第83回:自動車デザインとは何であるか?
2018.03.27 カーマニア人間国宝への道教えて! 史郎さん
我々はさまざまな工業製品に囲まれている。それらはすべて、誰かの手によってデザインされたものだ。
冷蔵庫、洗濯機、文房具。数え上げればキリがないが、我々はそれらに、少なからず愛を抱いている。やっぱイヤな色やカタチの冷蔵庫は買わんでしょ? 洗濯機や文房具だって。
が、カーマニアにとって、自動車デザインは特別だ。
それは、人生すら賭ける対象である。
ところが、多くのカーマニアは、なぜ自分がそのクルマのカタチに人生を賭けているのか冷静な分析をせず、非常に衝動的かつ本能的な愛に身を委ねている。
まぁ、それはそれでいいのだが……。
なにせ我々は、クルマを作る側ではない。クルマは愛するのみ。愛するだけでいいのだから、愛する理由を分析するなんて、愛の解剖みたいで味気ないかもしれない。
が、私は知りたい。自動車デザインとは何であるかを。どうやって成されるのかを。何がダメで、何がGOODであるのかを!
それをこれから、問いたいと思う。
答えてくれるのは、世界的に著名な自動車デザイナーにして、2017年3月をもって日産のチーフクリエイティブオフィサー&専務執行役員を退任した、中村史郎氏である。
デザインの基礎はいすゞで学んだ
清水(以下 清):史郎さん、いきなりうかがいますが、史郎さんはどうやって自動車デザイナーになったんですか?
中村(以下 中):武蔵美を卒業して、いすゞに入って、そこで基礎を教わりました。
清:大学ではなく、いすゞで、ですね?
中:日本の大学は車のデザインを教えてくれないからつまんなかったですね。学生時代はベース弾いて遊んでましたよ。
清:私も大学では何も学びませんでした(笑)!
中:当時のいすゞはおおらかでいい会社でね。僕が入る前から、「117クーペ」や「ベレット」からは、ドメスティックではなくヨーロッパの香りがしたし、優秀なデザイナーがたくさんいる感じがしたんです。僕が入社したちょうど1年前にGMと提携もしたし。僕が若い頃憧れたのは、60年代のピニンファリーナやベルトーネ、それとGMデザインですよ。
清:会社で自動車デザインを教えてくれたんですか?
中:教えてくれましたよ。仕事としてね。
清:仕事をしながらですか?
中:クルマをデザインするには、まずスケッチができなきゃいけない。そのテクニックを教えてくれるんです。どう魅力的に見せるかとか、色の使い方とかクルマの角度とか、基礎を全部学んだんですよ。マーカーを使って、チョークやパステルを削って……って具合に。
清:えっ! 先生が生徒に教えるみたいに!?
中:当時最先端の絵の描き方の技術をまんま教えてくれましたよ。そのあとクレイモデルを作ってくれる。
清:ええっ! 新入社員のスケッチをクレイモデルにしてくれるんですかあっ!?
中:当時の僕の上司だった根岸さん(根岸秀孝氏)が留学やGMデザインの経験もある寛容な人でね、好きにやってみろ、という感じの人だった。だから僕は新人の頃から1分の1のクレイモデルを作ってました。
留学先を首席で卒業
清:数分の1じゃなく1分の1!?
中:今ではさすがにそれは難しいよね。なにしろビジネスだから、1分の1のクレイを1台作ると、材料代考えるだけでもすごく高い。
清:そりゃそうでしょう。それにしても、雑巾がけなしで!?
中:雑巾がけ的なことはなかったですね。本当は早いうちから責任を持たせた方がいいんです。いすゞは若い人にどんどんやらせる会社でした。なぜかというと、いすゞには海外経験のあるグローバルな視点のあるデザイナーが何人もいたんですよ。だから、新人でもやれるやつにはどんどんやらせた。雑用はさせないよ! って言ってくれた。
清:素晴らしいですね……。
中:29歳から1年間、カリフォルニアのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインにも留学させてもらえたしね。
清:自動車デザインの超名門ですよね。そちらを首席で卒業されたと聞いてますが。
中:そりゃあ優秀だったですから(笑)。
清:クラスメートに、あのクリス・バングル氏もいたと聞いてますが!
中:いましたよ。でもこっちはもう経験ある現役の自動車デザイナーだから、技術的にはずばぬけてた(笑)。クラスメートたちは、僕がいすゞで教わったことを大学生として一から勉強してるわけですよ。スタート時点ですごいリードがあった。だから、僕が学生に教えてたくらい。
清:そ、そうなんですか!
中:ただ、クリス・バングルは絵はめちゃめちゃうまかったね。彼は本当はディズニーに就職したかったんですよ、デザイナーとして。学校にミッキーの帽子かぶって来るぐらい。
清:ええっ!?
中:SF的な宇宙船の絵とか、めっぽううまくて、すごくイマジネーションのある人だった。クルマはともかく、宇宙船ではかなわなかった(笑)。
(つづく)
(語り=清水草一、中村史郎/まとめ=清水草一/写真=中村史郎、webCG/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。