第500回:キャデラックの“自動運転”はここまで来た
ハンズフリー走行を可能にした「スーパークルーズ」を試す
2018.05.02
エディターから一言
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業界初の真のハンズフリードライビングをうたう、キャデラックの運転支援システム「スーパークルーズ」。その実力はいかなるものなのか? 同システムを搭載した「キャデラックCT6」に米国で試乗した。
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ハイウェイで手放し運転を可能に
まず主要自動車メーカーが全力を出し切って独自の技術を競い合い、その一方でメガサプライヤーはハードウエア構成からシステムインテグレーションを包括的に担うパッケージを中小規模の自動車メーカーに提案、そして自動車生産とは直接関係のないIT企業も膨大な予算や機動力を武器に新たなサービス媒体の主力としてそれを開発……。
と、いま現在、先々の自動運転を前提とした運転支援技術を取り巻く状況は、情報の近場にいる僕らでさえフォローもままならないほどすさまじい動きになっている。一方で、今年に入ってからのウーバーやテスラの事故を契機に、その拙速さを疑問視する意見も出できているのは確かだ。昔も今も乗り物の移動にまつわる安全に100%の保証はないものの、それを提供する側は、事故ゼロでなければならないという意識の高さが常に求められる。自動運転という言葉ひとつでさえ世間のミスリードなきよう慎重に扱わなければならないのは自明だ。
そんなわけで、現状の市販車に搭載されたすべての運転支援機能はいわゆるレベル2、つまり万一の際の運行責任はドライバーに帰属するということになる。単に技術的な視点で言えばすでにレベル3に相当するか否か……というものもあるが、倫理的には厳然とレベル2だ。
そんな中、北米向けのキャデラックCT6に興味深いシステムが搭載された。スーパークルーズと名付けられたそれは、北米エリアの中央分離帯付きハイウェイ上でのハンズフリー走行、つまり手放し運転を可能にしたという。網羅する距離は約13万マイル。これはほぼ全州・全高速道路に該当するそうだ。
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3Dダイナミックマップデータを活用
スーパークルーズで特徴的なのは精度向上の主要技術として3Dダイナミックマップデータを活用していることだ。これはアウトソーシングではなくGMの社内にある専門の開発チームが生成したインハウスもので、チームは日々360度ライダー(LiDER)を搭載したデータ収集車両を運行、2年近くの時をかけてそれを完成させたという。
ダイナミックマップのデータは車線やカーブ曲率だけでなく橋脚やガードレール、分離帯といった路上の構造物、登下坂やうねりといった全体地形も含まれている。言い換えればスーパークルーズを搭載した車両は、オーナーが初めて走る道路の先方情報をすでに知っているということだ。ちなみにスーパークルーズの作動時は、車両側は2km先までの情報を常時認識しているという。あくまで風のうわさでしかないが、GMの地図チームはすでに北米以外の主要市場のダイナミックマップを手がけているという話もある。
スーパークルーズの精度の源泉はこのマップデータと高精度GPSの位置情報との連携といえるだろう。もちろんそこにフロントカメラの車線認識情報や、前車距離測定レーダーの情報も加わるわけだが、驚くことにその位置精度は誤差6cm以内、つまりタイヤ幅4分の1程度のズレしかないという。仮にこの精度で延々と高速道路を走り続けられるというのであれば、それは人間の運転の確度を完全に上回っているということだ。
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その走りは熟練ショーファーのよう
試乗はマンハッタンにあるキャデラックの本社から、ハドソン川の下を抜けるトンネルを経てニュージャージーに渡り、そこから西に伸びるハイウェイを使って行った。聞けばそこを起点としてニューヨーク州からカリフォルニア州にわたるプレス向けの試乗会もすでに行われたという。ちなみにアメリカではハイウェイ上のハンズフリードライブはハワイ州とニューヨーク州を除き認められていたが、スーパークルーズの登場と時同じくしてニューヨーク州でもその許可が下りたそうだ。
スーパークルーズの作動方法は至ってシンプルだ。まずステアリング左中央のボタンを押してシステムを稼働させると、メーター内にステアリング印が点灯。これが緑色表示の際には諸条件整いましたということで、通常のクルーズコントロールを作動させればスーパークルーズがオンとなる。
初めて体験したスーパークルーズのパフォーマンスは、想像を大きく超えるものだった。ともあれカメラ情報を主とする多くの操舵支援システムとは、前方の理想的なトレースラインの捉え方がまるで違っている。簡単に言えばコーナーを走る際の舵の切り始めも戻し始めも、スーパークルーズははっきりと早い。カメラ主導であれば視界に曲率が入ってからの操舵判断になるところが、スーパークルーズは地図主導ゆえ先の先の状況もわかっている、つまり曲がる前から滑らかなラインに向けてのプランが描けているわけだ。加えてハード側の開発チームもスーパークルーズに合わせて操舵の細かな段付き感を取り除いたのだろう。ともあれ不用なGを感じさせない熟練ショーファーのような走りを実現している。
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安全策にも怠りなし
それでなくてもクルマの中で飲食当然というお国柄、両手が使えるということはビッグマックも食べやすくなるわけで、これは歓迎されるだろう……という一方、スーパークルーズはレベル2としてドライバーの運行責任も生じるわけだ。それこそ両手でスマホもいじれそうだし、シートを倒して就寝することもできるのではないかというこのシステムは相当高いドライバー側のモラルが問われるのではないだろうか。
……と思っていたら、スーパークルーズは車両の側に幾重もの安全策を施していた。まずこのシステムはハンズフリーの運転支援を稼働する条件として、ドライバーが前方を見ていることを掲げている。裏返せばドライバーの状態を常にモニタリングする機能が必要ということで、スーパークルーズの搭載車はステアリングコラムの上に小さなカメラが据え付けられることになるわけだ。
頭の角度やまぶたの傾きだけでなく、視点が横や下を向いていることも認識するこのカメラがドライバーの前方監視の怠りを認識すると段階的にスーパークルーズを解除する。その注意喚起は音に加えてステアリングリム上縁に仕込まれたLEDの発光でも段階的に行われる。モニタリングにカメラを用いた効能はドライバーの緊急事態への対応にも役立っており、突発的な疾患などで運転操作ができなくなった際にはクルマの側がハザードを点灯させながらゆっくりと速度を落とし、最終的には停止するという機能も備わった。安全に対する何重もの構えには、自動車メーカーとしての矜持(きょうじ)がうかがえる。
GPSを介して緊急支援情報の送受信を行うオンスターシステムはGMが1996年から供給する安全サービスの一環だが、スーパークルーズはこのオンスターとひも付けられているため、日本での展開は地図情報とは違った高いハードルがある。が、GMはこのシステムの下位展開も当然視野に入れていることだろう。何年か後にはレンタカーの「シボレー・マリブ」あたりでのスーパークルーズ体験がアメリカ旅行のお楽しみとなっているかもしれない。
(文=渡辺敏史/写真=ゼネラルモーターズ/編集=竹下元太郎)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。