第433回:ガソリンとディーゼルの“いいとこ取り”を目指す
マツダの新しい内燃機関「SKYACTIV-X」搭載車に試乗
2017.09.07
エディターから一言
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マツダが自己着火型ガソリンエンジン「SKYACTIV-X(スカイアクティブX)」の実用化を宣言したのはつい先日、2017年8月8日のこと。いわばガソリンエンジンとディーゼルエンジンの“いいとこ取り”を目指したこの次世代内燃機関を搭載したテスト車両が、早くもわれわれの目の前に現れた。その走りはいかなるものなのか。試乗リポートをお届けする。
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内燃機の効率はまだ高める必要がある
パワートレインの電動化、とりわけ電気自動車(EV)にまつわる夢のような未来が語られる一方で、内燃機はもう店じまいという論調が、イギリスやフランスの全廃規制検討が報道されるや、強力な勢いで世を席巻している。
と、冷静なクルマ好きの方々はこの論調に疑問を抱くのではないだろうか。そこまで急いで白黒をつけることはないんじゃないの? と。あるいは、それほど簡単に白黒つけられるもんかね? と。
主題とは話がずれるので詳細は端折(はしょ)るが、電力における現状のエネルギーミックスでは、再生可能エネルギーを多用する北欧や、原発に供給の7割以上を依存するフランスでもなければ、EVの生涯的なCO2排出量低減は担保されない。大半の国でのEVの総合的CO2効率は現状、「プリウス」のそれと大差ない程度である。原発の怖さを知った日本では、電力各社や電源開発などにより火力発電の液化天然ガス(LNG)置換やバイオマス利用など、CO2低減の技術を推進しているが、発電そのものにまつわる革新的な出来事でもなければ、充電や航続距離の不便をおしてのEV優位が認められるとは考えづらい。
大都市の中心部、あるいは給油も不自由な過疎地は、車格や搭載バッテリーの容量などの最適効率に配慮した軽便なEVで、その周縁はプラグインハイブリッド車(PHEV)や高効率内燃機で、途上国は安価で安定した内燃機で……と、欲求や要求と合致する適材適所の模索こそが運輸部門の環境負荷を総合的に低減する最善策と考えるのは僕だけではないだろう。そして、先々がどうであれ、内燃機の効率は究極的に高める必要があると考えているのがマツダだ。その前提はまさにWell to Wheel(井戸から車輪まで)、つまりエネルギーが作られる時点からのCO2排出量を鑑みなければ環境性能は語れないということである。
基本原理はディーゼルとよく似ている
そのポリシーをガソリンとディーゼル、2つの内燃機で具体化させたのが6年前のこと。マツダのパワートレイン部門を統括する人見光夫常務シニア技術開発フェローはその当時から、とあるエンジンテクノロジーを次世代内燃機技術のキーファクターとして言及し続けていた。それがHCCIだ。
HCCIの基本原理は、高い圧縮比で高温になった気筒内の空気に燃料を吹きかけることで自然着火するディーゼルとよく似ているが、大きく違うのは圧縮前に空気と燃料を混合してから高圧縮を掛けることにより自然着火を図ることだ。そしてその燃料には揮発性の高いガソリンを用いることで、きめ細かな粒子の理想的な空燃比があらかじめ実現できる。
ガソリンを使うことで窒素酸化物(NOx)や粒子状物質(PM)といった有害物の排出量が少なく、もちろん高圧縮エンジンならではの力強いトルクも低回転域から得られるし……と、確かにいいことずくめのように見えるわけだが、現実はそう甘くはない。気温や高度などの外的環境によって目まぐるしく変わる空燃比の安定化や点火時期の制御、着火瞬間の燃焼のコントロールや、仕向け地による大気や使用燃料の成分の違いなど、ガソリン予混合ゆえの諸問題がHCCIの開発の壁として大きく立ちはだかってきた。かつてドイツ系のいくつかの自動車メーカーがその実用化に向けた研究成果を披露してくれたものの、それは助手席のオペレーターがPCと首っ引きで常に燃焼状況を監視しながらも、理想的希薄燃焼のゾーンを外れた途端にノッキングなどの異常燃焼で盛大な音と振動を発する難儀な代物だった。
これではさすがに実用化には遠いだろう。機会あるごとに人見さんの話を聞きながらも、僕の頭の中では漠然と2020年あたりの数字が思い浮かんでいた。2021年、欧州では企業平均CO2排出量の95g/km規制が新車販売に課せられる予定だ。深刻なペナルティーが伴うそこに、欧州販売比率の高いマツダとしては何としても強力な環境技術をもって対応しなければならない。いくら難儀だろうが、それにはなんとしても間に合わせる……くらいのもくろみだろうと勝手に踏んでいたわけだ。だからマツダからその発表があった時は、ちょっと信じられない気分だった。
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スカイアクティブX搭載車に試乗
スカイアクティブXと名付けられたそのエンジンの搭載技術は、マツダいわく、HCCIと呼ばずにSPCCI(スパーク・コントロールド・コンプレッション・イグニッション)と呼んでいる。その最大の理由はすなわち早期実現のブレークスルーと表裏だ。正確に言えば、スカイアクティブXは完全自着火ではない。本来冷間時始動用のみとして備えられるスパークプラグの用途を拡大解釈し、適材適所で補助的な予着火に用いている。そして、その火炎球によって圧縮点火のコントロールを行うという仕組みを採った。ここに気筒ごとの筒内圧センサーにより常時監視する燃焼状態や、吸気温センサーなどからの詳細な情報も併せて制御に反映することで異常燃焼域へのドロップを防いでいる。このための燃焼制御のマップは膨大なものとなり、マス埋めすべき数は5000万を軽く上回るというが、そこでの時短に加勢したのがスカイアクティブテクノロジーの下支えとなるものづくり革新によるノウハウの蓄積ということになるだろう。
試乗に供された試作版スカイアクティブXのボア×ストロークは2リッターのスカイアクティブGと同一。リーンバーンの鍵となる吸入空気量確保のため吸気ポート側には小型のコンプレッサーを付加しているあたりに、かつてのミラーサイクルやプレッシャーウエーブディーゼルとの歴史的つながりをみる気がする。ちなみにリーン領域での空燃比は最大36.8:1と従来の内燃機理想値の2.5倍近く、筒内の圧縮比は16.0、燃料の噴射圧は未発表ながら約500~1000バール付近にあるという。そして最高出力は190ps、最大トルクは240Nm……と、これらは目標値ながら、そのスペックは従来のガソリンエンジンの常識とまったく異なるものといっていいだろう。そして燃費は通常の2リッターエンジンに対して20~30%、現行のスカイアクティブGに対しても15%以上の改善をみるというから、高速巡航など使い方次第での実燃費は真剣にプリウスあたりをうかがうことになりそうだ。
スカイアクティブXの音・振動レベルは従来のディーゼルエンジンはおろか、ガソリンエンジンに対しても遜色がないほどに洗練されている。特に音に関しては、自着火のエンジンとはにわかに信じられないほどだ。これについては近年、触媒の早期活性等のためにエンジン本体の保熱に用いられるようになったジャケットも効いているのではないかと人見さんは謙遜されていたが、上質感という点においてのHCCIのポテンシャルを垣間見た気がする。
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低速域で力強く、高速域で気持ちいい
アイドリングからクラッチをつないで発進する際のトルクは現行のスカイアクティブDにも比する力強さがあり、2000~3000rpmの実用域ではトルク増強のための過給器を持たないエンジンとは思えないほどにパワフル。数値的には2.5リッター級だが、低中回転域で扱うスカイアクティブXは、それ以上の力感はしっかりと感じさせてくれる。そして現状のトップエンド想定となる6000rpmまでの回転の伸びやかさは、間違いなくディーゼルエンジンではかなえられない気持ちよさといえるだろう。5000rpmを超えるとリーン領域は完全に外れて通常の点火燃焼となるが、そこでの段付き感はもちろん、全域で複雑な処理をこなしているだろう燃焼制御の境目をほとんど感じさせない。この技術を実用化するに最も難しい領域だろうこのあたりの出来をみるに、マツダが満を持してメディアにスカイアクティブXを公開するに至ったことがうかがえる。
とはいえ、フィーリング的な面に関しては致命的ではないながらも、細かな違和感が山積しているのも確かだ。1000rpm前後のゾーンではノッキングが散見されるし、3000~4000rpmではパワーカーブのフラットスポット感が明白、そして高回転域でのエンジンレスポンスが特に回転落ちの側でダルいことなど、商品化のために手を加えるべきところがある。人見さんをして、今、ちゃんと回っていること自体が奇跡のようだと言わしめるほどその開発が難儀したことを鑑みれば、実用化までの残り1年余りで、すでに認識されているこれらのウイークポイントもしっかり克服してくれることを期待したい。
ところで今回試乗した試作車は、現行「アクセラ」をベースとしたものだが、マットブラックで目立たないながらも、細部に目を凝らすと端々に手が加えられた痕跡がみてとれる。実はこのスカイアクティブXのデビューと相前後して、車台の側も大幅なアップデートが図られる予定だという。フロアメンバーの追加によるダイアゴナル状態での静的剛性や路面追従性の向上や、パネル結合部の最適位置にボンディングを加えることによるシャシーの減衰特性の改善、シート骨格や背面形状の根本的見直しによるホールド性や疲労感の軽減などが挙げられる。併せて足まわりも従来の敏しょう性をそのままにねっとりした味わいを加えるべく、ジオメトリーの微調整やタイヤの縦バネ特性変更など細かなところに手を加えているという。
そのドライブフィールは心弾むような面白さというより、しみじみと噛(か)みしめられるいいもの感として表れている……個人的にはそういう印象だった。すなわちマツダとしてはダイナミクスの抜本的改善というよりは動的質感の向上により注力したということだろうか。フラットで扱いやすい出力特性を誇るスカイアクティブXとの組み合わせは、これまでいたいけにみられてきた日本車に成熟の魅力をもたらすことになるかもしれない。
(文=渡辺敏史/写真=マツダ/編集=竹下元太郎)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。