第24回:ボディー構造――理想の形を求めて
素材の進化がデザインを変える
2018.05.17
自動車ヒストリー
視覚的な美しさはもちろん、空力性能や衝突安全性など、さまざまな要因によって形作られる自動車のボディー。パワープラントやドライブトレインと並んでクルマの性能を決定づける車体構造の歴史を、使用される素材の進化とともに振り返る。
燃えやすい素材が生んだ造形
1935年のパリサロンに出品された「ブガッティ・タイプ57SCアトランティック」は、特異なスタイリングで注目を集めた。長いボンネットを持ち、キャビンはティアドロップ形で航空機を思わせる。流麗なクーペスタイルだが、何よりも人々を驚かせたのは、背びれ状の“出っ張り”だった。それはボディーのセンターを通り、フロントからリアまで切れ目なくつながっていた。
空力性能のためにこのような形状が採用されたわけではない。軽量化のためにボディー素材として使ったマグネシウム合金が、非常に燃えやすい特性を持っていたことが理由である。溶接は不可能で、成形するには貼り合わせる形でリベット留めする必要があったのだ。生産モデルではアルミニウムが用いられたが、制約のために生まれたフィンのデザインはそのまま残された。
自動車のボディーデザインには、素材の進化が深く関わっている。成形や接合の技術もレベルアップし、デザインの自由度は格段に向上した。馬車の模倣から始まった自動車のボディー構造は、現在ではセダン、ミニバン、SUVなどのさまざまなバリエーションを生み出している。デザイナーの思い描く理想の形は、素材と技術の発展なしには実現できなかった。
1922年の「ランチア・ラムダ」は、乗用車として初めてモノコック構造のボディーを採用した。当時はハシゴ型フレームに木製ボディーを架装するのが常識だったが、ラムダはスチール製のボディー全体で強度を受け持つ構造を取り入れたのだ。軽量で高い剛性を持ち、操縦性能と乗り心地の快適さは飛び抜けていたといわれる。モノコック構造は重心を低くするのにも有利で、スポーティーなスタイルを実現することができた。ラムダの成功により、モノコックボディーを使った新しいデザインのクルマが作られていくことになる。
事故対策で一部を柔らかく
ボディー構造は、デザイン以外の部分でも自動車づくりに影響を及ぼしてきた。1990年代からクローズアップされてきたのが衝突安全の問題である。ボディー構造には、交通事故が発生した場合の乗員保護が託されている。シートベルトやエアバッグも安全性向上に寄与しているが、それもボディーそのものが事故に強いことが前提である。日本では、1994年から新型車の衝突実験が義務づけられるようになり、1995年からは自動車事故対策センター(現自動車事故対策機構)による安全性能評価、自動車アセスメントも開始された。
ボディーを固くすれば乗員保護性能が上がるという単純な話ではない。乗員の生存空間を確保するためには、衝突時につぶれることで衝撃を吸収する部分が必要だ。キャビンが変形するのを防ぎ、乗員の被害を最小限にとどめるわけだ。重いエンジンが室内に入り込まないための工夫も重要である。
生存空間の確保だけでは十分とはいえない。衝撃でドアが勝手に開いてはならないが、脱出のためには手で開けられる状態を保つことも求められる。さらに、今日のクルマにはコンパティビリティー(両立性)の考え方も取り入れられるようになった。重いクルマと軽いクルマが衝突した場合、どうしても軽いクルマは不利になる。軽いクルマを守るためには、重いクルマがより多く衝撃を吸収できる構造でなければならない。
対人事故に対する構えも必要だ。歩行者保護の観点から近年では歩行者安全性能評価も行われている。接触して倒れた歩行者の頭部がボンネットに当たることを考え、衝撃を和らげる必要がある。接触が想定される部分の素材と構造は、柔らかく作られなければならない。
![]() |
![]() |
![]() |
軽量化のための高張力鋼板
衝突試験が義務づけられてから、パッシブセーフティー技術は格段に向上した。その反面、ボディーが重くなってしまったのも事実である。安全性を確保するための補強は、必然的に重量増加をもたらす。車重が増えれば衝突時の衝撃が増すので、さらに補強を行わなければならない。また、燃費にも不利な条件になる。強度を保ちながら軽量化を進めることが、新たな課題として浮上した。
軽量化のためには素材の量を減らすのが早道だが、自動車の外板は薄いところではわずか1mmほどしかなく、これ以上薄くするのは現実的ではない。ただ、強度を受け持つ部分はもう少し厚い素材を使っており、重量を削ることが可能だ。フロアを形成するメンバーやサイドシル、ピラー類やルーフレール、バルクヘッドなどがそれにあたる。もちろん、ただ薄くするだけでは強度が落ちてしまう。そこで注目されるようになったのが、高張力鋼板である。
鋼板は配合される成分や製法によって品質が異なり、一般的なものでは270MPa以上の引っ張り強度を持っている。これに対し、特に強度の高い製品が高張力鋼板、あるいはハイテン鋼と呼ばれている。定義は定まっていないが、おおむね490MPa以上のものを指すことが多い。近年の自動車では、メンバーやピラーなどにハイテン鋼を使って剛性を高めるケースが増えている。さらに、引っ張り強度が980MPa以上の超高張力鋼板も使われるようになってきた。
ただ、強度が高まると、加工には困難が伴うようになる。鋼板はプレス加工によって成形されるが、固くなるほど曲げや絞りといった作業には工夫が必要だ。反発力が強まるために精度が出にくく、無理に力を加えると割れてしまうこともある。超高張力鋼板では加熱して柔らかくしてから成形するホットプレスという方法も使われている。
金属を超える素材CFRPの可能性
剛性確保には、それぞれのパーツをつなぎ合わせる溶接も重要なポイントになる。最も一般的なのは、スポット溶接と呼ばれる方法だ。金属の表面を密着させて両面から電極を押しつけ、強大な電流を流すことで溶融させる仕組みである。打点を増やすことによってボディー剛性を上げることができるが、電流を利用するため打点間距離には限界がある。最近では線状に接合することのできるレーザー溶接も使われるようになってきた。
鋼板に代えて、外板をアルミニウムで構成するモデルもある。ボンネットやフェンダーなどの応力のかからない部分にアルミニウムを用いて軽量化する例は多く、「アウディA8」や「ジャガーXJ」などでは、ボディー全体がアルミ化されている。
金属を超える可能性を持つ素材として注目されているのが、炭素繊維強化樹脂(CFRP)である。軽量な樹脂に弾性率の高い炭素繊維を組み合わせた複合材料で、テニスラケットやゴルフクラブなどに用いられていた。自動車では、1981年にF1マシンの「マクラーレンMP4/1」が採用したのが最初とされている。CFRPは鉄の5倍に達する引っ張り強度を持ちながら、重量はわずか4分の1。同じ重量で比べれば、強度が20倍ということになる。
自動車のボディーに使うには理想的とも思えるが、弱点は製造に時間がかかることだ。加圧しながら長時間加熱して成形し、冷やす工程も加わる。鋼板に比べて数十倍の時間が必要で、必然的に高価格になる。大量生産には向かず、モータースポーツと一部の高級スポーツカーでしか採用されていない。
しかし、それほど遠くない時期に一般の乗用車でも使われるようになるという予測もある。短時間で成形できる熱可塑性CFRPの研究が進んできたからだ。従来の熱硬化性CFRPより加工が容易で、2018年秋にもボディーの一部にこの素材を採用したモデルが発売される予定だ。素材と技術の進歩は、これからも自動車のボディーを大きく変貌させていく可能性を持っている。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第105回:資本主義のうねりを生んだ「T型フォード」
20世紀の社会を変えた大量生産と大量消費 2021.7.21 世界初の大量生産車となり、累計で1500万台以上が販売された「T型フォード」。このクルマとヘンリー・フォードが世にもたらしたのは、モータリゼーションだけではなかった。自動車を軸にした社会の変革と、資本主義の萌芽(ほうが)を振り返る。 -
第104回:世界を制覇した“普通のクルマ”
トヨタを支える「カローラ」の開発思想 2021.7.7 日本の大衆車から世界のベストセラーへと成長を遂げた「トヨタ・カローラ」。ライバルとの販売争いを制し、累計販売台数4000万台という記録を打ち立てたその強さの秘密とは? トヨタの飛躍を支え続けた、“小さな巨人”の歴史を振り返る。 -
第103回:アメリカ車の黄金期
繁栄が増進させた大衆の欲望 2021.6.23 巨大なボディーにきらびやかなメッキパーツ、そそり立つテールフィンが、見るものの心を奪った1950年代のアメリカ車。デトロイトの黄金期はいかにして訪れ、そして去っていったのか。自動車が、大国アメリカの豊かさを象徴した時代を振り返る。 -
第102回:「シトロエンDS」の衝撃
先進技術と前衛的デザインが示した自動車の未来 2021.6.9 自動車史に名を残す傑作として名高い「シトロエンDS」。量販モデルでありながら、革新的な技術と前衛的なデザインが取り入れられたこのクルマは、どのような経緯で誕生したのか? 技術主導のメーカーが生んだ、希有(けう)な名車の歴史を振り返る。 -
第101回:スーパーカーの熱狂
子供たちが夢中になった“未来のクルマ” 2021.5.26 エキゾチックなスタイリングと浮世離れしたスペックにより、クルマ好きを熱狂させたスーパーカー。日本を席巻した一大ブームは、いかにして襲来し、去っていったのか。「カウンタック」をはじめとした、ブームの中核を担ったモデルとともに当時を振り返る。
-
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
NEW
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。 -
NEW
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える
2025.10.20デイリーコラム“ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る! -
NEW
BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ(FR/8AT)【試乗記】
2025.10.20試乗記「BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ」と聞いて「ほほう」と思われた方はかなりのカーマニアに違いない。その正体は「5シリーズ セダン」のロングホイールベースモデル。ニッチなこと極まりない商品なのだ。期待と不安の両方を胸にドライブした。