第518回:新旧7台のアストンマーティンでルマンを目指す
英~仏800kmの旅路で感じた名門のヘリテージ
2018.08.16
エディターから一言
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1958年に登場したヒストリックカーから、2018年デビューの最新モデルまで、7台のアストンマーティンとともにロンドンを出発し、目指すはフランスのルマン。ドーバー海峡をまたいだ800kmのツーリングを通して、英国の名門が守るヘリテージと、最新モデルにも連綿と受け継がれるフィロソフィーに触れた。
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800kmの旅路を7台のアストンと行く
アストンマーティンのヒストリックモデルと最新モデルを乗り換えながら、ロンドンからルマンまで走っていかないか? そして現地で24時間レースを走るアストンを応援しよう──。当のアストンマーティンから、ファンにとっては夢のようなそんなツーリングへのお誘いをいただいて、断ることのできるヤツなんていないだろう。僕だってもちろんそうで、間髪入れず、一点の迷いもなく「喜んで」と返事を伝えたのだった。
6月14日の夕方。集合場所でもあったロンドン郊外の宿泊先に集った参加者は、僕を入れて8人。世界の各地から飛んできた“同業”たちだ。「アストンのヘリテージモデルには乗ったことがないから楽しみだ」という30代から、「最近のアストンは速すぎてパフォーマンスを使いきれないよ」と笑う50代後半まで、世代はさまざまだが、皆に共通しているのは、言葉にしなくても伝わってくる「アストン、好きなんだよねぇ」だ。僕たちは「DB4」「DB6」「DB6ヴォランテ」という3台のヒストリックモデル、「DB11 V8」「DB11ヴォランテ」「ヴァンテージ」、そしてデビューしたばかりの「DB11 AMR」という4台の最新ラインナップを、途中途中で融通し合い、乗り換えながら走っていく。なんと心豊かになれることか。
旅の道程は、ロンドンの西から市街南側をかすめ、一般道と高速道路を使ってケータハム、メードストン経由でドーバー海峡沿いのフォークストンへ。そこから車両運搬シャトルでフランスのカレーに渡ると、再び高速道路と一般道を走り、アブヴィル、ルアーブル経由で印象派が好んだ美しい港町オンフルールに入る。そこで1泊し、翌朝は内陸に入ってファレーズ経由でノルマンディーの丘陵地帯を抜け、ルマンへ。総走行距離およそ800km弱、一日平均およそ400kmの道のりだ。距離は大したことないが、とても英国らしいカントリーロードから、ロンドン近郊の混み合うハイウェイ、ノルマンディーの海沿いから走っても眺めても飽きない美しい丘陵地帯と、変化に富んでいる。心に効くグランドツーリングである。
走っていても、止まっていても注目の的
僕は初日の最初のクルマとして、並んでいた中で最も古いDB4を選んだ。アストンの歴史の中でエポックメイキングな存在として輝いている、1958年デビューの高性能GTである。ステアリングを握るのは、十数年ぶり。そのエレガントな姿をじっくり眺める暇もなく、ドーバー海峡に向かって慌ただしくスタートする。
対向車とすれ違うのにも気をつかうぐらいの小道を抜け、映画に出てきそうな雰囲気の、だけどかの地にはよくある村とも集落ともつかない美しい街並みを眺めながらコンボイでゆっくりと走り、今回はテストドライブというわけじゃないから仕方ないけど一度ぐらいはアクセルペダルを奥まで踏んでみたいなどと思ってたら……あれ? 何だかブレーキを引きずっている感じがするかも……。そしてそれは次第に悪化し、「交通の流れをせき止めないところがあったらクルマを止めるべきだな」と思った次の瞬間に小さな交差点の小さな信号に引っ掛かり、するとそこからはスタートもできないぐらいガッチリとブレーキがかんでしまった。
後続車が通れるよう何とかDB4を歩道に半分乗り上げるようにして止め、先行している運営チームのケータイ番号を探していたら、傍らを老夫婦が「あら、懐かしいアストンマーティンだわね」「昔、このクルマには憧れたものだよ」なんて、こちらを眺めながらニコニコと通り過ぎていく。自転車に乗った若者も「わーお!」と喜びながら、うれしそうにDB4を見つめていく。この年代のアストン、かの地でももはやだいぶ珍しいのだろうか? いずれにせよDB4、走っているときの周囲の反応からしても、かなり注目を浴びるクルマであることは確かだ。……今は壊れてるんだけどね。
独特の美学が心地よい
運営チームに連絡を入れようとしていると、1台のワンボックスがDB4の前に停車した。僕たちの最後尾で“追い上げ役”を兼ねて帯同している、ヘリテージ部門のメカニックたちだ。症状を伝えると「なるほどね」といいながらエンジンフードを開き、ブレーキのラインをチェックする。DB4はダンロップ製の4輪ディスクブレーキを備えたモデルだが、ロッキード製のバキュームサーボが付いていて、そこにチャッチャと手を入れる。「ここにトラブルが出ることがあるんだ」と言いながら、ものの10分たらずで「クルマに乗ってエンジンかけて、ゆっくりクラッチつないでみて」。……直ってる。フィールは少し変わったけど、作動は正常だ。
アストンマーティンはかつての名車たちをいい状態で動態保存していることで知られているけれど、それはこういう男たちによって支えられているのだ。そういえば出発前に確認する時間がなかったから、ここで尋ねてみる。「このエンジンはどこまで回していいの?」「好きなだけ(笑)。気持ちいいと思える範囲は分かるだろ? 調子はみてあるから。壊れたら直すし。壊れないけど」。こういうところも、英国の自動車文化の奥深さなのかもしれない。
実際のところ、その後のDB4は快調だった。他のクルマたちから遅れた分を取り戻すため──という言い訳のもと、3.7リッター直6にムチを入れたわけだけど、その加速は軽快というより野太い力強さで、“たかが”243psなのに想像以上に速く、意外や簡単にコンボイに追いついた。芯のしっかりした雄々しいフィールも、夢見心地にさせてくれる荒々しくも甘いサウンドも、はっきりと快い。デビュー当時にしても最速マシンというわけではなかったけれど、見晴らしの利く場所でどこか遠くを見つめているような、独特の美学に満ちた世界観の心地よさに、知らず知らずに引き込まれていく。
最新モデルにも踏襲されるキャラクター
ノルマンディーに渡ってしばらくしてからステアリングを握ったDB6ヴォランテも、よく似ていた。DB6のデビューは1965年と、DB4の2世代あとのモデルだから当然といえば当然だけど、「DB5」時代に4リッターに拡大されたものを踏襲する286psのエンジンは明らかにさらなる力強さとスピードを与えてくれる。とはいえ、全体的なフィールはかなり洗練されたDB4といった感じ。欲求を十分に満たしてくれるぐらいには速く、たっぷりと気持ちよく、テイストは濃厚でありながら変な過剰さや押しつけがましさが全くないということも同じだ。
同じく、初日のオンフルールまでの道のりではDB11の最新版である“AMR”も走らせたし、翌日のオンフルールからルマンまではDB11ヴォランテのドライバーズシートで過ごした。AMRについては他のリポーターの方が、ヴォランテについては僕がwebCGではリポートしているので、ここではあまりクドクドとは触れない。軽く添えておくなら、DB11 AMRは確かにパフォーマンスもトータルで高くなっているけれど、それ以上に快感指数が高まっている印象。初期の「DB11 V12」よりもいろいろな意味で洗練されている。あっさり心を奪われた。
DB11ヴォランテは、相変わらず説得力十分で、他のアストンたちと連なって丘陵地帯を走るような“飛ばさない”時間も、途方もなく気持ちいい。ましてや初夏のフランスの最高に心地よい空気と風景の中をオープンエアで、なのだ。至福以外のなにものでもない、エモーショナルな体験である。そしてこの2車に共通するのも、刹那的にスピードを追い求めるより操縦者の心をひたひたと満たしてくれるような気持ちよさを重視したキャラクターと、あらゆる意味で悪目立ちとは無縁な、慎み深い大人の嗜(たしな)みが生み出すエレガンスだった。
ヘリテージは受け継がれていく
そうなのだ。古きも新しきもアストンマーティンはアストンマーティン。パフォーマンスや表現方法こそ時代によって異なるけれど、ビシッと伸びた背骨みたいな奥深いところにあるフィロソフィーには、実のところ全くブレが感じられない。もしかして今回のツアーは、そうしたある種の精神性を、言葉ではなくクルマが与えてくれる感覚を通じて伝えようとする試みだったのでは? と、今になって思う。
アンディ・パーマーCEOの体制になってから、アストンマーティンは激変した、と評する声が多い。確かにクルマは確実に良くなっているし、ブランディングも明確になった。企業としても大きく飛躍を遂げ、これからまだまだ伸びるだろう。けれど、現在の経営陣は“決して変えてはならないもの”にまでいたずらに手をつけるようなマネはしなかった。ヘリテージというのは、そうして未来へと続いていくのだ。あらためてそのことに思い当たって、僕はとてもうれしい気持ちになった。男という愚かな生き物は“悠久”という言葉に弱いものだし、それ以前に僕は、昔からアストンマーティンに憧れているひとりのファンなのだ。
(文=嶋田智之/写真=アストンマーティン、嶋田智之/編集=堀田剛資)

嶋田 智之
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