ルノー・カジャー インテンス(FF/7AT)
これもまた、正真正銘のルノー 2018.04.17 試乗記 限定モデルの先行販売を経て、いよいよ“正式に”日本に導入された「ルノー・カジャー」。あまたのモデルがしのぎを削るコンパクトSUV市場に投入されたフランス産のニューモデルは、ある意味、実にルノーらしい一台に仕上がっていた。他のモデルは好調なのに……
今回が正式なカタログモデル発売となるカジャーだが、ご存じの向きも多いように、カジャーそのものは昨2017年8月末に「Bose」という100台の限定車で先行上陸している。
で、今回の“正式カジャー”の本体価格は347万円。先行限定車の3万円高。パワートレインやタイヤサイズ、安全装備などの基本ハードウエアに限定車とのちがいはないが、ボーズ音響システムとパノラマルーフが省略されたかわりに、今度はレザーシートが標準装備となった。ボーズとガラスルーフ、レザーシートなどの相場を考えると、今回の価格設定は限定車比で実質据え置き、もしくは値上げとしても誤差範囲……と理解すべきか。
先行限定車の発売当時は「年明け(=今年)の1月にもカタログモデル発売」とアナウンスされていたが、結果的には3カ月ほど遅れたことになる。その背景にはスペインのバレンシア工場における生産日程のズレなどもあろうが、「先行限定車が思ったほどの勢いで売れなかった……」という日本側の事情も無関係ではないかもしれない。
昨秋の先行限定発売も、SUV市場の昨今の急成長にあせった(?)ルノー・ジャポンが、昨年分のカジャー生産計画になかば強引に100台分をねじ込んで実現した。しかし、先行限定カジャーは少なくとも年明けまでインポーター在庫があったらしいから、実際の販売が期待したほどでなかったのは事実。
もっというと、その弟分である「キャプチャー」の販売も最近は芳しくない。日本におけるルノーの販売台数は2010年に前年比プラスに転じてから「カングー」に各種「ルノー・スポール」、「ルーテシア」「トゥインゴ」と、年ごとにヒット作を重ねることで、昨年まで8年連続で右肩上がりを記録してきた。しかし、そこに今ハヤリのSUVの貢献があまり見えないところが、良くも悪くも日本におけるルノーの特殊性を象徴している。
ルノー&日産の共用プラットフォームを採用
そんなカジャーは、ルノー・日産アライアンスが使うC/Dセグメント用の共通骨格モジュール「CMF C/D」を土台とする。CMFとは「コモンモジュールファミリー」の頭文字から取ったネーミングだそうで、いわばルノー・日産版「MQB」のようなものだ。
CMF C/Dの最初の商品化例は、ルノーでは2014年秋にお披露目された5代目「エスパス」、日産ではさらに1年さかのぼった2013年秋に初公開されて、同年12月に国内発表された現行3代目の「エクストレイル」である。
同アライアンスでSUV市場を率先して開拓してきたのは、ヨーロッパでも日産だった。エクストレイルは初代から欧州でヒットしたし、「ジューク」は欧州のコンパクトSUV市場のパイオニア的存在である。しかし、ヨーロッパでそれ以上の存在感を誇る日産SUVは「キャシュカイ」だ。2007年初頭に発売されたキャシュカイは同年5月には日本でも「デュアリス」として発売された。
日本でのデュアリスは結局のところ、ジュークやエクストレイルほどの人気を維持できず1世代で終了してしまうが、欧州でのキャシュカイは初代から大ヒットして、2014年にCMF C/Dベースで登場した2代目はさらなるヒット街道をひた走っている。欧州全域の自動車販売でトップ10圏内に頻繁にランキングされる日本ブランド車は現在2台しかないが、そのうちの1台が、いうまでもなくキャシュカイである(ちなみに、もう1台は「トヨタ・ヤリス=日本名ヴィッツ」)。
伸びやかでスポーティーなルックスこそ身上
キャシュカイが知られていない日本では、カジャーを“ルノー版エクストレイル”と表現するメディアも多いが、そのたとえは間違いではないが、少しばかりあらっぽい。
ホイールベースや全高などのパッケージレイアウトで見ると、エクストレイルに近いルノーは「コレオス」だ。それより短い2645mmというカジャーのホイールベースは日産でいうとキャシュカイと同寸で、1.6mそこそこの全高もキャシュカイに酷似。つまり、カジャーは“キャシュカイのルノー版”であり、いずれにしても、エクストレイル/コレオスより明確にコンパクトで背も低く、よりカジュアルなクロスオーバーである。
日本仕様のカジャーのエンジンは、ルノー車のガソリンユニットの中核ともいうべき1.2リッター4気筒直噴ターボで、駆動方式はFFのみ。本国では4WDの用意もあるが、ディーゼル+MTの設定しかないので日本導入予定はない。こうして4WDの存在が限定的な点からも、カジャーの目指すところが本格SUVとは一線を画した軽快で気軽なクロスオーバーであることがうかがえる。
前後ランプやサイドシルの処理などの外観意匠が、同じCセグメントの「メガーヌ」よりルーテシアやキャプチャーに似ているのは、2015年夏というカジャーの本国発売がメガーヌよりわずかだが古いからだ。
ルノーの現デザイン担当副社長のローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏の下で白紙からデザインされた市販車第1号は、2013年初頭にグローバル発表された現行ルーテシアである。そのルーテシアと共通モチーフで造形されたカジャーまでを“ヴァン・デン・アッカー第1世代”と定義すれば、同じ年の後半に登場したメガーヌからは前後ヘッドランプやサイドシルのモチーフが変わっており、以降の新型ルノーは“第2世代”と呼ぶべきだろう。
いずれにしても、カジャーはSUVとしては低いプロポーションで、大きなキャプチャーというよりは、より伸びやかな“ルーテシアの親玉”といった雰囲気。実物は写真以上にスポーツカールックで、そのSUVらしからぬ流麗でスポーティーなデザインが、カジャー最大の売りである。
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この便利さは“日産ゆずり”?
フロアが低く、室内空間が外から見る以上に広々としており、静粛性でもはっきりと優秀……といったメリットは、日本での正式発売では先行した4代目メガーヌに似る。そのあたりがCMF C/Dを採用したルノー車に共通する美点といえるだろう。
とくに後席の居心地は印象的なほど気持ちいい。窓が小さいので閉所感はあり、後席用の快適装備も皆無に近い。しかし、繰り返しになるが空間は意外なほど広く、アップライトな着座姿勢も長距離にも心地よさそうだ。
フルカラー液晶のメーターパネルや、車載機能を集約したセンタータッチパネルが自慢なのもメガーヌと同様。内装の質感表現もメガーヌに準じており、つまりは最新Cセグメントの平均的な仕上がり。取り立てて安っぽくはないが、ず抜けて高級でもない。試乗に先だっておこなわれたルノー・ジャポン広報部の説明によると、内装デザイン最大のハイライトは、センターコンソールの助手席側につく革巻きグリップらしい。さすがに300万円台のクルマでは、この種の部品をひとつ追加するにも、コスト管理でそれなりに重い決断が迫られるのだ。
カジャーで感心するのは、収納装備に見られるルノーらしからぬ(失礼!)細かな工夫と多彩さである。前席センターアームレスト下のコンソールボックスが、深いメインボックスとリッド部分の浅いトレイの2階建てになっているのはルノーではめずらしい。また、荷室には深さ10cm弱の床下収納があり、前後2枚のフロアボードそれぞれについて、“標準(=上げ底)”、“床下落とし込み”そして“垂直に立てる”という3種のアレンジが可能。それらを組み合わせることで、荷室をじつに細かくあつらえることができる。
……といったところがカジャーの美点だが、調べてみると、これらの機能はほぼすべてキャシュカイと共通のようで、時系列的には日産主導の設計っぽい。なるほどルノーらしくないはずである(笑)。
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あ、この瞬間がルノー車だね
今回は山中湖周辺と富士五湖道路を撮影時間を含めて2時間……という限定的な試乗だったので、バカンスを標榜するカジャーの本質≒長距離性能を試すことはできなかった。ただ、前記の静粛性に加えて、湿式7段EDCと1.2リッターというパワートレインの組み合わせの滑らかさには驚いた。
この組み合わせは新型メガーヌの「GTライン」と共通だが、実際に体験できたのは今回が初。変速機のトルク容量に余裕があるのか、変速時にツインクラッチ特有のギクシャクがほとんど看取できないのには感心した。また、案外軽い車重に加えて、従来の6段より細かいギアリングの恩恵もあるのか、動力性能も事前の予測以上にパンチがきいている。
フットワークもいい。最低地上高は200mmと意外なほど本格的だが、腰高な感覚はこれっぽっちもない。低速の目地段差でこそ19インチゆえの細かい突き上げを意識させられるものの、上屋に無粋に上下するクセは皆無。どんな速度でもピタリとフラットだ。しかも、スピードが上がるほどに、アシが有機的にストロークしてフラット感はさらに増す。しかも、低速では少しだけ軽すぎの感があったパワステもいよいよヒタリと落ち着くのだ。
ステアリングホイールも小さめのスポーツ志向のデザインで、身のこなしもリニアで正確なのだが、そこに組み合わせられるスロー気味のステアリングギアレシオがこれまたドンピシャの設定である。
カジャーのフットワークは基本的にロールを強く抑制した引き締まった調律ではあるものの、バネ下の動きはしなやかで滑らか、そしてムチを入れて荷重移動を意識するほどに、スッと沈んでヒタッと止まる。“この瞬間がルノーだね!”の見事な所作である。
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あらゆるところが“フツーにいい”
そうした際の微妙な操作もピタリと決まるブレーキタッチもいい。細かい話だが、従来型のルノーCセグメントはブレーキのマスターシリンダーが左側に固定されており、右ハンドル仕様ではブレーキのタッチがわずかながら左ハンに劣っていた。しかし、カジャー(や新型メガーヌ)では右ハン仕様のマスターシリンダーはきちんと右側に配置される。
つまり、ブレーキのマスターシリンダーがハンドルに位置に合わせて、きちんと左右に配置されるのも、新しいCMF C/Dの美点といっていい。それはドイツ車あたりでは当たり前の設計だが、イタリア車やフランス車ではそうではない例はまだ少なくないのだ。
このようにカジャーはさすがヨーロッパの激戦区に参戦する戦略商品だけに、開発陣の気合も伝わってくる。使い勝手でも乗り味でも、細かいところまで工夫と調律が行き届いたクルマであり、今回の短時間試乗でも、さらに長く乗ればどんどん印象が好転していって、どんどん人間の感覚にフィットしていくタイプだろう……と素直に確信できた。
カジャーはあらゆるところが“フツーにいい”ところが、良くも悪くも特徴である。ヨーロッパでのルノーは押しも押されもせぬ大手ブランドだから、日本におけるトヨタのように“フツーにいい”も積極的な売りになる。
ただ、カジャーはメガーヌ同様にルノーでは先進運転支援システム(ADAS)に大きく踏み込んだ商品ではあるが、クルーズコントロールに車間維持機能はつかず、自動ブレーキは完全停止にいたらず、歩行者にも反応しない。それでも2015年のデビュー時にはユーロNCAPで最高の5つ星を獲得しており“欧州最適化”には余念がないが、2018年現在の日本市場の感覚では明らかに物足りない。347万円という価格も同格の輸入車より割安ではあるが、日本でルノーをあえて選ばせるだけのパンチがあるか……と問われれば、素直にうなずけないのが正直なところだ。
ハッキリいうとカジャーが日本でヒットする可能性は低い(失礼!)。ただ、このなんとも心地よい操縦性や乗り心地、じつにちょうどいい実用性など、たまたま手に入れて自分の生活にフィットしてしまうと、ほかの選択肢が一気に薄れてしまうタイプのクルマでもある。そういえば、初代コレオスや昔の「セニック」も、日本ではお世辞にもヒットしたとはいえないが、いまだに大切に乗り続けている人が少なくない。その意味では、カジャーも正真正銘、いかにもルノーっぽい一台ではある。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
ルノー・カジャー インテンス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4455×1835×1610mm
ホイールベース:2645mm
車重:1410kg
駆動方式:FF
エンジン:1.2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:131ps(96kW)/5500rpm
最大トルク:205Nm(20.9kgm)/2000rpm
タイヤ:(前)225/45R19 96W/(後ろ)225/45R19 96W(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5)
燃費:--km/リッター
価格:347万5280円/テスト車=354万9960円
オプション装備:ETC車載器(2万5000円)/フロアマット<ベーシックタイプ>(1万8360円)/エマージェンシーキット(3万1320円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:711km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。