースができたらなって思いましたね。
世界耐久選手権(WEC)というカテゴリーについては、どう感じているのだろうか。トヨタ自動車として世界選手権の懸かったこのレースに参戦する意義は、どこにあると感じているのか。
豊田:まずルマン24時間レースは、やはりニュル24時間レースと全然違います。24時間のあいだ、毎周毎周、全部スプリントなんですよ。全部ガチンコ、全部アタック。これは大変な耐久だなというのはあらためて感じました。
しかもWECの最高峰カテゴリーでありワークスチームが参加するLMP1-Hのマシンはハイブリッドであることが義務付けられている。ハイブリッドといえば、トヨタである。このカテゴリーには、どのメーカーよりフィットしているはずだ。
豊田:そう、WECはハイブリッドですよね。トヨタもハイブリッドを次世代環境車としてずっと推進してきました。でもイメージとしては燃費、エコですよね。ところが、これだけ毎周がアタックのような24時間レースで結果を出していけば、ハイブリッドというもののブランド価値が絶対変わってくると思います。次世代環境車としては、われわれもFCVやEVなどいろいろやっていますけれど、当面の現実的な解は、やっぱりハイブリッドとプラグインハイブリッドだと思うんです。でも、ハイブリッド車だってまだ全世界市場から見るとシェアは2%なんですよ。ハイブリッドが現実的な解であるなら、それが10%ぐらいになっていくのを、やっぱり期待もしたいし、トヨタとして(このレースに参加することは)非常に有利に働くんじゃないかと思いますね。
人材育成も視野に取り組む
一方、昨シーズン限りのアウディの撤退で、LMP1-Hクラスに参戦しているのは現在、ポルシェとトヨタの2メーカーとなっている。相変わらず激しいバトルが繰り広げられているが、参戦台数は最大で5台と、やや寂しいのは事実だ。このWECというカテゴリーに関して、トヨタとして何ができるかと考えたことはあっただろうか。
豊田:やっぱり競争はあったほうがいいんじゃないですか? 技術競争も大事ですが、やっぱり参加者が、そこそこそろっているということが大事じゃないですかね、レースという以上は。でも、じゃあその参加者を多くするために、技術レベルを何年間か据え置きにするというのは、本来なら本末転倒じゃないかとも思います。そのバランスは非常に難しいところですけどね。
現在のLMP1-Hでは、モノコックに関しては2019年まで新開発しないという協定が結ばれている。健全なのは、やはりあと1~2メーカーが加わり、ある程度のコスト制限の下、存分に技術競争が行われていくことだろう。
ドライバー的な側面から見ると ルマンが世界3大レースとして並び称されるF1のモナコGP、インディ500と決定的に異なるのは、アマチュアのいわゆるジェントルマンドライバーにも参戦のチャンスがあるということだ。例えば事業を成功させて趣味としてレースを始めたような人にとって、ルマンは大きな夢となり得る。
豊田:そういうドライバーも鍛えられるじゃないですか。私だってニュルに最初に出たときはアマチュアもアマチュア、ド素人ですよ(笑)。でも今はクルマづくりの最後のフィルターとかね、偉そうに言ってるわけですから(笑)。ですから、そういう人材育成につながることは、すぐにぜひ、日本でも何かやっていきたいなとあらためて思いました。
ご存じの通り豊田社長はクルマを鍛える舞台としてのニュルブルクリンクを愛し、GAZOO Racingとしてもかの地での24時間レースに参戦し続けている。過去には自らドライバー“モリゾウ”としてステアリングを握ることもあった。聞けば24時間レースには、特別な思いがあるという。
豊田:こういうレースだと、プライベーターが活躍できるじゃないですか。われわれトヨタはワークスとして出ていますけども、ワークスが成り立つにはプライベーターのチームだとか、パーツ屋さん、チューナーといった裾野がガーンと広がることが必要なんです。トヨタがモータースポーツをやる以上は、ワークスだけ強ければいいというのではなく、全体の底上げに貢献しないと。そういうのを、ここで何人の人が感じて帰ってくれるかなあと思っているんです。
トヨタだけでは未来はできない
今回のルマンには豊田社長とともにトヨタ自動車の役員も多数、来訪していた。この言葉は、まさに社内のそんな人たちに向けられたもの……かもしれない。
豊田:レースはまずクルマを磨く場であり、また人材育成の場であり、そしてもうひとつ大事なのがファンづくりなんです。ですからね、モリゾウがこうしてやってることを、社員の多くが感じ取ってほしいなと思いますね。ファンづくりのためにモリゾウはこうやって動いてるんですからね。会社の中からね、いいものをつくったらいい値段取れるとか、そんな生意気なこと言ってないで(笑)、「モリゾウ何やってるんだ、頭下げてるじゃないか、人から言われりゃサインしてるじゃないか、(こういうインタビューで、)説明責任も果たしてるじゃないか」って(笑)。
あえて“ドライバー・モリゾウ”としてドライバーたちに寄り添い、ファンの前に立つ。社内で声高に号令を発するのではなく、そんな姿に社内から、もっとファンに対して……トヨタのファンだけでなく、モータースポーツのファン、クルマのファンに対してトヨタとして何をしていくべきか、さまざまな声が出てきてほしい。豊田氏があえてモリゾウとして言葉を発するのは、そんな理由があるようだ。
豊田:要はね、トヨタ1社じゃできないってことですよ。トヨタだけでは、次の世代のクルマ社会も、水素社会とかEVの社会もできないんです。だからいろいろな人を巻き込んで、応援団という意味でね、単にモータースポーツが好きですというところに収まらず、一緒にモビリティーの未来をつくっていく、応援団をつくっていきたいということに尽きますよね。
ハイブリッドのレーシングマシンでメーカーワークスチームが速さ、燃費、耐久性を競うLMP1-Hと、ジェントルマンドライバーの夢の究極ともいえるGTクラスなど、さまざまなカテゴリーが一緒に走るWECは、そのプラットフォームとして最適だろう。まさに、トヨタが参戦するにふさわしいと筆者は強く思う。
あえて言うならば、今後はファンづくりにも、もっと力を入れてほしい。レースがひとごとでなくなるようなユーザーとのコミュニケーション、ホスピタリティーは検討の余地があるはずだし、車種ラインナップにはWECでの知見を盛り込んだハイブリッドのスポーツカーがあっていい。あるいは、それを行うのにベターな選択ならば、レクサスのブランドを掲げるのも手だろう。何しろ相手はポルシェなのだから。
社内の誰にとっても、ユーザーとのつながりを考えたときに、このWECというカテゴリーがひとごとではなくなったなら、トヨタにとって参戦を続ける意味はより強固になる。そして……勝利の女神は案外、そういうメーカーにこそほほ笑んでくれそうな気もするのだ。このインタビュー、そんなことを考えさせられる、とても有意義なものになったのだった。関係者の皆さん、ありがとうございました!
(文=島下泰久/写真=島下泰久、トヨタ自動車/編集=関 顕也)
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島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
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