ボルボV90 T8 Twin Engine AWD インスクリプション(4WD/8AT)
北欧の看板を高く掲げよ 2017.11.21 試乗記 2017年にボルボが宣言した、近い将来における全モデルの電動化。「V90 T8 Twin Engine AWD インスクリプション」は、その先駆けともいえるプラグインハイブリッド車だ。ボルボの将来を占う“試金石”の出来栄えは?スカンジナビアンデザインの代表
新型「ホンダN-BOX」のメディア向け試乗会は横浜のとある商業施設で行われ、一般客も展示されているクルマを見ることができた。多くの女性がのぞき込んでいたのが「北欧スタイルセレクション」と名付けられたカスタムモデルである。中を見ると、シートにジャージっぽい生地で仕立てた黄色とブルーのカバーがかけられている。どこが北欧なのかよくわからなかったが、取りあえず看板を掲げておけば興味を引くということなのだろう。
北欧デザイン、スカンジナビアンデザインといっても、人によって何を指すのかは異なるようだ。まず思い浮かべるのがイケアなのか、マリメッコなのかでもずいぶん違う。アアルトやヤコブセンといったデザイナーが手がけた家具が代表だと考えるかもしれない。大まかにいうと、自然と調和したシンプルでクリーンな造形ということになるのだろうか。ゴテゴテしていないし、これみよがしないやらしさもない。なんとなく知的な感じもするから、日本人の感覚にマッチするように思う。
クルマ好きにとっては、スカンジナビアンデザインといえばもちろんボルボである。かつては安全性能と武骨、質朴という要素が前面に出ていたが、今世紀に入ってからはデザインが注目されるようになっている。平面だけで構成されたレンガのようなフォルムが売りだった時代は遠い昔なのだ。2016年に発売された「XC90」から新世代デザインが採用され、2017年には「S90」「V90」「V90クロスカントリー」が加わった。先ごろデビューした「XC60」に続き、順次「60」「40」といったより小型なシリーズも一新される予定だ。
一世代前は、90のクラスはXCのみがラインナップされていた。セダンのS90とワゴンのV90に関しては、先代モデルは1990年代の「960」と「960エステート」(1996年にS90、V90にそれぞれ改称)までさかのぼることになる。フラッグシップとなるセダンとワゴンをそろえたことで、自動車メーカーとして万全な体制が整った。ただし、時代の変化で売れ筋はSUVに移っており、XCが最も大きな存在感を示しているのは致し方ないところだろう。
電動化戦略の将来を占うモデル
2017年7月、ボルボは大胆な宣言をして話題になった。2019年以降に発売されるすべてのモデルに電気モーターを搭載し、純粋に内燃機関のみで走るクルマは作らなくなるという。世界的な電動化の流れに沿ったものだが、具体的なロードマップを示すことで不退転の決意を表明した。2年後のボルボのラインナップは、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、ハイブリッド車だけになるというわけだ。
今回試乗したV90 T8 Twin Engine AWD インスクリプションはPHVモデルである。“Twin Engine”というのはエンジンが前後に2基搭載されているモンスターマシンという意味ではなく、ボルボ的には内燃機関と電気モーターの2つのパワーユニットを持つということの表現だ。すべてのモデルが同じ直列4気筒2リッターエンジンを搭載する、ボルボの新世代パワーユニット「DRIVE-E(ドライブ・イー)」シリーズで、「T5」はターボのみの過給で最高出力254ps、最大トルク350Nmというスペック。「T6」はそこにスーパーチャージャーが加わり、同320ps、同400Nmという強力なチューンになる。
T8はT6に87ps、240Nmを生み出す電気モーターがプラスされ、ハイパワーと高い環境性能の両立をうたっている。EVの普及にはまだ時間がかかりそうで、当面はPHVが現実的な選択となるだろう。しかし、T8 Twin Engineはラインナップ中で最も価格の高いトップグレードという位置づけなので、量販モデルとはならないはずだ。2年後までに状況が激変するとも思えないので、これから登場する48Vシステムを使ったマイルドハイブリッドを主力にする心づもりなのかもしれない。
派手に電動化戦略をぶち上げたわけだから、PHVのT8 Twin Engineはボルボの将来を占う重要なモデルだと受け止められる。「40年以上にわたりパワートレインの電動化とプラグインハイブリッド技術に取り組んできた」と豪語していて、出来栄えには自信があるようだ。
強い存在感のエンジン
3つの走行モードが用意されていて、通常は「ハイブリッド」モードで走る。ガソリンエンジンとモーターを適切に組み合わせて効率的に走るようプログラムされているのだ。バッテリー残量が十分なら、モーターのみで静かに発進する。ただ、わりと早い段階でエンジンが始動してしまう。それでも静粛性は高いが、普通のガソリン車っぽい。モーター駆動の持つ特別な感覚を味わえるのはわずかな時間である。
モーターのみで走りたければ、「ピュア」モードに切り替えればいい。と言いたいところだが、実際にはあまりモーター走行はできなかった。試乗を始めたときにはすでにバッテリー残量が少なくなっていたからだ。モーター走行は最大45km可能とされているが、これまでいろいろなEVやPHVに乗った経験からすると、実際に走れるのは半分強というところだろう。EVとして乗れるのは、近所に買い物に行くときなどに限られると考えたほうがいい。
T8 Twin Engineは4WDだが、モーター走行しているときは後輪駆動(RWD)である。モーターはリアアクスルの上に置かれていて、後輪のみを駆動する方式だ。フロントのエンジンは前輪につながっているから、エンジンだけならば前輪駆動(FWD)ということになる。「パワー」モードを選択すればエンジンとモーターが最大限に働いて強力な4WD走行が実現する。場面によって駆動方式が変わるわけだが、実際に運転していて操縦特性が変わるようなことはもちろん一度もなかった。
フルパワーをかければ加速は強力だ。試乗を始めたのが富士山のふもとにある須走だったので、ふじあざみラインを5合目まで走ってみた。急な上りでタイトなコーナーが連続するコースだが、思いのほかキビキビと走る。ワインディングロードを苦にしないのはよくわかったが、エコカーに乗っているという気分にはならない。エンジンの存在感が強く、PHVであることを忘れてしまう。
安全運転支援システムは全部入り
当然バッテリー残量がほぼゼロになってしまったわけだが、下りでは回生ブレーキを使ってかなり回復させることができた。とはいえ、焼け石に水である。高速道路で料金所から加速するだけでも、メーターに示される数字はどんどん減っていく。主に高速道路を走り、燃費は満タン法で10.2km/リッターだった。悪くはないものの、「トヨタ・プリウスPHV」の圧倒的な燃費性能とは比べるまでもない。
ボルボの誇る安全運転支援システム「インテリセーフ」はすべて盛り込まれている。トップグレードだからというわけではなく、V90すべてのモデルで標準装備なのだ。後方から接近する車両を知らせる「ブラインドスポットインフォメーションシステム(BLIS)」にステアリングを自動修正する機能が付いたのが新しい。対向車線にはみ出した時に元に戻す機能の「オンカミングレーンミティゲーション」も新装備である。
危険な状況を試すわけにはいかないので、実際に使ったのは「アダプティブクルーズコントロール(ACC)」だけである。ボルボのACCは以前からアグレッシブな味付けになっていて、このクルマでもストレスを感じることなく安楽な走行ができた。アクセルとブレーキの操作から解放されて巡航していると、乗り心地がすこぶる良好であることを感じる。
バッテリーを搭載して重量が増えたことが動きを落ちつかせている面もあるのだろう。バッテリーをボディーの中心に設置しているのは、操縦性能に悪影響を与えないようにする配慮だ。その結果、まるでFR車のようなゴツいセンタートンネルができてしまったので、後席の真ん中に座る人は苦しい姿勢を強いられる。
ほかに駐車支援システムの「パークアシストパイロット」がある。ドライバーに代わってステアリング操作を行い、縦列駐車・並列駐車を支援するものだ。空いている駐車場で試してみようとしたのだが、駐車スペースを探しているという表示が現れるものの、なぜかその先に進まなかった。このときはうまくいかなかったが、使いこなせば便利な機能であることは確かだろう。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
洗練を目指すインターフェイス
新世代ボルボでは、新しいインターフェイスとして「SENSUS(センサス)」が採用されている。大型タッチスクリーンにナビやエンターテインメントなどの機能を集約したものだ。意欲的なシステムだとは思うが、短い試乗ではとても使いこなすことはできなかった。かつてBMWがシンプルを極めた操作方法の「iDrive」を提案したものの、不評を受けてボタンを追加せざるを得なかったことを思い出す。コンセプトの美しさは使い勝手のよさにつながるとは限らないのだ。センサスも使いやすさのために妥協が必要になるかもしれない。
寒い地域で使われることを想定し、手袋をしたままでも室内装備の操作ができることがボルボの誇りだった。洗練を目指していくと、かつてのボルボらしさとは違う方向に進まなくてはならないようにも思えて心配になる。しかし、それは早とちりで、ボルボは別なソリューションを考えているようだ。音声操作である。車内に置かれていた指示書には「エアコンオン」「FMラジオ」「自宅に帰る」などといったサンプルが示されていて、試してみると高確率で機能した。手袋をしていようがいまいが、音声には関係ない。ボディーが四角だった時代とは異なる方法だが、目指すものは変わっていないのだ。
V90は「メルセデス・ベンツEクラス ステーションワゴン」「アウディA6アバント」「BMW 5シリーズ ツーリング」といったドイツ勢に真っ向から立ち向かおうとしているのだろう。エクステリアデザインは伸びやかで優雅だし、内装の質感はかなり高い。煩雑になっていたエンジンのラインナップを整え、生産体制を効率化した。電動化や自動運転、コネクティビティーといった課題にもしっかり対応している。頼もしい限りだ。
高級感が増してプレミアムの標準を満たしているのだから、喜ぶべきことに違いない。それでもボルボには、ドイツ勢とは違う価値観と世界観を見せてほしいと期待してしまう。前世代デザインのアイコンだった「フローティングセンタースタック」は、新世代ボルボには採用されなかった。実用性としては特に価値のあるものではなかったが、なくなってしまうと寂しいものだ。ボルボにはこれからも本物の北欧という看板を背負っていく使命がある。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ボルボV90 T8 Twin Engine AWD インスクリプション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4935×1890×1475mm
ホイールベース:2940mm
車重:2100kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ+スーパーチャージャー
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:320ps(235kW)/5700rpm
エンジン最大トルク:400Nm(40.8kgm)/2200-5400rpm
モーター最高出力:87ps/7000rpm
モーター最大トルク:240Nm/0-3000rpm
タイヤ:(前)245/40R20 99V/(後)245/40R20 99V(ピレリPゼロ)
燃費:15.0km/リッター(JC08モード)
価格:929万円/テスト車=974万円
オプション装備:Bowers&Wilkinsプレミアムサウンドオーディオシステム<1400W、19スピーカー>サブウーハー付き(45万円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:976km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:347.1km
使用燃料:35.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.2km/リッター(満タン法)/10.1km/リッター(車載燃費計計測値)
![]() |

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。