第513回:イタリアで自動車販売店になる方法
2017.08.04 マッキナ あらモーダ!フォルクスワーゲン販売店のはずが!?
先日、クルマを運転していたときである。自分が住む街でも、最近あまり来たことのなかったエリアだ。道路脇に、シトロエンの看板を目撃した。
あれ、こんなところにシトロエンの販売店があったっけ?
帰り際にもう一度見てわかった。今までのフォルクスワーゲン販売店が改装されて、シトロエンの販売店になったのだった。
話はまだ続く。そこから1kmほど走ると、今度は青地に白のフォルクスワーゲンマークが現れた。こちらでは、従来あったトヨタ販売店の上の階に増設するかたちで、フォルクスワーゲンの販売コーナーが設けられていた。
イタリアの地元販売店は、同じ場所にありながら取り扱いブランドを変えたり、増やしたりすることが頻繁にある。ボクが住むシエナとのその周辺でも、ボクが知っている20年間で以下のような変化があった。
・オペルの店がトヨタの店に
・プジョーの店が三菱の店に
さらには
・日産の店がシボレー(GM大宇)の店となり、続いてDr(中国・奇瑞汽車のイタリア組み立て生産車)の店に
という3変化を遂げた店もある。
そうした店では、昨日までAブランドを売っていたセールスマンたちが、今日は別のBブランドを売っている。
背景には厳しい現実も
なぜこのようなことが起こるのか? 今回、地元販売会社の関係者たちに背景を聞いてみた。
ひとり目の関係者は、さまざまなケースがあると前置きしながらも「メーカー本社や輸入車の場合、イタリア法人がかなり厳しく地域の販売会社を選別しているのです。目標台数を達成しない期間が続くと、地区代理権の返上を促すのです」と教えてくれた。
そういえば、日系のあるメーカーは、2000年代初頭にそれを徹底したことが、イタリアにおける販売シェアを劇的に伸ばす一因となった。
ちなみにイタリアでは、タクシーの営業権はドライバー間で売買されている。ディーラーの地区代理権も地域の販売会社間で取引されることがあるの? と問えば、「それはありません。すべてメーカー本社やイタリア法人が管理しています」と教えてくれた。
今回ボクが聞いたもうひとりの販売店関係者によると、「地域販売会社が取り扱いたいブランドがある場合、本社に直接掛け合う場合もあります」という。ただし、原則として1地区1販売会社制を敷いているので、「代理権獲得はかなり難しいです」と証言する。
ただし、メーカーやインポーターは原則として、県をはじめとするエリアごとに代理権を与えているので、ある販売会社が隣の県に店を出すにあたり、別ブランドを獲得できることもある。代理権をうばわれてしまった販売店が、同じブランドのサービス拠点となるのも、よくあるパターンだ。
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立ちはだかる資本主義の法則
また、代理店になるのとは別に、まずは「販売協力店」になってクルマを売り、やがてチャンスがあれば代理権を獲得するという手段もある。日本における販売協力店というと、修理工場の延長のようなムードだが、こちらでは正規代理店とほぼ見分けがつかない。
中には数ブランドの販売協力店を掛け持ちして実績を積み、正規代理店となる場合もある。わが街シエナのマツダ販売店も、1986年にマルチブランドの販売協力店からの創業。3年後にヒュンダイの正規代理店となり、2006年から併売のかたちでマツダの正規代理店にもなった。
再びひとり目の関係者に戻ると、「本社が示す仕入れ台数目標や販売台数目標を達成し、そのかたわらでCI(コーポレート・アイデンティティー)計画にしたがい、ショールームの改装にも対応しなければならない。今日イタリアで代理店を続けるのは、決して容易ではありません」と証言する。
本社の影響力が年々強まる中で明白なのは、より強い販売力を持つディーラーは、人気ブランドの代理権を手に入れて一段と大きくなり、弱小ディーラーは、なかなかいいブランドの代理権を得られないという、まさに資本主義の原理が働いていることだ。
ブランド別でいえば、フィアット、ルノー、フォードあたりを扱っている店は盤石で、結果として代理権の動きが少ない。
その一方、本欄第442回で紹介したスバル販売店のニコロ・マージ氏のように、イタリアで海のものとも山のものとつかない時代に、そのブランドの地区代理権を手に入れ成功した人もいる。
ファイトがあれば販売店になれた
そうした中、ブランドとほぼ命運を共にして消えていった街角の代理店も、ボクの記憶には残っている。
ひとつはランチアの代理店だ。ボクが住み始めた20年前、その店は中古車コーナーも充実していた。「ランチア・テーマ8.32」はちょっと手が出なかったが、同じテーマのステーションワゴンを危うく買ってしまいそうになったこともある。
そのランチア店の元気がなくなっていったのは、2代目「デルタ」(1993~1999年)が振るわず、高級車「カッパ」(1994~2000年)もドイツ勢に押されて、まともに売れる商品が初代「イプシロン」(1994~2002年)だけになってしまった頃である。
最終的にこのランチア販売店は、すでにフィアットとアルファ・ロメオを扱っていた販売店に代理権を譲るかたちで、それなりに売れた2代目「イプシロン」(2002~2011年)の登場を待たずして店を畳んだ。
もうひとつは、インノチェンティの販売店である。1958年生まれの知人アンドレアは地元のメルセデス・ベンツ販売店で営業職だった1988年、30歳のときに自らの貯金と親の援助をかき集め、インノチェンティの地区代理権を獲得する。アレハンドロ・デ・トマゾが社主を務めていた時代のインノチェンティである。
「クルマが足りないときは、ほかの販売店から現金仕入れだったね」。そのときは、これまた父親に頭を下げて借金をしたという。しかしわずか2年後、インノチェンティはフィアットの手に渡ってしまった。アンドレアは当時の状況を振り返る。
「フィアットは日本メーカーにインノチェンティが買収されるのを阻止するため同ブランドを買ったものの、大して関心を示さなかった。アウトビアンキの『Y10』が絶好調だったこともあったね」
ようやくインノチェンティに供給された新型車は、「フィアット・ウーノ」のワゴン版でブラジル工場製の「エルバ」だった。
そうした方針に失望した彼は、フィアットが用意したアルファ・ロメオ販売店への転換奨励金も断り、5年続けたインノチェンティ代理店の看板を下ろした。
そのアンドレアが後年回想するには、「プレミアムカーを売るには、当時から運営・設備・宣伝など多大なコスト負担が販売店に求められた。でもインノチェンティはそれが極端に少なかったね」とのこと。
ちなみに彼は今、自動車とまったく関係のない仕事に就いている。ファイトさえあれば、クルマの販売代理権が手に入れられて経営できた。イタリアには、そんな時代が少し前まであったのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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