ポルシェ718ボクスターGTS(MR/6MT)
ヒエラルキーを揺るがす 2018.08.16 試乗記 ポルシェのコンパクトなミドシップスポーツカー「718ボクスター」に設定された、装備満載の最上級グレード「GTS」。365psを発生する2.5リッター4気筒ターボと、さらにスポーティーに調律された足まわり、アクティブトルクベクタリングに代表されるハイテクが織り成す走りをリポートする。すっかり浸透したライトサイジングエンジン
現行モデルとして日本で販売されている718ボクスターシリーズは、全部で3モデル。最高出力300psの「718ボクスター」、その上位モデルである最高出力350psの「718ボクスターS」、そして2017年のロサンゼルスショーで“ワールドプレミア”された、最高出力365psの718ボクスターGTSというラインナップだ。3モデルとも水平対向4気筒ターボエンジンをリアミドに搭載し、2シーターのオープンボディーを採用。端的に紹介すれば、エンジン出力と装備によってヒエラルキーが決まるといういつもの手法である。
往年のポルシェファンにとっては、ターボは別格、自然吸気エンジンの最高峰がGTSというグレードだった。しかし、そんな時代は今は昔。ターボ化を精力的に進める現在のポルシェにあって、このGTSグレードは718ボクスター/ケイマンからブランドアイコンたる「911」まで、漏れなくターボモデルとなる。デビュー当初は、6気筒から4気筒への“ライトサイジング”がなされた718系のエンジンは、「いかにも水平対向エンジンらしい」サウンドが「いまいちスポーティーでない」や「ポルシェらしさに欠ける」といわれたものだが、ジャパンプレミアから丸2年、そうした声もいつの間にか小さくなっているように感じる。
そんなことを考えながら、スペックシート(日本販売モデル)を眺めていると、718ボクスターSとGTSの細かな違いに気づく。例えば前述のエンジン出力はもちろんだが、全長は718ボクスターSに対してGTSは6mm長く、全高は10mm低い。車高はよりスポーティーなサスペンションの装備によるもので、リップ部分を立体的に造形し直したフロントスポイラーの採用で4385mmへと全長が伸ばされている。ホイールは1インチアップの20インチサイズが標準。ヘッドライトは内側がブラックアウトされたバイキセノン式、精悍(せいかん)なスモークタイプのレンズを採用したリアコンビネーションランプも、両モデルを識別するポイントになるだろう。
あれもこれも標準装備
インテリアでは、ヘッドレストに「GTS」のロゴをあしらったシートをはじめ、イタリア製のラグジュアリーマテリアルとして知られるアルカンターラをステアリングホイールやセンターコンソール、ドアハンドルに使用(ドアやグローブボックスなどはオプション)。高級感さえ感じさせるフィニッシュである。718ボクスターSではオプション装備として選ばなければならなかった“お値段29万4000円ナリ”の「スポーツクロノパッケージ」も、標準装備される。
シャシーでは、電子制御式の可変減衰力ダンパーとしておなじみの「PASM」や、トルクベクタリングシステムの「PTV」、ダイナミックトランスミッションマウントがGTSには標準で採用される。機械式のLSDはPTVに含まれている。タイヤはミシュランの「パイロットスポーツ4S」。フロント235/35ZR20、リア265/35ZR20というサイズだ。
もはやポルシェでさえ右ハンドルモデルを選ぶのが当たり前となった今、そのシートポジションは日常で右ハンドルモデルに乗り慣れている人でも違和感なくすんなりと決まる。センタートンネルに近い左足の収まりが少し窮屈なのはご愛嬌(あいきょう)だが、ステアリングホイールやシフトノブ(試乗車はMTだった)、各種スイッチへのアプローチは極めて自然。一般的な体形のドライバーであれば、電動シートの操作によってジャストなポジションが得られるはずだ。幌(ほろ)を閉めた際の左右斜め後方を除けば視認性もよく、ドライビングポジションとそこから得られる視界情報にストレスは少ない。
クラッチは重めだが苦労するほどでもなく、パーキングスピードでのトルクも十分で移動がしやすい。シリーズトップの高性能モデルから想像する神経質さとは無縁で、最大トルクを1900rpmから発生させるターボエンジンの柔軟性と懐の深さを実感する。低音を効かせたエンジンサウンドもノーマルモードでは極めて静かで、夜間の住宅街でもおそらく迷惑にはならない範囲だろう。「スポーツ」「スポーツプラス」と切り替えていけば、そのレベルに応じたボリュームで乾いたエキゾーストサウンドがうなりを上げる。
この排気音は(この2年ですっかり4気筒ターボに慣れたせいもあるのだろう)スポーティーと紹介してもいい部類のもの。特にスポーツプラスでは、低速では少しくぐもって聞こえるものの、エンジンを回すほどに遠慮のないものとなり、ビリビリと背中から耳を刺激するほどにボリュームも豪快さもアップする。
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コーナリングは快感のひと言
試乗車であった6段MTの車検証に記載される車重は1400kg。これに対してパワーは365psもあるので、718ボクスターGTSは十分に強力と言っていいパフォーマンスを発揮する。試乗車の6段MTは7段デュアルクラッチトランスミッションのPDKに対して1速分ギアが少ないが、それでも1速=3.31、2速=1.95、3速=1.41、4速=1.13、5速=0.95、6速=0.81と、クロスレシオと呼んでいいギア比を持つ。ちなみにPDKでは1速=3.91、2速=2.29、3速=1.65、4速=1.30、5速=1.08、6速=0.88、7速=0.62と、7速を超オーバードライブに設定。高速走行が多いユーザーであれば、燃費ではPDKのほうが有利となりそうだ。
マニュアルシフトは、ほどほどに節度があり、いかにもスポーツカーをドライブしている満足感に浸れる。スポーツプラスのエキゾーストサウンドとシンクロするシフト操作は、「楽しい」のひと言だ。同時にスポーツモード以上(スポーツ/スポーツプラス)を選択すると、シフトダウン時のブリッピング機能が加わる。もちろん下手なドライバーがそれっぽくアクセルをあおり、回転を合わせるような場当たり的なものではなく、タイミングも精度も折り紙付き。クルマ自身が速度と選択したギアに合わせた的確な回転数にエンジンをコントロールしてくれる。実際に、減速→シフトダウン→ステアリング操作→アクセルオンという一連の動きが実にスムーズに完結し、コーナーでの脱出速度が格段に上がるのだ(試乗者個人のスキルによる感想)。
トルクベクタリングシステムの恩恵もあろうが、ドライバーにはその存在を一切知らせず、極めて自然に、そしてドライバーを中心に“回る”という表現がピッタリなコーナリングは、快感としか言いようがない。高度なテクニックも必要とせず、基本に忠実なドライビングを行えば、外からその姿を見ているものにとっては、きっとレーシングドライバーが運転しているかのごとく映るはずである。もちろん、鮮やかなヒール・アンド・トウを駆使したと思わせる流れるようなコーナリングはすべて718ボクスターGTSの手柄なのだが、助手席のゲストでさえ気づくことはないだろう。
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“エントリーモデル”の枠を越えて
クローズドボディーのケイマンに比べ、ボディー剛性や乗り心地で確実に不利になるボクスターでありながら、ガチで乗り比べでもしない限りそうした事実を感じることはほとんどない。20インチサイズのタイヤを履きこなし、乗り心地も快適だと表現できるレベルにとどまらせている。同時にこのシャシーは実に懐が深く、連続するうねりで荷重ヌケが顕著になるコーナーにあっても、すぐさまピタリとボディーを安定させる。タイヤというよりも、シャシーそのもののメカニカルグリップが高いとでも表現すればいいのだろうか。
あえてラフなアクセル操作をしようとも、ステアリング操作はもちろん、前後タイヤのグリップへの悪影響は最小限。この重心が低く強靱(きょうじん)なシャシーこそが、“意のまま感”と“ダイレクト感”あふれる安定したコーナリングをもたらしているのだろう。とにかくそれは、舌を巻くクオリティーであり出来栄えだ。
多くのポルシェファンや911乗りを敵に回してしまいそうだが、走りのレベルでいえば、もはやミドシップの718ボクスター/ケイマンはリアエンジンの911を超えた存在なのでは、とさえ思える。もちろん、ゼロ発進で矢のように加速する911の魅力はみじんも薄れておらず、コントロールする楽しみを感じるのも事実だが、この“人馬一体感”を、ドライバーを中心に吸い付くように回る718ボクスターGTSのコーナリングを(結構なスピードで)味わってしまうと、6気筒や4気筒といった次元のハナシではなく、このクルマの持つポテンシャルの高さを伝えないわけにはいかない。
911あってのポルシェであり、マーケティング的には価格も含めてエントリーモデルとしての役割を担っているはずの718ボクスター/ケイマンだが、しがらみ抜きで考えれば、「これほど魅力的なスポーツカーは他にない」と、諸先輩や関係者の顔色をうかがいつつも言いたくなるのである。
(文=櫻井健一/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
ポルシェ・ボクスターGTS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4385×1800×1270mm
ホイールベース:2475mm
車重:1450kg
駆動方式:MR
エンジン:2.5リッター水平対向4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6MT
最高出力:365ps(269kW)/6500rpm
最大トルク:420Nm(42.8kgm)/1900-5500rpm
タイヤ:(前)235/35ZR20 92Y/(後)265/35ZR20 99Y(ミシュラン・パイロットスポーツ4S)
燃費:9.0リッター/100km(約11.1km/リッター、欧州複合モード)
価格:1032万円/テスト車=1192万5000円
オプション装備:ボディーカラー<グラファイトブルーメタリック>(15万円)/GTSアルカンターラパッケージ+GTSインテリアパッケージ クレヨン(31万9000円)/電動ミラー(5万5000円)/シートヒーター(7万6000円)/ロールオーバーバー エクステリア同色仕上げ(9万2000円)/GTSインテリアパッケージ(53万8000円)/オートエアコン(13万9000円)/バイキセノンヘッドライト ティンテッド<PDLS付き>(23万6000円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:3058km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:304.4km
使用燃料:33.7リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.0km/リッター(満タン法)/9.3km/リッター(車載燃費計計測値)
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櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。