第11回:会社人間は、ポルシェを手放す代償に何を得たのか? − 『カンパニー・メン』
2011.09.12 読んでますカー、観てますカー第11回:会社人間は、ポルシェを手放す代償に何を得たのか?『カンパニー・メン』
エリートは「ボクスター」で通勤する
「ポルシェ・ボクスター」といえば、ミドシップならではの俊敏なハンドリング、胸のすく加速という、スポーツカーの魅力が頭に浮かぶだろう。ただ、それはクルマ好きならではの思いであって、誰もがそうであるとは限らない。ポルシェというブランド、その価格がもたらすステイタスの側面しか理解できない人もいるのだ。クルマにとっては不幸なことだけれど、社会的にはそのような文脈が受け入れられている。
2008年9月15日。リーマン・ブラザーズの破綻を告げる報道から映画は始まる。ニュース映像の合間に、アッパーミドルクラスの生活ぶりを表す映像が挿入される。プール付きの豪邸、ゴージャスなシステムキッチン、車寄せには高級車。「勝ち組」とやらの成功の象徴がこれなのだ。まことに薄っぺらい、仮りそめの豪奢(ごうしゃ)。
ボストンの総合企業GTXに勤務するボビー・ウォーカー(ベン・アフレック)は、37歳にして販売部長、年収12万ドルのエリートサラリーマンだ。ネクタイを締め、高そうなスーツに身を包んだ彼は、「ポルシェ・ボクスター」にさっそうと乗り込み、会社へと向かう。そこで待っていたのは、解雇の宣告だった。ボビーは、わずかな私物をまとめた段ボールをボクスターに積み込んで、すごすごと帰宅することになる。
アメリカ映画によく登場する「解雇通告」→「段ボール」という描写を目にするたび、なんとまあドライなことかと感じる。かの国では、会社と従業員の関係は、あくまで契約なのだ。家族とのアナロジーで語られる日本とは、ずいぶん違う。辞めるにしろ辞めさせるにしろ、手続きはカンタンだ。
金融危機に直面して、GTXは赤字の造船部門を縮小し、鉄道部門と統合することで従業員を減らす選択をした。それによって株価を上げ、企業価値を維持する。要するに、従業員よりも株主の利益を優先するということだ。日本では会社は誰のものかという論点が浮上しているが、グローバル資本主義の本拠地では自明のこととして、議論にすらならない。
10年落ちのボルボに乗る堅実な奥さん
ボビーに与えられた解雇手当は12週間分。わずか3カ月の間に、次の就職先を見つけなければならない。実績を頼んで自信満々のボビーは甘く考えていたが、リーマン・ショックがもたらした金融危機は深刻な不況を招いていたのだから、割のいい役職などそうは転がっていない。再就職が決まらないまま、時間だけが過ぎていく。
収入がなくたって、日々の生活に金はかかる。待ったなしなのは、ローンの支払いだ。家もポルシェも、残債はまだまだ残っている。日本でいえば年収1000万円というところで、たしかに高給取りである。でも、そのクラスの日本人は、もう少し控えめな生活を送っているのではないか。将来のために預金をし、分相応な暮らしを心がけるだろう。ローン頼みで目いっぱいぜいたくを満喫しようとするから、職を失った途端に行き詰まってしまう。キリギリスのライフスタイル。あまり、同情できない。
プライドだけは妙に高いボビーは、失職したことを隠し、ボクスターで就職支援センターに通い、ゴルフ場に出かける。映画の中では、彼が自動車好きであることを示す描写はない。せっかくのハンドリングマシンなのに、スポーツ走行を楽しむシーンは現れないのだ。エリートであることを世間に対してアピールする以上の役割は、見出すことができない。
ボストンの冬は雪が多く、ボクスターが最適な選択とは考えにくい。その点、奥さんのマギー(ローズマリー・デウィット)は賢明である。彼女のクルマは、「ボルボV70XC」だ。雪道に強いし、子供2人とたくさんの荷物を余裕で載せられる。初代モデルだからほぼ10年落ちで、価格も安かっただろう。彼女は家計の足しにとパートで働き始め、夫に家の売却を提案する。危機感の薄いボビーは、見栄っぱり生活を捨てられない。
アストン・マーティンが似合わない人
GTXでは、事態が悪化していた。株主へのアピールのため、さらにリストラを行う計画が進行していたのだ。新社屋の建設は続けるのに、従業員をクビにすることはいとわない。創業以来のメンバーである重役のジーン・マクラリー(トミー・リー・ジョーンズ)は、CEOに対してリストラ中止を求めるが、受け入れられないどころか、自分が解雇の対象になってしまう。
彼が通勤に使っているのは、「アストン・マーティンDB9」だ。価格も格式も、大企業の重役にふさわしい。ただ、トミー・リー・ジョーンズにはどうも似合わない気がする、と言ったら怒られるだろうか。もうちょっと土臭いクルマのほうが、彼のキャラクターには合うように感じるのだ。もっとも、この映画でのジーンは、人事担当重役のサリー・ウィルコックス(マリア・ベロ)とデキてしまう色男という設定なのである。
職の見つからないボビーは、観念して奥さんの兄であるジャック・ドーラン(ケヴィン・コスナー)の世話になる。『フィールド・オブ・ドリームス』で夢見る男を演じた好漢は、今や大工仕事に汗を流す様子がハマっている。渋いオヤジになった。ボビーは、もはやボクスターで仕事場に通ってはいない。ヤレ気味の中古車に乗っているのがいい感じだ。見栄でクルマを選んでも、ロクなことはない。
ボビーのボクスターだが、映画のプレス資料には単にポルシェとしか表記されていない。「911」なのか「カイエン」なのか、はたまた「パナメーラ」なのか、それで意味合いはずいぶん違ってくる。でも、特にクルマに詳しくない人にとっては、ポルシェといえば高価で高性能なスポーツカーというイメージでしかない。
この映画の制作者は、熟考の上でボクスターを選んだのだと思う。それによって示された人物造形は、ある程度クルマの知識がないと正確には伝わらない。『webCG』の読者なら、911でなくボクスターを選んだことの意味が理解できるはずだ。映画を観る上で、クルマ好きなればこそのアドバンテージがある。ちょっと、うれしい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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